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逆鱗のハルトⅢ  作者:
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始まりの始まり⑦

「はぁ……。ストー、じゃあここは紅い粉の製造場所かもしれないんだな?」


 ここで戻るという選択肢は俺たちにはないわけで。


 仕方なく俺が口にすると、彼は黒縁の丸眼鏡をゆっくり持ち上げて位置を直した。


「かもしれない、という話ですね」


「〈爆風〉はそれを知ってるのか?」


「知らないはずです。予想はできたかもしれませんが――危険とわかっていたら、ひとりで潜ったりしますかね?」


「まぁ――〈爆風〉ならするよなぁ……」


 きっと『面白そうじゃないか』なんて言って飄々と足を踏み出したに違いない。


 もし待ち構えているものを予想していたとしても、絶対に躊躇わなかっただろうな。


 そういう男なんだ、あの人は。


 ため息混じりに考えて――俺はバフを広げた。


「魔力感知」


 一度消していたけど、血結晶があるかもしれないっていうならこのバフは必須。


 五感アップはディティアとボーザックにかけてあるから、ふたりは二重だ。


 まだ皇帝にだって会ってないのに、こんなことになるとは思わなかったけど――あの紅い粉を蔓延させるなんて絶対に許されない。


 きっと皆も同じ気持ちでいる。


 俺たちがお互いに目を合わせて頷き合うのを見ていたストーが、そこでくすりと笑った。


「お人好しだと知っているつもりでしたが、皆さん文句のひとつもないんですね」


「ふん。文句言って済むならとっくにそうしてるって」


「あはは。俺たちっていつもこんな感じだよねー」


 盛大に鼻を鳴らして腕を組んだ俺に同意しながら、ボーザックが肩をぐいと伸ばす。


 軽口のように聞こえるのに〈不屈〉の纏う空気がぴんと張り詰めていくのがわかって、俺は思わず笑みをこぼした。


 やっぱ格好いいなお前、ボーザック!


「――ハルト。双剣一本貸してくれる?」


「おう! ――ほら、大事に使えよ?」


「ありがとう」


 俺はボーザックと軽く拳を突き合わせてから剣を渡す。


 もしここで紅い粉を作っているとすれば、そこには血結晶を埋め込むための魔物がいる。


 戦闘になる可能性も考えておかないとならない。


「最近少し緩んでたからな。暴れてやらねぇと」


 グランも右の拳を左の手のひらでバシッと受け止めてにやりと笑った。


 その紅い鎧に包まれた巨躯からは〈豪傑〉の二つ名にふさわしい気迫が滲んでいる。


「男はすぐ熱くなって困るわね、ティア。〈爆風のガイルディア〉にも言ってあげなさい?」


 そんなことを言いつつも、ファルーアの瞳に宿るのは希望に満ちた燃えるような光――〈光炎〉だ。


 彼女が唇に浮かべた妖艶な笑みは頼もしさすら感じさせる。


「ふふ。ガイルディアさんらしい気もするかな。――それじゃあ」


 応えたディティアが微笑んで――すっと息を吸った。


「――行きましょう」


 凜とした空気が彼女の存在を鮮やかに彩っていく。


〈疾風〉の存在感は、俺の胸のなかに確かに熱い火を灯した。


 グランの言うとおり、最近は緩んでいたんだろうな。


 この体中が熱く脈打つ滾るような気持ちは久しぶりな気がした。


******


 ……通路の先には下への階段があり、その長い長い階段の先は四角い小さな部屋だった。


 階段以外の三辺すべてに通路がぽかりと口を開けている。


 これだけ潜ったんだから、おそらくはもう湖の中だろう。


「――気配はある気がするんだけど……魚とかも拾っちゃってるかもしれない」


 ボーザックがそう言って狭い部屋で感覚を研ぎ澄ませている。


「かなり潜ったからな。おいストー、この遺跡の空気がどうなってるか聞いてなかったが問題ねぇのか」


 グランが顎髭を擦りながら応えて天井を見上げた。


 ストーはその質問にぱっと頬を緩めると両手を広げてみせる。 


 ……この場所でそんな顔をできるストーも相当肝が据わってるんじゃないかな。


「湖を抜ける風が各所から入り込んで循環しているので、かなり深く潜っても問題ありません。この空調ともいえる効果は魔力結晶に依るもので、なんと随所に設置された巨大な道具が――」


「あー、説明はあとでいい。水は入ってこねぇのか?」


「では説明は歩きながらしましょうか! 水が入り込むことはあります。劣化した部分が崩壊することもあるので。ただ、安心してください。実はこの遺跡はいにしえの機能が働いていまして――」


「…………」


 グランが皺を伸ばそうと黙って眉間を揉む。


 ……そうか。ストーは研究話に熱が入る性格だったな。


 仕方ないので俺はグランの代わりに肩をすくめてみせた。


「とりあえず真っ直ぐ進もう。わかりやすいし」


「そうしようハルト君」


 ディティアが苦笑して歩き出す。


 ――左右に弧を描きながら下っていく通路はレンガではなく、岩をくり抜いたような造りに変わっていた。


 触れるとひんやり冷たい岩肌はしっとりしていて、ところどころに苔が生えている。


 歩きながらも熱弁を振るうストーの話を要約すると――こうだった。


 一部が崩壊して水が入ってきても、その水は『中枢』と呼ばれる遺跡の中心部に流れていくらしい。


 そうすると『中枢』が反応して自己処理が始まり、自動的に水没した区画が封鎖されるそうだ。


 すごく長い話だった気がするんだけど簡単な話じゃないか……。


「崩壊なんてそうそう起きませんから、私も自己処理を見たことはないんです。というか、そもそも中枢には皇族しか入れませんしね。そしてここからなのですが、どういうわけか崩壊場所を自ら塞ぐことができる――それがこの遺跡なんですよ! 私の見立てでは――」


「だとすると水難事故は心配ないわね」


 そこでファルーアが杖の石突きでコンコンと床を叩きながらストーの説明をぶった切った。


「浮き袋なんて用意してねぇからな……それを聞いて安心した」


 心なしかグランが肩を落ち着けたような気がする。


 まあグランやボーザックは重装備だから、水との相性は最悪だしな。


 ――そのとき。


 なんの前触れもなく、先頭のディティアがぴたりと足を止めた。


 ボーザックが殆ど同時に俺の双剣の片方を胸の前に構えたのがわかる。


「分かれ道があります――それと、なにか」


「――いるね、かなりでっかいやつ」



土曜ですが更新です!

本日もよろしくお願いします!

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