始まりの終わり①
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そのあと〈爆風〉も戻り、改めて乾杯をした。
魔力結晶と病気に関する考察を俺たちが伝えると、やっぱりストーは興味を持ったようだ。
もしかしたら病が流行ったあとに弱体化した人々のために生み出されたものが『バフ』かもしれない……なんて話になった。
俺の先生的な存在である〈重複のカナタ〉さんも別れるときに似たようなことを言っていたな、と……遠い昔のように思う。
この話もできたらきっと有意義だよな。
……そうだ、それなら魔力活性バフのことも報告しないと。俺が初めて『作った』バフだし。
いや、でもその前にあのバフがどう有効なのかいろいろ試すべきかも。
まずは自分で試してみるか――待てよ、ボーザックに……。
俺があれこれ考えながら窺うと、当のボーザックはキィスのためにと身振り手振りを交えて俺たちの冒険譚を語っていて、ファルーアとディティアはミリィの肌事情に前のめりになっていた。
グランはウィルとストーと一緒に報酬の話をしている。
……まあ、考えるのはあとでいいか。
俺は美味い酒と美味い料理に舌鼓を打ちながら――この平和な時間を堪能することにした。
「どうした〈逆鱗〉、呆けているぞ」
「ああ、うん。なんかちょっと気が抜けてさ」
そこで伝説の爆がふふと笑うので――俺は応えてからなにかを煮込んで作られたソースが絡む肉を口に突っ込んだ。
甘酸っぱくて少しピリリとした辛味が効いている。
これは――酒に合うな。
「……たった二日間でこれだけことが動いたんだ。それも仕方ないだろうな」
〈爆風〉はそう言って右手でグラスをゆるりと回す。
琥珀色の液体がグラスの中で円を描いたところで、彼はそれを喉へと流し込んだ。
「そうかも。今回はこう……予期せぬ方向にしか進まなかったっていうか……短期間にいろいろありすぎたからさ」
苦笑してみせると〈爆風〉は執事が差し出す瓶にグラスを寄せて頷く。
「お前たちも数日は滞在するだろう? 稽古をつけてやるから付き合え。正直なところ動き足りない」
「そういえばちゃんとできてなかったしな」
「そのときは俺も交ぜてよハルト」
「私もです!」
「うわっ……ボーザック、ディティア……話はもういいのか?」
急に交ざってきたボーザックとディティアに目を瞬くと、彼らはそれぞれ頷いてグランとファルーアを見た。
グランは苦笑すると整えた顎髭を満足げに擦る。
「そうするか。せっかくの帝都だってぇのになんにも見てねぇしな」
「そうね。……実はそろそろ服を新調したかったの」
「まあ! それでしたら素敵なお店がありますわ。ご一緒しましょうファルーア様」
食い付くミリィにグランが笑い、俺は〈爆風〉に向かって頷く。
ウィルは「なら部屋はそのまま使え」と言って……酒を口に含んだ。
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……まず翌日は漁師組合に赤鎧の骨を届けに行った。
空は薄曇り。決して明るい雰囲気じゃないけど〈豪傑のグラン〉は楽しみでたまらないらしい。
「おら見やがれ! 約束どおりのブツだぞ!」
物騒な言い回しで大きな麻袋を突き出すグランに、漁師長――つまり巨人族は真っ黒な髪と髭のあいだで紅い目を見開いて……うん。でかすぎてこぼれそうな眼だな。
「あアァ? 本当に持ってきやがったってぇのか?」
ズカズカと店の裏手へと進む俺たちの後ろからは、昨日ここまで案内してくれた男性……フエルがおろおろと付いてくる。
止めないでいてくれるのは俺たちを少しは認めてくれたってことなのかもな。
ギシギシと軋む桟橋の周りは今日も寄せては返す水の音が絶えず聞こえていた。
「――こりゃあ、おい。どうしたらこんな――」
麻袋を受け取ったでかい手が掴み出す骨は綺麗に洗浄されていて、傷ひとつないように見えた。
「はっ、どうだ」
笑うグランを一瞥し、巨人族の漁師長はぶるぶると震える。
「――すまなかったなぁ!」
「……って、あぁ?」
ばん!
桟橋に叩きつけられた巨大な手のひらに、大きく足下が揺らぐ。
グランは体勢を保ったまま、下げられた頭にポカンと口を開けた。
「おめぇらを悪く言っちまったからなぁ。ケジメってぇのはつけとかねぇとならん!」
「お、おい……別にいいって……」
豪胆で物怖じしないグランもこれにはたじたじだ。
俺は思わず噴き出し、グランのゲンコツを落とされた。
「〈豪傑〉も形なしね」
ファルーアが妖艶な笑みをこぼす。
「……」
グランは眉間にこれでもかと皺を寄せたあとで……どかんと胡坐を掻いた。
俺とボーザックは彼の一歩後ろに立ち、その隣にディティアとファルーアが並ぶ。
「おい漁師長! 顔上げてくれ。俺はただ、あんたと同じ巨人族の作り上げたこの大盾――これに恥じねぇ男でいたいだけだからな」
「……『冒険者』……おめぇいいっやつだなァ」
顔を上げた漁師長はツナギと長靴がくっついたような服に縫い付けられた袋からなにかを出し……グランの前に差し出した。
「これが支払いだ。帝都で換金してもいい値になるがなぁ――可能なら自由国家カサンドラとドーン王国の狭間の谷に行け」
「自由国家カサンドラとドーン王国の狭間だ?」
グランが聞き返すと、漁師長はグランの手にそれをぎゅっと握らせて頷いた。
もさもさした口髭が彼の動きに合わせて動く。
「そりゃ、巨人族にとっちゃあ貴重な鉱石でよぉ。そこに巨人族の町があるんでなぁ。ここよりずっといい金になる」
グランはゆっくり手を広げ……丸い円盤をじっと見詰める。
金とも銀とも言い難い不思議な色合いのそれは……薄曇りの空の下でもなお輝いていた。
そして。
「……なら、これは受け取れねぇ」
「あアァ?」
グランはそう言うと円盤を差し出す。
「あんたにとっても貴重ってことだろうよ? 大切なんじゃねぇのか? そんなもの受け取れねぇ。……代わりに、そうだな。あんたの自慢の釣り針をくれねぇか。それと、これから訪れる真っ当な『冒険者』には助言でもしてやってくれ」
その言葉に唇の端を持ち上げた俺がちらっと視線を走らせると、ボーザックも、ディティアも、ファルーアも同じような顔をしていた。
これが俺たちのリーダー。〈豪傑のグラン〉なんだ。
格好いいぞグラン!
ま、いまは別にお金に困ってるわけでもないしな。
それを聞いた漁師長は大きく肩を揺すってガハハと突風みたいな笑い声を上げ、ドンと分厚い胸を叩いた。
「まかせろ! さいっこうの釣り針を用意してやろう!」
――円盤よりも漁師長が作る釣り針のほうが貴重で高価だってことは……このちょっとあとにフエルが教えてくれたんだけどな。
一日開いちゃいました、よろしくお願いします!




