始まりの終わり③
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「それで? なにか食べたいものは?」
ひととおり笑い終えた俺が聞くと、ディティアはつんと尖らせていた唇をそのままに上目遣いで俺を見た。
「あんなに笑わなくてもいいのにハルト君の馬鹿」
「いや、だってさあ。あの状況で……ふふ」
「あっ、まだ笑うつもり?」
「ごめんごめん。お詫びにご馳走するよ」
「……もう。それじゃあ……食べ歩きがしたい、かな」
「食べ歩き?」
「うん。昨日歩いたときにいろんなお店が手に持てる食べ物を売ってて。……それに、あのね。〔リンドール〕の皆とはよくそうやってたんだ。――ちょっと懐かしくて」
「!」
俺ははっとして彼女を見下ろす。
〔リンドール〕は……大規模討伐依頼でディティア以外が亡くなってしまった彼女の前パーティーだ。
言葉のとおりどこか懐かしそうに……でも寂しそうに遠くを見詰めているディティアに――俺は微笑んでみせる。
「へえ、いいな! じゃあ……あ、ほらディティア。あれ食べよう」
俺は見回してすぐに目に付いた店を指す。
どうやら挽肉をなにかと混ぜ、棒に巻いて焼いたものらしい。
懐かしむのは悪いことじゃない。
そうやってゆっくりと誰かを思うことは大切な時間のはずで。
……だから。その隣で一緒にその時間を共有してあげたかったんだ。
「おじさん、二本!」
「あいよ!」
「……ふふ。最初からがっつり系なのはハルト君らしいな」
「ん?」
「ううん。……よーし、たくさん食べようねハルト君!」
「おう!」
意気込むディティアに微笑んで、俺は熱々の肉を一本彼女に差し出した。
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「あのさ、ファルーア」
「あら、なに?」
「ハルトが誘拐されたあと、ミリィ様に自分の名前を名乗っちゃってたんだけど」
「ああ……ティアから聞いたわ。ハルトらしいけど……無防備ね」
苦笑したファルーアにボーザックは歯を見せてにっと笑った。
ファルーアのほうが背が高いうえにヒールも履いているので……並んでいるとまるで姉弟のように見える。
とはいえボーザックもいまさら気にしてはいない。
目当ての店は昨日のうちに目星を付けているというファルーアの隣、頭の後ろで手を組んで続けた。
「それなんだけど! 理由聞いたら俺、なんか嬉しくて」
「理由?」
「ミリィ様の眼がティアに似てたから嘘つきたくなかったんだってさ」
「……え、それ本当?」
「ほんと、ほんと! ハルトがそう言ったんだ」
「ハルトが……。成長するものね。ティアが聞いたら驚きそうだわ」
「でしょ! ティアが笑うならそれも嬉しいよね」
「…………」
ファルーアはちらとボーザックの横顔を見て……髪を撫でながら少し考える。
この小柄な大剣使いはそうやってふたりのことを喜ぶけれど……。
「――あなたはどうなのかしら、ボーザック?」
「ん?」
「……ティアのことよ」
「あー、あはは。ファルーアはよく見てるよね! ……俺、確かにティアのことは好きだし守りたい気持ちは本当。……でも、なんていうのかな……ハルトとティア、一緒が好きっていうか。ファルーアやグランもそうだと思ってるけど違うかな?」
「……なるほど。そうね。それはわかるわ」
「でしょ。だから俺、今回のハルトの言葉が嬉しかったんだ」
ファルーアはにこにこと嬉しそうなボーザックの首に左手をかけ、苦笑して頷いた。
「まったく。あんたもハルトに似てるわ。お人好しね」
「えぇ……悪いけど俺あんなに鈍くないからね? っていうかハルトならこう言うよ。『俺はファルーアもグランも好きだけど?』」
「ふっ、あはっ! 絶対に言うわね!」
「でしょ。……でもありがとうファルーア。心配してくれたんだ?」
「あら。当たり前でしょう?」
「そっか。じゃあ俺がもしそういう気持ちに変わったら相談させてよ。ファルーアの相談も聞くからさ!」
「……それは返答に困るわね」
「ちょっ、ええっ⁉」
黒眼を剥いて狼狽えるボーザックに、ファルーアは妖艶な笑みをこぼしてみせる。
皆とこんな毎日が続けばいいなと……ボーザックも笑って返すのだった。
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「次は……あ、ディティア。ちょっとお茶もしよう」
俺は次の目的地を決めてディティアと一緒に人混みを掻き分けた。
肉と魚、少し固めのパンみたいな食べ物を堪能したから喉も渇いたところだしな。
俺たちがお茶屋らしき店の前に立つと、店員の女性が微笑む。
「温かいのも冷たいのもご用意できますよ!」
どうやらお茶は何種類かあるようで、香りの見本がいくつも置いてあった。
さすが帝国でよく飲まれてるってお茶だけあるな。
「……冷たいのでいい?」
「あ、うんっ! ありがとう」
「……えっと……甘い香りのとかありますか?」
「それでしたらこちら。当店自慢のお茶よ」
艶やかで緩く波打つ赤茶色の髪を大きな三つ編みにした女性は手早く手元の瓶を差し出した。
「わ、いい香り」
ディティアが受け取り、ほわっと笑うので俺は頷いた。
「じゃあそれ、お願いします。……あと、ここは茶葉も売ってるのかな」
「ええ。瓶に入れてしっかり密閉するから日持ちもするわ。旅のお供にも人気よトレジャーハンターさん」
「……あー」
トレジャーハンターってのも間違ってないんだけどな。
苦笑すると、お姉さんは長い睫毛をわさわさと瞬かせて首を傾げた。
眼は暗めの翠色で、柔らかな声に滲む優しさからも落ち着いた雰囲気が感じられる。
そこで同じように首を傾げたディティアが口を開いた。
「ハルト君、茶葉も買うの?」
「……ん、まぁな」
ディティアは不思議そうにしていたけど……突然はっと肩を跳ねさせると胸の前でぽんと手を打つ。
「手紙だ!」
「……まぁ、な」
どこからか爽やかな空気が流れてきた気がして顔を顰めると、彼女はにこにこと続けた。
「ふふ、ハルト君ってば優しいよね」
「なんだよそれ? ……どっちかというとあいつを羨ましがらせてやりたいってだけだぞ」
「……羨ましがらせたい?」
「そ。あいつは騎士団長になるのが決まって自由ってのがないだろ。でも俺はこうやって皆と旅できる。世界中回ることだってできるんだ。それを見せて自慢してやるってわけ」
言いながら肩を竦めると……なぜかディティアは頬を紅潮させて頷いた。
「そっか、見せてあげたいんだね。〈閃光のシュヴァリエ〉に」
「断じて違う」
唸って腕を組む俺にディティアは笑うばかり。
……考えてみたらあいつは〈疾風のディティア〉を仲間にしたくて動いてるんだったな……。
それだけで十分自慢――か。
「……ま、羨ましがってもらうとするよ」
俺が笑うと、できあがったらしいお茶が差し出された。
ディティアはお茶の香りをじっくり堪能すると、エメラルドグリーンの目を細めて俺を見る。
「じゃあいろんな町でいろんなもの見ないとね」
「勿論。……これからもよろしくな〈疾風のディティア〉」
俺が言うと、ディティアは笑顔を浮かべて大きく首を縦に振った。
「はいっ、〈逆鱗のハルト〉!」
本日分です。
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