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逆鱗のハルトⅢ  作者:
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溺惑の必要悪⑧

 練り上げたバフは確かに俺の体を包み込んだ。


 四肢を巡る血が呼び覚まされたような――熱い感覚が全身を駆け抜ける。


 だけど。


 だけどさ!


 気付いたんだよ、いまの自分の状態に。


 しまった――俺、五重にバフかけてそのままだ――!


 そう、どっちにしても動けないのである。


 うまくいったと思うんだけど……。


 指先に力を入れてみるけど反応はない……ように感じる。


 ここまできてこんな状態とは我ながら情けない。


 俺は自分の不甲斐なさを思いっ切り吐露した。


「あーっくそ! ……あれっ?」


 声に出した拍子にぱちりと瞼が持ち上がり、振り返った〈爆風〉とミリィと目が合う。


 あ……そう。声は出るし目も開くんだ……。


「……ああ、ええと……ごめん、起こしてもらえたりすると助かったり……」


 恥ずかしさを堪えて声を抑えて呟くように言った俺に〈爆風〉はからからと笑った。


「とりあえずは目が覚めたか」


「……ああ。たぶん助言のおかげ」


「やはり意識はあったんだな。それで、動けないのか?」


「動けないのはバフのせいだと思う。俺、逃げるときに治癒活性を重ねたんだ。それで五重だったから」


「なるほどな。……魔力を活性化して動けているならいいが――感覚はどうだ?」


「バフも練れたし、瞼も開く。声も出るから効果はあったはず。〈爆風〉の血ってのは強いんだろうな」


 苦笑すると〈爆風〉は笑って俺を起こし、研究所が見える場所まで背負ってくれた。


 体を預けた柵の向こう側、少し先の空気が煙っているのがわかる。


「……皆はもうあそこにいるんだな」


 思わず口にして唇を噛む。


 ――行かなきゃ。


 気持ちは逸るけど、体が動かないのがもどかしい。


「ハルトさん……」


 そこでおずおずとミリィが声をかけてきた。


 俺はなんとか頭を動かそうとしながら応える。


「ミリィ――ヒールありがとな。もしかしたら〈爆風〉の血で皆なんとかなるかもしれないし、希望は持っておいて損はないんじゃないかな」


「……はい。そうなれば帝国は安泰――ですね。ハルトさん、ありがとうございます」


「え? いや、お礼を言われることはしてないし、そもそもこんな間抜けな状態なんだけど……」


「いいえ。ハルトさんは……〔白薔薇〕の皆さんはキィスヘイムアルヴィアを約束通りわたくしのもとへ連れてきてくださいましたわ。わたくしはキィスの話をまだ直接聞けていませんが――それでも弟は真っ直ぐだった。それだけでこんなにも救われましたの。ですから……そう、なにかあったとしてもハルトさんは必ずわたくしがお守りいたします」


「お、お守り……? ふ、ミリィって変なこと言うんだな。大丈夫、なにかあるならそれはいい方向にしかないって。俺たち〔白薔薇〕はそうやって進んできたんだ」


 思わず笑うと、ミリィは俺の前にぺたりと座り……慈愛に満ちた柔らかな微笑みを浮かべてみせる。


 ドレスの裾がバルコニーの床に広がって華を咲かせた。


「それが『冒険者』――そして〔白薔薇〕なのですね。とても強くて美しいと思いますわ」


「うん、ありがとう。……とはいえ俺もこのままじゃ情けないからさ。どうにか皆のところに行かなきゃ、な」


 なんとか頷くと、ミリィは僅かに目を見開いて立ち上がり〈爆風〉に向き直る。


 ――気付かなかったけど、少し離れた場所に帝国兵が数人待機しているようだ。


 あれはミリィの護衛なんだろう。


「〈爆風のガイルディア〉さん、わたくし素敵なことを思い付きましたわ! これからハルトさんを皆様のおそばにお連れします。どうかあなたのお力もお貸しくださいませ」


 黙って聞いていた〈爆風〉は、彼女の言葉に面白いものを見つけたような顔をしてから歯を見せて笑った。


「いいだろう」


******


 ハルトを欠いた〔白薔薇〕は研究所の大穴から下りてしばらく進み、大きな洞窟のような場所に出た。


 どうやら湖とつながっているらしいその場所には『なにかの液体』と『血』がぶちまけられ、生臭い空気が満ちている。


「……これ、あの魔物の体液だ」


 床の一部が溶けているのを見つけたボーザックに、グランは唸り声で応えた。


 やはり、と言うべきだろう。


 あの魔物はファルーアの一撃から逃れていたのだ。


「――次は仕留めるわ。でも病気が関わっているのなら焼くわけにもいかなそうね。調べる必要もあるはずだもの」


 こんなときでもさらっと口にするファルーアだが、その表情が硬いことにグランは気付いている。


 ――次の失態はなしだ。俺が全部止めねぇとな。


 ハルトのバフなしに戦うことが自分たちにとってどれほどの戦力減なのかグランは理解しているつもりだ。


 以前別行動したときとはわけが違う。


 それでも、やらなければならない。この気持ちを全員が共有していることは疑いようがない。


 グランはいつもよりじっくりと顎髭を擦り、意を決して口にした。


「行くぞ、目標はアンバーと魔物だ」


 そうして彼らは液体をたどり、さらに奥へと進んだ。



 ――それからどれくらい経ったか。


 ぴちょん、ぴちょん……


 なにかが滴る音が耳朶を打ち、そのほかは自分の鼻息と仲間の呼吸音だった。


 先頭を歩くグランは神経を研ぎ澄ませ、足下に続く液体を追ってずんずん奥へと歩を進める。


 体の前には白い大盾を構えており、通路はそれだけでいっぱいになるほど狭い。


 しかし所々で紅く明滅する結晶のランプが光を放ち、視界は悪くなかった。


 ――液体はときおりしゅうしゅうと音を立てながら岩肌を溶かしていて、『目標』が近いことを示している。


 やがて……彼らの前方には部屋らしき空間が見えてきた。


「……います、グランさん」


 グランの後ろにいるディティアが囁くと、ボーザックは握ったダガーを胸元に構える。


「アンバーはティアに任せるとして、魔物はどうする?」


「グラン、ボーザック。魔法で仕留めるわ。それまで攻撃を引き付けてくれないかしら」


 ファルーアが言うと、ボーザックは口元に笑みを浮かべ強気な顔で頷いた。


「わかった。広かったら大剣にする。脚の一本や二本、斬ってもいいよね?」


「まったく。調子乗って酸浴びるんじゃねぇぞ」


 釘を刺すグランに「任せてよ」と応え、ボーザックはディティアに頷く。


 ディティアはしっかりした瞳で彼を見返した。


「アンバーを捕まえて、私は一度通路に下がります」


「よし。集中しろよ、行くぞ!」


 グランの号令で同時に踏み出した四人は、互いの拳を走りながらぶつけ合い、気合を入れるのだった。


本日分です!

いつもありがとうございます。

革命のアガートラーも近々更新予定です。

よろしければどうぞ!

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