悠久の探究⑥
「あ、そうだった。結局話してなかったな。……これは言ったけど俺が倒れたとき、ずっと意識はあったんだ。皆の声も聞こえてたしな。それに〈爆風〉が気付いてくれたみたいで――」
「ガイルディアさんが?」
ぱちぱちと目を瞬くディティアに、俺は深々と頷いてみせる。
本当にあのオジサマときたらほかの誰も気付かないことを簡単にやってのけるんだから――やっぱりすごいんだよな。
いつか……あの高みに到達できるだろうか。
目の前で揺れる濃茶の髪に視線を向けて、俺は一度呼吸を挟んだ。
いや、そうだな。たどり着かなきゃ駄目なんだ。
ディティアの隣で彼女と肩を並べるには――あの強さが必要だから。
「……そう。〈爆風〉は俺の魔力が不活性化して魔力切れと同じ状態になってるんじゃないかって教えてくれたんだ。……皆も俺の状態が魔力切れっぽいって話してただろ? だから魔力を活性化させるバフを使ったってわけ」
「確かに見た目は魔力切れにすごく似ていたと思うわ」
同意して頷くファルーアの金色の髪は頭の高い位置でぐるりと丸められている。
俺は彼女に頷きを返して続けた。
「たぶんあの病気ってさ、魔力を壊すとか……不活性化するとか、そういうものなんだよ。罹ると魔力が動かなくなって魔力切れを起こすんだ」
「なるほどな。だとするとアイシャの商人がなんとかなったのは……」
グランが顎髭を擦ると、ディティアが瞼を下ろして引き継いだ。
「古代の血が薄まっていて……病に対抗できる血を持っていたから、なのかもしれませんね。古くから帝都に住まうひとに多く発症するのなら、そのひとたちには古代の血が引き継がれていたのかもしれません」
俺は揺らめく水面に踊る松明の灯りを見詰めて口を開いた。
「〈爆風〉の血から作った薬が俺に効いた可能性も十分に考えられるけど、最初に〈爆風〉が呑んだ『抗毒剤』は紅い粉を呑んだひとと古代の血を継いでいるひとに効果があって……それ以外には麻痺が残るとかって話だったよな? もしかしたらこう、うまく言えないけど……古代の血には病に罹るけど『抗毒剤』が効く特殊な形の魔力みたいなのがあるのかも」
「なるほど。『抗毒剤』はその特殊な形の魔力を新しく生み出すか……活性化させる薬だったのかもねー」
ボーザックが口元に手を添えながら眉を寄せて頷く。
そこでファルーアが湯浴み衣を湯の中で揺らめかせ、腕をなぞりながらゆっくりと言った。
「そうすると……紅い粉も呑むことでその魔力を付与したり作り出したりするのかもしれないわね。……まるで古代の血を受け継いだように」
……そのとき、黙っていたミリィが頬に白い指先を添えて首を傾げた。
「驚きましたわ。皆様、まるで研究者のようです!」
……あ。そういえばいたんだったな……。
少しのあいだ完全に思考の外にいたミリィを確かめるように見ると、赤茶色の髪をファルーアと同じように纏めた彼女がにっこりと微笑む。
――考えてみてもどうして彼女がここにいるのかさっぱりわからないけどさ。
「ねぇハルト君、それじゃあバフもそうなのかな?」
「えっ? ……バフ?」
突然ディティアがそう言ったので、俺は間抜けな声で返して慌ててミリィから視線を外した。
いや、慌てる必要なんてないんだけど……。
そっと窺うとディティアは眉をぎゅっと寄せて懸命に考えているようだ。
「うん。バフをかけると体が強化されるよね? つまり……その特殊な形の魔力を付与してるんじゃないのかな、ハルト君って」
そこでボーザックがのぼせてきたのか湯槽の縁に座り、ポンと手を打つ。
ざばりと波打つ湯が光を散らした。
「あー、そっか。だから紅い粉とバフの効果が似てるってこと?」
「言われてみりゃそうだな。あの粉はバフと違って強化したい部分を選べるわけじゃなさそうだが」
グランはぐいぐいと肩を伸ばしながら応えると紅い目を俺に向けると笑った。
「しかもお前は重ねられる。こんな話を聞かせたらストーの研究対象になっちまいそうだなハルト」
「えぇ……それはちょっとやめてほしい」
思わず唸ると、ファルーアが立ち上がった。
「さてと……話もなんとなく纏まったし、私はそろそろ上がるわね」
湯浴み衣が濡れた重みで肌に張り付くので……俺とグラン、ボーザックはため息混じりに顔を逸らす。
見たら消し炭にされそうな予感しかしない。……なんかこれ不公平じゃないか?
「あ、ファルーア。私も上がるね。着替え大変そうだもん」
ディティアもそわそわと立ち上がったけど……俺はそこで首を傾げた。
「……着替えって?」
「あら、お聞きしてませんか? ハルトさんたちにもお召し物がご用意されておりますわ。ですから装備も服もお預かりさせていただきます。濡れておりますし、こちらで丁寧に手入れいたしますのよ」
ミリィが俺に応えながらゆっくりと立ち上がり、優雅な微笑みを浮かべる。
俺は視線をそっちに戻すわけにもいかず、湖を覗き込みながら肩越しに彼女に聞いた。
「手入れ? っていうか装備を預かるって……俺たちの?」
「ええ。すでに執事が回収していると思います。お着替えも執事がお手伝いしますからご安心くださいませ」
「え、俺たちの装備持ってかれちゃったの?」
ボーザックがギョッとしたように顔を上げると、グランが目を閉じたまま顎髭をささっと擦った。
……うん、あれは落ち着こうとしているんだな。
けれどどういう意味に取ったのかミリィは嬉しそうな声で返した。
「はい! 必ずお返しいたしますからご心配なさらずですわ。ではわたくしもお先に失礼いたします」
去っていく女性陣を背中で見送って……俺たちはため息を重ねた。
「なんかさー……こうも簡単に装備持っていかれたらちょっと不安なんだけど……俺の大剣大丈夫かなぁ……」
「くそ。俺の大盾をほかの奴が磨くと思うとなんだか落ち着かねぇな……」
うん、なんとなくわかる。
俺はもう一度ため息をついてからしっかりと腕で体を浮かせ立ち上がった。
「とりあえず俺たちも出よう」
月曜分です!
よろしくお願いします!
いつもありがとうございます。




