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逆鱗のハルトⅢ  作者:
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悠久の探究⑤

「さて……おい、こいつらを牢に入れろ。お前たちは俺に付いてこい『冒険者』。戻るぞ」


 アルヴィア帝国皇帝ウィルヘイムアルヴィアは鋭い翠の双眸を細めるとダガーを振り払って収め、踵を返した。


 慌てて動き出す帝国兵の甲冑がガチャガチャと擦れるなか、飄々とした様子で近付いてきたのはストールトレンブリッジだ。


「ふふ、皆さんご無事でなによりです」


 隣にいるキィスはいまも戸惑いを隠せないようだった。


 ん――まあそうなるよな。


 俺が〈爆風〉に背負われてここに到着したときも変な顔してたし。


 いや、あれは俺の姿のせいかもしれないけどさ……。


 とにかく、俺たちはスタスタと早足で歩くウィルに続いて帝国宮ていこくきゅうへと戻る。


 気付けば太陽は上へと伸びた雑多な街並みに隠れ、夕焼けと紺碧が混ざり合う幻想的な空が広がっていた。


 まだどこか煙臭い研究所で処理にあたる甲冑たちを眺めながら……俺はゆっくりと手を握ったり開いたりする。


 ……うん。動かせるようになってきたな。回復が早いような気がする――。


 少しは成長したのかもしれない……そう思うと、口元が勝手に緩んだ。


******


「よかったーハルトが動けるみたいで。俺、さすがに裸でハルト背負うの嫌だし」


「俺だって願い下げだよ……」


 唇を尖らせると、くだんの台詞を吐いたボーザックが笑った。


 彼の動きに湯気をくゆらせる湯がさざ波を立てる。


「はー……沁みるな……」


 その向こう側では浴槽の縁に背中を預け、両腕を掛けたグランがオヤジ臭いことを言いながら空を仰いだ。


 俺はつられて顔を上げ、薄く雲のかかる月をぼんやり眺めた。


 ボーザックは目を閉じるとふう、と吐息を漏らす。


「さすがに今日は疲れたね」


「――考えてみたら俺たちずっと濡れ鼠だったもんな」


 俺が応えると、きゃっきゃと楽しげな話し声が聞こえてきた。


「その香油で仕上げれば、とてもいい香りになりますの! おふたりにもあとでお渡ししますわ」


「わあ、ありがとうございますミリィ様! ねぇ、それって長持ちするかな、ファルーア」


「そうね、空気に触れさせなければいけるかもしれないわ」


 ディティアとファルーア、そしてなぜか一緒にミリィがやってくると、露天が一気に賑やかになる。


 グランは視線を彼女たちに向けてから、なんとなく気まずそうな顔で目を閉じて唇を開いた。


「お前ら元気だな……」


「そっちは辛気臭いわよ?」


 呆れたように返したファルーアはその場に腰を下ろすと、ほーっと息を吐いた。


「とはいえ……沁みるわね……」


「ぶふっ」


 噴き出したのはボーザックだ。


 俺は思わずファルーアから顔を背け、ばつが悪そうなグランと目が合って堪えきれずに笑ってしまった。


「なによ?」


「いや、あははっ、グランと同じ台詞だったからさー!」


「え、そうなの? ふふ、気が合うんだね~」


 ボーザックが言うとディティアがくすくすと笑う。


 その隣にいるミリィが微笑みで応え、彼女たちも腰を落ち着けた。


 ――ウィルは「まず風呂に入れ」と俺たちに言うと、ストーとキィスを連れてどこかに行ってしまったんだ。


 考えてみたら俺たちは全員生乾き状態。装備もちゃんと乾かさないと劣化が早くなるからな……ありがたく指示を受け入れることにした。


 スルクトゥルースたちは帝国兵に見張られつつ軟禁状態らしいけど……酷い扱いは受けていないみたいだから心配はなさそうだ。


 アンバーはミリィのヒールで傷を塞いだけど、魔法が使えないように処置を施したうえで牢屋に入れられるらしい。


 少しは回復した彼は自分の足で歩いているけど、念のため〈爆風〉が見張りとして付いていってくれた。


「それにしても……なんだか今回は振り回されたな」


 俺がこぼすと、ディティアが深々と頷いた。


「そうだね、結局皇帝は『黒幕』にも心当たりがあるみたいだし。全部わかってたのかもしれないね」


 彼女が小指を合わせてお椀状にした手で掬い上げたお湯が、指のあいだからこぼれていく。


 なんとはなしに眺めていたら、目線を上げた彼女と目が合った。


 首を傾げる彼女の頭を撫でたい衝動に駆られるけど――湯浴みごろもを着ているとはいえ……さすがに、なんていうか。


「……俺、なんかいまハルトの気持ちが手に取るようにわかる……」


「気が合うわねボーザック。私もよ」


「はっ? な、なんだよボーザック……ファルーアも……!」


 肩を跳ねさせた俺に生温い笑みを向けるふたりから逃げるように背を向けて、俺は腕で口元を擦った。


 あれ。なんか恥ずかしいぞ。


「え? え?」


「まあ! おふたりは『そのような感じ』なのですわね?」


 よくわかっていないはずのディティアに続け、ミリィが極上の微笑でそう言って手のひらを胸元で合わせるけど――そのような感じってなんだ。


「とっ……とにかくさ! これで少しは落ち着くよな?」


 俺がばしゃんとお湯を叩いて言うと、グランが笑いながら顎髭を擦った。


「残ってるのは皇族のお家騒動みたいだしな……ウィルなら大丈夫だろうよ」


「結局なんの魔物かわからないけれど――病の解決になることを願っているわ」


 ファルーアがミリィに向けて告げると、彼女はディティアと似た大きな瞳を細めて頷く。


 少しの間が開いて……ディティアがポンと手を打った。


「あ、そういえばハルト君。魔力活性って?」



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