悠久の探究⑦
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なんかさ。やたらスベスベした生地の下着が用意されていたんだけど……俺たちの下着どこいったんだ……。
体を拭き終わり仕方なくその下着を身に付ける俺たちの後ろでは執事たちが『お召し物』を持って待っていて……まったく落ち着かない。
装備も言われたとおりどこにも見当たらずだしな。
「俺、王族にはなれそうにないなー」
ボーザックがこぼすので俺は思わず笑ってしまった。
――まあ、そんなわけで。
「燕尾服ね。素敵じゃない」
着替え終わって昨日食事をした広間に案内された俺たちを見て、開口一番に妖艶な笑みでそう言ったのはファルーアだ。
そういう彼女やディティアはミリィが着ていたような丈の長いドレス姿で椅子に座していた。
……ファルーアの堂々っぷりたるや貴族のようだけど、ディティアは慣れない様子で視線を泳がせて恥ずかしそうにしている。
「へえー、ふたりともドレスなんだね! 似合う似合う」
ボーザックが歯を見せて笑うと、グランは頷きながら整えたばかりの顎髭を撫でた。
――俺たちが着せられたのは『燕尾服』という、腰のあたりで上着の裾が二又に分かれ燕の尾のように垂れているものだ。
グランは濃くて暗めの紅、ボーザックは深い緑、俺は濃紺と……色合い的には落ち着いていた。
対してファルーアは派手な赤色、ディティアは眩しい黄色……と、なかなか明るい。
「なんか新鮮だな」
俺がうんうんと頷くとファルーアはふうとため息をこぼした。
「ハルト。そこはティアを『可愛い』って褒めてあげるべきね」
「? そんなのいつも言ってるけど」
「ごほっ……お前、そうじゃねぇだろうよ……」
「え? なんだよ?」
「ハルトは本当にハルトだよね」
「ハルト君は本当にハルト君だよね」
グランに突っ込まれ、ボーザックとディティアが綺麗に被る。
すると扉が開いて……アルヴィア帝国皇帝ウィルヘイムアルヴィアが姿を現した。
白いシャツに黒いパンツ姿で黒いベストを着込んでいるけど……あれ? 正装っぽいのは俺たちだけか?
「待たせたな〔白薔薇〕。……ほう、やはり美しいなファルーア。お前の太陽のような髪は情熱的な赤にも映える」
「……ここまで仰々しくしないでいいからね、ハルト」
ボーザックが俺を見て真顔で言うけど――だから、なんで俺に言うんだよ?
光栄ねーなんて軽く流すファルーアの声を聞きながら顔を顰めていると、ウィルの後ろからミリィ、キィス、ストーが入ってきた。
……ちなみにミリィは袖にレースをあしらった青いドレスで、キィスは白シャツに黒パンツでベストはなし。
ストーなんて丈が長い深緑の上着に茶色のパンツ姿だ。
うん。やっぱりこんな格好させられたのは俺たちだけなんだな……仕方ないといえばそうなんだけどさ。
――とにかく。
どうやらキィスは兄との和解に成功したみたいだ。
ほっとしていると、ウィルはそんな俺たちに向けて芝居がかった動作で両腕を広げた。
「さあ、優雅な晩餐といこうじゃないか。今日の俺は機嫌がいいぞ〔白薔薇〕」
――その言葉に合わせて運ばれてくるのは色取り取りの野菜や果物、大きな肉に魚。
なにかのパイやスープ、パンや穀物。昨日とはまた違う料理の数々が執事たちの手ですいすいとテーブルに並べられていく。
置かれていたグラスに注がれる酒は透き通っていて……芳醇な甘い香りがした。
「……」
けれど俺はきょろきょろとあたりを見回して首を傾げた。
席はあるけど……〈爆風〉がいないんだよな。
ディティアも気付いているんだろう。疑問を滲ませた眉尻が下がっている。
するとウィルがグラスを取り、ミリィやファルーアがそれに倣ったんで……俺も慌ててグラスを手にした。
翠の瞳に俺たちを順番に映したウィルはにやりと笑みを浮かべる。
「まずはスルクトゥルースによる破壊行動の阻止。紅い粉の製造場所破壊。そして災厄と思しき魔物討伐。……あとはキィス、お前を見つけて俺のもとに寄越したことは〔白薔薇〕の功績だ」
「……」
キィスはウィルをちらりと一瞥して俯き、唇を引き結ぶ。
ミリィがそんな彼に微笑んでみせると、上目遣いで彼女を見たキィスは頷いてこっちを向いた。
「――紅い粉を広めたアンバーの捕縛にも感謝を。それから……」
「帝都に潜む病への手がかり。これも大きいですわ!」
待ちきれなかったのかミリィが目を輝かせると、ストーがふふと笑った。
「皆さんが来たことで事態が一気に収束に向かっています。いやー紹介した甲斐がありましたね! これは『冒険者』が帝国にて活躍した第一歩として語り継がれるに違いありません」
「おお、そりゃいいな。名前も売れるだろうよ」
グランがにやりと唇の端を吊り上げると、ウィルは満足そうに頷いて高々と杯を掲げた。
「いまこのときより我がアルヴィア帝国は『冒険者』を認める国となろう。『冒険者』に乾杯!」
「⁉」
いきなりの発言に俺は思わず眼を剥いたけど……皆も一緒だったらしい。
乾杯、と声を重ねたのはミリィとストーだけだった。
――っていうか、お前は驚くなよキィス……。
「ふ、そんなに意外か『冒険者』」
「いや当たり前だろうよ……皇帝とはいえそんな簡単に宣言していいもんか?」
「勘違いするな〈豪傑のグラン〉。皇帝『だから』いいに決まっている」
グランに応えたウィルは不敵な笑みを浮かべると一気に杯を干す。
おろおろとそれを見守っていたキィスは意を決したように唇を開いた。
「兄さ……あ、ええと皇帝、でもそれだと帝都民たちが嫌な顔を……」
「案ずるなキィス。不平不満がある奴はこの俺が潰す。そのために爆発現場で俺の強さを見せ付けたんだからな」
キィスは困ったような顔でミリィを見るけど、ミリィは苦笑を返すだけだ。
ほんとに物騒だなこの皇帝は……。
だけど……そうか。ウィルがひとりで戦い六人の男女を叩きのめしたのには理由があった……ってことなんだな。
……そこでウィルは音を立てずにグラスを置くと、控えていた執事に顎で指示を出した。
するりと動く初老の男性が扉まで行って取っ手を掴む。
「さてキィス。お前にアンバーを寄越した奴がいることは予想がついていた。……今回の爆発もな。開けろ」
火曜分です!
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