始まりの終わり②
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「自由国家カサンドラとドーン王国の間に巨人族の町か……」
次はカタンと呼ばれる市場に向かった俺たち。
歩きながら顎髭を擦り、グランがぼやいた。
それを見ていたディティアがにこにこしながら右の人さし指を立てる。
「自由国家カサンドラの様子を見て、シエリア王子のいるドーン王国へ! って予定でしたし、丁度いいかもしれません。立ち寄ってみましょうグランさん!」
巨人族ばっかりが住んでいるとしたらさぞかし迫力があるだろうな……。
あんなのに囲まれると思うとちょっと背筋が……。
思わず考えているとボーザックが笑った。
「もしかしたら腕のいい鍛治師とかいるかもしれないし、俺も賛成ー! 武器の手入れもしてもらいたいしさ」
「……確かに。革鎧も修繕……とまではいかないけど調整はしておきたいな」
頷くとグランがちらと視線をこっちに向けて唸った。
「確かに装備も調整は必要か……災厄相手にしてから時間もなかったしな」
……ちなみに、俺たちの装備はちゃんと帰ってきた。
革鎧だけでなくグランやボーザックの重装鎧もきっちり乾かしてあって、金属部分は油で磨いたりと隅々まで手入れ済。
さすが甲冑の兵を持つ国って感じだ。
グランは真っ先に大盾、ボーザックは大剣を確認してたけどな。
……俺は勿論『双剣』から。革鎧も気にはなるけど……まずは武器だろ。
これはディティアが選んでくれたものでしっくりと手に馴染む逸品だし……。
するとファルーアが揺れる金の髪をさらりと払って言った。
「それで決まりね。そうそう、グラン。カタンで寝袋を買い換えたいのだけどどうかしら? ……さすがにボロボロだもの」
あ、それはいい案だな。もう擦れてペラペラだし。
……ちなみにテントの類はグランが。調理器具をボーザックが。
俺は雨の日用のポンチョや応急処置用品を。
ファルーアは寝袋を。ディティアは食器類を。
そんな感じで分担して荷物を管理している俺たちはその交換時期なんかもお互い提案しあう。
といっても、基本的に誰も異存はないんだけど。
今回もグランはすぐにジールの入った袋をファルーアに差し出した。
「俺、手伝うよファルーア。……そういえばハルトは応急処置用品買えてないよね?」
「うっ……そういやそうだった」
ボーザックに言われて声を詰まらせると、ディティアがぽんと手を打つ。
「あ、そっか。ハルト君は誘拐されちゃってたもんね」
「うぐ……」
地味に刺さるんだけど。
俺が肩を落とすとディティアは盛大に目を見開いて「あれ?」と首を傾げた。
「ティアもっと言っていいよー。ハルトはすぐそうやって巻き込まれるし!」
ボーザックがふふと鼻先で笑うと、グランが俺の背中をバンと叩く。
「っは! それがハルトらしいけどな!」
「いっ……グラン! 加減しろよな! それに巻き込まれるのは皆一緒だろ……」
思わず応えると、皆が笑った。
……でもさ。今回は本当に巻き込まれてばっかりだったよな。
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そんなわけでカタンに到着。
時間にしてみたら昼時ってところだ。
今日も今日とてごちゃごちゃと人が溢れる市場は活気に満ちていた。
研究服を纏う人もたくさんいて、聞こえる会話を拾うと昨日の爆発も噂になっているようだ。
俺はきょろきょろとあたりを見回し、いくつかの店に目星を付けておく。
――買わなきゃいけないものがあるからな。
「それじゃファルーア、行こうかー」
「ええ。グラン、買い物を終えたらまたそこの店でいいかしら?」
ファルーアは昨日と同じ『髭』と書かれた店を指したけど……グランは首を振った。
「いや、最近ゆっくりしてねぇだろ。各自帝国宮に戻れ。解散ー」
「あはは、了解。じゃあまたあとでねー」
ボーザックがぶんぶんと手を振ってファルーアと一緒に人混みに消えていく。
グランは俺の肩をぽんと叩くと顔を寄せ、声を落とした。
「たまにはふたりで食事でもしてこい、ハルト。心配する声も聞こえてたんだろうよ?」
「……は?」
俺が目を瞬くと、ボーザックに手を振り返していたディティアがくるりとこっちを向く。
「しっかりしろよ?」
「え、あ、おいグラン!」
「俺は釣りがしてぇんだ。あとでな」
グランはさっさと踵を返し、肩越しに手をひらひらさせて何処かへ行ってしまった。
――な、なんだよこの状況!
そりゃ、心配かけたことは俺が一番わかってるけど。
泣きそうな声で呟かれた名前も、凛とした〈疾風〉の声も、全部聞こえてた……そう、聞こえてたんだ。
「…………」
俺は残されたディティアにちらと視線を合わせ、思い切り息を吸う。
そうだな、感謝の気持ちは伝えないと……。
「――えっと。……応急処置用品買うけど……そのあと、飯行く?」
「えっ?」
エメラルドグリーンの眼がぱっと見開かれ、ぱちぱちと瞬く。
俺は途端に頬が熱くなるのを感じて、腕で口元を擦った。
あ、あれ? おかしいな……。
「いや、その……心配かけたから……さ」
思わず口にすると、ディティアのお腹がきゅー……と鳴った。
「……」
「……」
一瞬の沈黙。喧騒さえも遠くなる。
ディティアがみるみる紅くなるのを真っ正面から見ていた俺は――堪えきれなかった。
「…………ぶはっ、はは! 腹減ってるのか? 先に飯にしよう!」
「いっ……いまのはっ、そのっ……うあ……」
真っ赤になって腹を押さえるディティアに、俺はもう堪らなくなって手を伸ばす。
ぽんぽんと頭を撫でてうんうんと頷くと、彼女は熟れたりんごのような顔で頬を思いっ切り膨らました。
「もう! ハルト君ってば最低ですッ!」
本日分です、いつもありがとうございます!
今週は水曜がちょっとばたばたしていそうです。
引き続きよろしくお願いします。




