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逆鱗のハルトⅢ  作者:
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悠久の探究⑧

 ウィルの笑みはこれでもかというくらい不敵なもので、執事はその命令と同時に扉を押す。


 重々しく軋みながら開く扉の向こうには――はたして。


「〈爆風〉……」


 思わず呟くと白髪混じりの黒髪に琥珀色の目をした壮年の男は小さな笑みを浮かべ、ウィルより年上……おそらくは四十代半ばくらいの男性を引き摺るようにして入ってきた。


「放せ無礼者が!」


 男性は〈爆風〉に噛み付かんばかりに吼えているけど……顔色は酷い。


 血の気が引いているって感じだ。


「叔父様……」


 彼を見たミリィが大きな瞳を瞠るけど……つまりあれは前皇帝の兄弟ってことか……。


 年齢が若そうなところを見ると弟……かもしれない。


「ようやく尻尾を出してくれて助かった。爆破の指示を出した裏が取れたからな。アンバーからも言質を得たぞ」


 ウィルはそう言うとくくっと喉を震わせる。


 いつのまにか執事が注いでいた酒で唇を潤した彼はグラスの向こうから男性を見詰めた。


「叔父上、俺はそんなに優しくない。勿論キィスにも問題があるが――まずは叔父上に問おう。帝都の危機を招いた行動はなにで償えると思う?」


「……ち、違う。この私を陥れる策略に決まっている」


「減点だ。次の質問をしよう。この俺の命を取ろうとしたな? 皇帝になりたかったか叔父上?」


「……知らん!」


「もうひとつ減点だ! はは!」


 ウィルは弾けたように笑うと懐からなにか取り出して手を広げた。


 その手の上には――紅い粉の詰まった小瓶。


 俺ははっとして息を呑んだ。


「キィスやスルクトゥルースたちは死ぬことよりも動けない病を恐れ、この粉を望んだ。俺がこの粉の出所を探していたのを知っていただろう? それなのによりにもよってキィスを実験台にした……どうだろうか叔父上。ならばご自分で『実験』してみては?」


「ウィル!」


 俺が思わず言うとウィルは双眸を眇めた。


 だけど――俺は譲らないぞ。そのために戦ったんだ!


「……駄目だ。そんなものを実験だとか言って誰かに呑ませるなんて俺が許さない」


「俺たちが、だろうよハルト」


 グランがそう言って皆を見回すと、皆もそれぞれ頷いた。


 一様にピリリとした空気を滲ませた頼もしい仲間がそこにいてくれる。


 そのことに……俺はぐっと胸が詰まった。


「……皆」


 こぼすと、グランは顎髭を擦りながら口にする。


「ウィルヘイムアルヴィア皇帝。帝国のお家騒動に口を出すつもりはねぇが、その粉の使用だけはいただけねぇ。最後はゾンビだぞ? ――やめとけ」


「ふ。皇帝にもの申すとは踏み込むじゃないか〈豪傑のグラン〉。……さて叔父上、心優しい『冒険者』がこう言っているがどうする? おとなしく認めればこの粉の使用だけは恩赦してやらんこともないぞ?」


「…………」


 男性は真っ青な顔で項垂れると、やがて縦に小さく首を振った。


 俺がちらと窺うと黙って聞いていた〈爆風〉と目が合い――彼は目尻の皺を深くする。


 なにも言わないけど、なんとなく認めてもらえた気がして心が熱くなった。


 ウィルはそこで肘掛けに右肘を突き、『叔父上』とやらを鼻先で笑い飛ばすと左手を振るう。


「俺としては物足りんが上々な終わり方だな。では〈爆風のガイルディア〉、悪いが帝国兵の代わりにそいつを牢屋に入れてきてくれ。誰か案内しろ」


 その言葉にさっと動いた執事のひとりがウィルに向かって深々と頭を垂れる。


 ウィルは細い眉を片方だけ上げて頷き、続けた。


「終わったら戻れよ〈爆風〉。先に始めているからな」


「そうしてくれ。では行くとするか」


 ウィルの言葉に渋くて深みのあるいい声で応えた彼は『叔父上』を引っ張っていく。


 扉が再び重たい音を立ててぴたりと閉まり、一瞬の静寂が俺たちを包んだ。


「――というわけで、これにて一件落着ですね!」


 そこでストーがひらひらと両手を振ると、ミリィとキィスは複雑な気持ちをぎゅっと押し込んだような顔で目を伏せる。


 彼らは叔父上とやらが関わっていたことを知らなかったのかもしれない。


 けれど、すぐにキィスは顔を上げた。


「……〔白薔薇〕、スルクトゥルースへの処罰について生活を保証するよう話してくれたんだってね。彼らに代わって僕からも感謝を。――僕はもう紅い粉を呑まないから、もうすぐ体も動かなくなると思うんだ。だけど……諦めずに足掻くよ」


 その言葉にミリィは伏せていた瞳をゆるりと彼に向け、唇を噛みながらも頷く。


「わたくしも……ともに足掻きますわキィス」


「キィス、それなんですが――こんなのはどうでしょうか」


 そのとき、ストーがどこに持っていたのか上腕部を覆う籠手のようなものを取り出した。


 少し黄みがかった乳白色のそれは細い金属をざっくりと編んだような形で……ん?


「それ……魔力結晶か?」


「そうだ」


 組み込まれていた紅い石に俺が聞くと、ストーではなくウィルが答える。


「魔力結晶を使った道具――その最新の試作品でな。丁度『材料』が手に入ったのもあって急ぎ作成させた」


「――『材料』って……確か赤鎧の骨……?」


 続けて聞くと、ストーがうんうんと首を縦に振って道具をキィスに手渡した。


「皆さんが一網打尽にしたやつです! ちなみに皆さんへの報酬の一部としてごっそり部屋に運ばせましたよ」


「――はっ! これで漁師組合の巨人族に貸しができそうだな」


 にやりと笑うグランだけど……どうだろうな。


 依頼していたキィスもある意味目的を達してここにいるわけだし、研究所は俺たちが一網打尽にした赤鎧の骨で潤うし……。


 なんなら赤鎧を殲滅したことで漁に支障が出たりして。


 あれこれ考えているあいだにキィスは道具を左腕に嵌め、ぱっと目を見開いた。


「……これは」


「なになに? キィス様、それどんな感じなの?」


 ボーザックが前のめりになって口にすると、キィスは左手を上げたり下ろしたり、曲げたり伸ばしたり……と一通り動かしてから唸った。


「――動きが軽い気がする。これ、僕の体を補助している……?」


「はい、ご明察。これは病への対抗策のひとつとして進めていた研究なんですよ」


「病への対抗策……」


 俺は言いながら、ふと……スルクトゥルースのひとり、ケルヒャを連れ帰ったときにウィルがこぼした言葉を思い出した。


『結晶の製造場所を潰しスルクトゥルースもなんとかなれば――そのときはもう一歩研究も進むだろう』


 ウィル……もしかしてずっとキィスのために道具を研究させていたのか?


「少しの力で魔力結晶が反応するよう試行錯誤した結果だ。薬ができるまでの補助なら可能だろう。老人にも使えるかもしれん。――探求心を糧に悠久の刻を過ごしてきた我が帝国民たちなら必ずなんとかするはずだ」


 そう言ったウィルが不敵な笑みを浮かべているのを……キィスはまなじりを下げ、眉を寄せ、泣きそうな顔で見遣る。


 ミリィなんてもう目にいっぱいの涙を浮かべていた。


「……嫌われているって、思っていたんだ……僕が使い物にならなくて」


 絞り出したキィスの左腕、紅い結晶がチカリと瞬く。


 ――最初なら俺は……いや、俺たちはあの道具を否定しただろうな。


 だけどいま彼らの探し求める答えがなにか見えた気がして……俺はゆっくりと瞼を下ろし……思った。


 古代のひとたちだってさ、戦争のためだけに血結晶を作り出したわけじゃないんだよな。


 作り方こそおぞましく恐ろしいものであったとしても……さ。


 俺たちにとってこの結晶は危険なものでしかなかったけど――こんな形もあるんだ。


 瞼を上げた俺は手元の杯を干して思わず頬を緩めた。


 ……美味い。


 やっぱり酒を呑むならこんな場がいいよな。


「――我が帝国はこれからだぞミリィ、キィス」


「そこには私も入れてほしいですねぇウィル」


 深々と頷くウィルヘイムアルヴィア皇帝の横、曲者ストールトレンブリッジが笑いながら付け足した。



皆様こんばんは!

いきなりですが書籍版の逆鱗のハルト①~③もよかったらどうぞ!

①には冒険者養成学校時代の書き下ろし入りです。

引き続きよろしくお願いします!

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