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逆鱗のハルトⅢ  作者:
59/77

溺惑の必要悪⑦

******


「あれっ? 〈爆風のガイルディア〉は?」


 ボーザックがはっとして視線を巡らせると、ディティアが首をすくめた。


「最初からにこにこして見送ってたなぁ……」


「うわあ……あの人って自由だよね」


 応える彼にディティアは苦笑で同意を示すと、噴煙を上げる研究所を振り仰ぐ。


 あたりに漂うのはあらゆるものが焼けた臭いだ。


 火はすでに消されていて、帝国兵と研究員たちが忙しなく往き来している。


 遠巻きに帝都民たちが野次馬をしているのも確認できるが彼らは一様に不安そうで、なにかを囁き合っていた。


 ストーは〔白薔薇〕を連れてどんどん進み爆発の中心部までなにくわぬ顔でやってくると――前線にいたウィルに声を掛けた。


 隣にはキィスの姿もある。


「ウィル」


「――ん、ああ。……見ろ、遺跡だ」


 ウィルは彼らに気付くと面白くなさそうな顔でぽっかりと口を開けた穴を見下ろす。


 散らばった瓶の破片や焼け焦げた書類、壷やなにかの骨――。


 転がった家具や砕けた実験器具――。


 そんなものをできるだけ避けながら近寄ったグランはその大穴を見て顎髭を擦った。


「爆発はこの中でか?」


「そのようだ。キィスからだいたいは聞いたが――〈逆鱗〉は起きられないのか」


「……ああ。さっさとアンバーを見つけて病気のこと聞かせてもらうぞ」


 きっぱりと返すグランに、ウィルは細い眉を寄せる。


「病気?」


「そうね。ハルトは――たぶんキィス様の病気と同じよ皇帝。地下でおかしな魔物に襲撃されたことも聞いているわね? そいつがこの下にあった『なにか』かもしれない」


 ファルーアが答えると、ウィルは鼻先でふんと笑った。


 キィスはその隣……無言で話を聞いている。


「なるほどな――それで、魔物は?」


「例の製造場所と一緒に瓦礫の下よ。ただ――あれがもし災厄だとしたら、この程度で倒せるとは思えないわ」


 そこでウィルの片眉がぴくりと跳ねる。


「災厄だと?」


「ねえ皇帝。俺思ったんだよねー。カールメン王国には樹海と砂漠に災厄がいてさ。ソードラ王国にも自由国家カサンドラにも災厄がいた……それなのにアルヴィア帝国にはいなかったの?」


「……」


 ボーザックが穴を覗き込みながら告げると、ウィルは瞳を伏せ少しの間を置いてから言った。


「懸念してはいた。だがユーグルたちの記録にも俺たち皇族の記録にもその記載がなかった」


「けれど可能性はある――ということでしょうか?」


 ディティアはそう言いながらゆっくりと双剣の柄に手を滑らせ、すっと息を吸う。


 瞬間――がらりと変わる彼女の空気に〔白薔薇〕の表情が引き締まったのを、ウィルヘイムアルヴィアは確かに感じ取った。


「なんにしても行く必要が私たちにはあります。ウィルヘイムアルヴィア皇帝――探索の許可を」


 その瞳を見たウィルは一瞬だけ目を瞠り、喉の奥をくくっと鳴らすと腕を組む。


「なるほど。〈疾風のディティア〉の本性は研ぎ澄まされた刃か」


「……」


 ディティアは応える代わりにシャアンッと双剣を抜き放つ。


 ウィルはその姿にぺろりと唇を舐めて双眸を細めると深く頷いた。


「いつもその目をするのならそそられるな。俺は美しい女性の頼みは断らないぞディティア――探索を許可する。アンバーを見つけ災厄と疑われる魔物を屠った暁には、我が帝国においてお前たちの功績を謳わせてやろう」


******


 これでも――駄目かッ!


 おかしいな、うまくできていると思ったのに。


 練り上げたバフが形にならずに俺が苦戦していると、ふわりと柔らかい空気の流れに甘くてどこか香辛料の利いた香りを感じた。


 ミリィの香りだ。


 彼女は俺のそばでヒールをかけては様子を見る行為を繰り返してくれていた。


「――〈爆風のガイルディア〉さん。ハルトさんの使う……その、バフ、というのはどういったものなのですか?」


「ん? ……そういえばトールシャではあまり見かけないと聞いたな。自身の魔力を違う形にして纏う、または付与することで通常よりも力を発揮できる魔法の一種だと認識している」


「紅い粉を呑むのと同じように気配を感じることもできると」


「ああ、その類のバフもあるようだな。……ミリィ、キィスのことを考えているのならそれは無理かもしれん。バフは効果時間がおおよそ決まっているようだ。それに」


「それに?」


「〈逆鱗〉のものは特別。おそらくこいつの魔力はなにかほかの者たちと違う」


 さらさらと紡がれる〈爆風〉の言葉に俺は身動ぎ――気持ちだけだけどな――考える。


 特別、か。


 確かにバフを重ねられるってことはすごいことだと自分でも思う。


 これで魔力を活性化できれば一時的にだけど病気の人をなんとかできる可能性もあるよな。


「そうなのですか――」


「まあ最後まで聞け。〈逆鱗〉が目覚めたとしよう。そうすると俺の血から作った薬が効いた可能性はある。調べてみる価値はあるかもしれん」


「……!」


 落胆したミリィの気配が驚きに息を呑むのを感じる。


 本当に弟のことを憂いているんだよな、ミリィは。


 いまは紅い粉で動けているキィス……だけどこのまま飲み続けたらどうなる?


 そう思うと苦しくなる。


 そうだよな、そんなこと誰も望まないんだ。



 ――俺はバッファーだから病気を治すことはできない。


 だけど……やれることがある。そうだろ?


 動け、俺の魔力――ッ!



 そのとき、体の奥、どこか深いところから熱いものが湧き上がって。


 心のなかでありったけの思いを叫びにして、俺はバフを練り上げた。



 ――魔 力 活 性ッ!

 



本日もよろしくお願いします!

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