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逆鱗のハルトⅢ  作者:
62/77

悠久の探究①

 ぱき……っ


 魔物の両断された傷口から高く儚い音で氷の華が咲いては弾け、新たな花片が生まれては大きな華を形作る。


 己を包み込む氷の息吹に抗おうと黒い触手がのたうつけれど、その動きはだんだんと緩慢になっていく。


 それを注意深く見守る〔白薔薇〕たちが吐く息は白くなり、肌はキンと張り詰め、呼吸音さえも動きを止めた。


 ファルーアは唇を噛んで龍眼の結晶の杖を翳し続ける。


 ――駄目ね、ハルトのバフに頼りすぎていたかしら。


 体液を散らさず、かつその体を保つ方法として彼女が選んだのは氷の魔法だ。


 しかし予想以上に『持っていかれる』。


 魔物は動きを止めたように見えるが『そう見えるだけ』だ。


 気を抜いた途端に氷が粉々に砕け散ってしまう。ファルーアにはそれがありありと想像できた。


 ……勿論、魔力の底上げをする努力も鍛練も積んできたつもりだ。


 それでも彼女は今日多くの魔法を使っていたため、『災厄』と思しき魔物を屠るそのための力……それが残っているのかは怪しかった。


「……グラン」


「おうよ」


「もし倒れたら任せるわ」


「!」


 だから彼女は近くまで下がってきた頼れるリーダーに告げると、腹の底に力を入れる。


 グランは少しのあいだ黙っていたが、大盾を体の前にしたままゆっくりと告げた。


「……倒れるまでは許してやる。けど意識は保っとけ。それだけだ」


 ファルーアはその言葉に小さく笑みを浮かべると、杖を握る指先にぎゅっと力を込める。


 金色の髪がはらりと流れ、血結晶の紅色を揺らめかせた。


「確かにハルトとふたりで眠っているのは癪ね」


「それハルトが聞いたら不満そうな顔するよファルーア。『ちょっと酷くないか?』なんて言ってさ」


 聞いていたボーザックがふふっと笑う。


 四人の頭のなか、その言葉がはっきりと再生されたのは確かだ。


「ハルト君も早く起きてもらわないとね」


 ディティアも少しだけ頬を緩め、それから『アンバー』へと視線を移した。


「ボーザック。彼をこっちに連れてきたいの。手伝ってくれる?」


「勿論。――怪我、してるみたいだよね」


「うん。左腕がない……たぶん、魔物に」


「……わかった」


 ふたりはグランとファルーアに頷いて、すぐに動き出す。


 魔物を眺めていたアンバーは彼らに気が付くと双眸を細めた。


「ふむ。口だけではないようだ。しかしこれで止められるかな? 見たところ君たちの仲間は満身創痍だが」


「なんとかしてみせます。……アンバー、あなたは病の『薬』をお持ちですか?」


 ディティアの吐き出した吐息は白く煙り、小さく体が震えるほどに空気が冷たい。


 彼女はボーザックに目配せをすると、彼が大剣を体の前にしてアンバーを背負うのを手伝った。


「『薬』? ふふ、そんなことせずとも『新しい血』こそが病に打ち勝つだろうとも」


 おとなしく背負われたアンバーは楽しそうに応え、痛むのか少しだけ目元を歪める。


「新しい血ってなに? ……古代に病にかかった人のこと?」


 ボーザックが肩越しに聞くと、アンバーは「ほう」と感心したような声を上げた。


 そのあいだも氷の華が育ち、刺すような空気が肌を刺激する。


 ――こんなとき体感調整バフがあると楽なのに。


 一瞬、ボーザックは状況を忘れてそう思ってしまった。


「それも知っているとは、なかなか探究心があるようだ。――まあいいだろう。私の望みはすでに『叶った』。説明してやろう」


 ふたりがアンバーを連れてグランとファルーアの後ろを抜け、通路へと下がると……壁際に下ろされたアンバーは氷の華を眺めながら深々と息を吐く。


 早く片を付けて彼の手当てをしないとならないことは誰が見ても明白だったが、アンバーはそれでもうっとりとした表情を崩さずに語り出した。


******


 曰く。


 過去にここで爆発があったとき、アンバーは崩れた瓦礫の下にこの遺跡に続く通路を見つけた。


 彼の研究室の下だったため修復の際にこっそりと扉を設けて隠し、のちに遺跡の奥で得体の知れない魔物が眠っていることを発見したそうだ。


 とはいえ最初は魔物に対する興味はなく、魔物も動く気配がないため気にしていなかったらしい。


 気にしていないという事実にボーザックは呆れてため息をこぼしたが、アンバーはどこ吹く風。


 動かないものを心配しても仕方ないと思ったからだと言ってのけた。


 ……とにかくそんなとき、魔力結晶の研究について熱心な彼を見込んだというとある少年――いや、少女かもしれない――から魔力結晶を『育てる』方法を教わった。


 アンバーの研究は魔力を込めた魔力結晶から魔力を抜き出す――つまり何度も再利用する方法についてだったが、魚型の魔物に魔力結晶を埋め込んで血を吸わせ『育てる』と聞いて興味を持たないはずがなかった。


 再利用せずとも増やせるかもしれない、そう思ったからだ。


 魚型の魔物をおびき寄せるのは簡単であり、研究室から入れる遺跡にはおあつらえ向きに湖と繋がっている部屋がある。


 少年――もしくは少女は育てた魔力結晶の一部を買い取ることを条件にアンバーに様々な恩恵をもたらした。


 育てた魔力結晶を粉にして薬とすれば人ならざる力を得られること、最終的にはゾンビ化するこも聞いていたが、アンバーは最初そのことに目を向けていなかったらしい。


 紅い粉が送られた先で起こることは彼にとって研究対象外……つまりどうでもよかったのだ。


 それから数年、アンバーは魔力結晶を育てその結晶を研究し続ける。


 転機が訪れたのは最近だ。


 あるとき眠っていたはずの魔物が実験のために捕まえておいた紅鎧を喰らったのである。


 アンバーは、魔力結晶が彼の餌になるのではと仮説を立てた。


 魚型の魔物よりさらに強力な魔物に魔力結晶を埋め込めば多大な効果を得られるかもしれないと考えたアンバーは、彼を起こすことに決めて実験を開始。


 結果、通常の魔力結晶では効果がなく、魔物に埋め込んで育てたもの、埋め込んだ状態の魔物……またはそれを投与した生物が餌となることが判明した。


 同時にその魔物こそが帝都の病に関係しているのでは、と疑ったのは――アンバーが『帝都の新参者』だったからかもしれない。


 研究所が事故で爆発したときに増えた発症者の噂、自分たち新参者を下に見る古くから住む者たちの心ない声、少年――もしくは少女から聞いた古代の都市国家と災厄と呼ばれる魔物たちの物語。


 この先、魔物が病を撒けば新しい血が生き残るのかもしれない……そう思うと胸が躍ったとアンバーは笑う。


 それを実証するための実験――魔物を目覚めさせることは彼の探究心を刺激した。


 魔力結晶の研究よりも、いつしか眠る魔物を起こすことへと目的が変わっていたのだ。


 そこでアンバーは長年床に臥せっているというキィスヘイムアルヴィアに目を付けた。


 彼を通してスルクトゥルースへと紅い粉を流し、結果としてスルクトゥルースたちがアンバーの手足となるまで時間はかからなかった。


 紅鎧の量産にも成功し、中毒症状が現れた者は魔物へ与えていく。


 魔物には知性があるのかアンバーを攻撃することはなかったが、それが崩れたのはつい先ほどの話だ。


 とうとう目覚めた魔物はなにかに呼ばれるように湖へと消え、しばらくのちに酷い傷を負って戻った。


 アンバーが傷を治すためには餌が必要だろうと魔力結晶を与えたそのときに、腕ごと喰い千切ったのである。


 しかしそれ以上彼が襲われることはなく魔物は遺跡の奥で……恐らくは体を休め、回復に努めようとしたのだろう――ということだった。


******


「はぁ……よくわかんないけどアンバーは病気を撒き散らそうとしたってことでいい?」


 ボーザックがそう言うと、アンバーは残っている右腕を前へと伸ばし魔物へと翳す。


「まあそうとも言えよう。私からすればそれは選定以外のなんでもないのだが」


 話のあいだもファルーアの杖は強い光を煌めかせ、床や壁を氷の膜が覆い始めていた。


「……どうだファルーア」


 グランが声をかけると、彼女はなんとか頷いてみせる。


 けれど魔力の枯渇は近いようだ。


「……悔しいけれど、このままじゃ危険よ。グラン、ボーザック、いまのうちに触手を斬り飛ばせるかしら――」


 絞り出したような声音に、ディティアが表情を曇らせる。


 ボーザックは大剣を握り直すと無言で踏み出し、グランの隣に並んでから口を開いた。


「任せてよファルーア。……きっと大丈夫。斬った触手を凍らせて保存しとこう」


「ええ。頼んだわ――私にもう少し、持久力があれば……」


 つらそうなファルーアの肩をディティアかそっと支えると、グランは左手で顎髭を擦ってからドンと勢いよく踏み出した。


「ディティア、ファルーアを頼む。ボーザック、全部斬っちまうぞ!」


「はい!」


「そうこなくっちゃねー!」


「そのあいだは保たせてみせるわ……いくわよ!」


 ――けれど。


 四人それぞれが気合を入れ直したその瞬間、彼らの耳に声が届いた。




「持久力アップ、持久力アップ、威力アップ! どう? まだまだいけるだろ、ファルーア?」




今週少なめでしたので②話分突っ込んであります。

いつもありがとうございます。

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