溺惑の必要悪⑤
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ウィルたちを呼びにいったキィスを待つことしばし。
「皆さん! 大変です!」
螺旋階段を駆け下りてきたのはストールトレンブリッジとミリィヘイムアルヴィアだった。
「大変って……こっちも大変なんだけど? ねえ、ウィルとキィスはー?」
大声で聞き返すボーザックに、ストーは螺旋階段の手摺りから身を乗り出して怒鳴り返す。
「研究所が爆破されました! とにかく上へ!」
「あぁ? 爆破だと⁉」
「はあ……嫌な感じね……」
応えるグランにファルーアがため息をこぼし、ディティアと一緒にハルトの体を起こす。
「グラン、背負えるわね?」
「ああ」
グランはすぐにハルトを背負うと立ち上がる。
「うーん。スルクトゥルースが爆破したってことは考えられる?」
ボーザックが聞くと、ケルヒャは一瞬だけ考えてから応えた。
「――アンバーがやったのかもしれない」
ボーザックはなるほどと頷いてケルヒャを背負うために螺旋階段を駆け上がる。
そのとき、少し上から声が降ってきた。
「さて、これはどんな状況だ?」
「ガイルディアさん!」
応えるディティアに頷いて〈爆風のガイルディア〉は後ろにいた四人を前に出す。
「ここが中枢だ。行け」
「……お前たち!」
気付いたケルヒャが声を上げると、どうやら遺跡崩壊の現場を制圧されて連れてこられたらしい四人はケルヒャたちのもとへと集まった。
互いの状況について話を始めるスルクトゥルースを横目に、ボーザックはガイルディアに目を合わせる。
「ごめん〈爆風〉。ハルトがよくないんだ。キィスも確保したんだけど研究所が爆破されたとかって話で……説明するから移動しよう。ケルヒャさん、悪いけどまた背負わせてね」
ボーザックがケルヒャを背負うと、伝説の爆の冒険者はグランに背負われたハルトを見て眉根を寄せた。
「あまりいい状況とはいえないようだな」
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ミリィはグランの横でハルトにヒールを試し続けた。
それでもハルトの顔色はあまりよくならず、ぐったりと垂れた指先が動くこともない。
「そんなわけでアンバーを捜そうって矢先におかしな魔物に襲われて……こうなったんだ」
説明を終えたボーザックに〈爆風〉は頷きを返すと、眼下で煙を上げる研究所をじっと見詰める。
彼らがストーに連れられてやってきたのは帝国宮のバルコニーだった。
もうもうとした噴煙が空を黒く塗り替え、帝都が騒然となっている。
なにかが焼ける臭いは少なくとも気持ちのいいものではない。
一緒に付いてくるしかなかったスルクトゥルースたちが青ざめているのを横目に〈爆風〉は口を開いた。
「研究所の地下にあった『なにか』がその魔物という可能性もあるか。爆発で放たれたと仮定することもできるだろう」
「そうね。私たちが襲われた――あの魔物がなにかわかればハルトをなんとかできるかもしれないわ。あれはまるで――災厄みたいだった」
「うん。あんなのが普通の魔物だとは思いたくない、俺」
そこでファルーアが会話に交ざり、ボーザックが頷く。
「ふむ……見たところ〈逆鱗〉の体に痣はないか……」
〈爆風〉は突然ハルトの服を捲り上げて言うと、懐から小瓶を取り出した。
「……痣……ですか?」
ディティアが目を瞬くと、彼はポンと音を立てて瓶の蓋を開ける。
「そうだ。〈豪傑〉、〈逆鱗〉を降ろせ。もしそれが災厄の毒であれば――これが効くかもしれん」
「それは?」
「俺が災厄の毒霧にやられたときに作られた薬だ」
「……!」
ディティアがはっきりと息を呑んだのがわかる。
痣というのは〈爆風のガイルディア〉が毒にやられたとき、まるでその体に絡みつくように表れた蔦のような痕のことだろう。
〈爆風のガイルディア〉は懐からもうひとつ道具を取り出すと素早く瓶に装着してハルトの腕に突き立てた。
「……過度な期待はできんがやらないよりはいい。ストー、お前はどう思う」
「確実なことは言えませんが、その話を聞くにアンバーが研究所を爆破した可能性は高いでしょうね。確か彼は魔力結晶の研究に傾倒していたはずです。……ウィルとキィスは帝国兵たちと事態の収拾に当たっていますが、病気が広まる可能性が高いいま、帝都は混乱に陥るでしょう」
「――ったく。よくそんなことまで知ってるな……ってのは聞いても無駄か。よし。アンバーを捜しにいくぞ。……お前ら心当たりはないか?」
グランはハルトの前髪をそっと払い、立ち上がった。
話しかけられたスルクトゥルースたちは顔を見合わせると……口々に予想を話し出す。
やがてまとまったのかケルヒャが両腕を広げた。
「アンバーは俺たちに自分の居場所をまったく悟らせなかった……つまり俺たちには絶対にわからない場所だろう。となると遺跡――研究所の地下付近だ」
「……爆発した場所から入れるかもしれませんね。行きましょう、私が案内します」
そこでストーが黒縁の眼鏡をそっと押さえる。
いつになく真剣な声を聞いてグランは鼻先で笑った。
「付いてこられるか? 悪いがいま俺たちは相当やる気だぞ」
「アンバーが犯人だったとして、俺たちの逆鱗に触れちゃってるからねー」
ボーザックがにやりと笑みを浮かべ、研究所を見遣る。
「そうね。後悔してもらわないと」
くすりと妖艶な笑みをこぼすファルーアはカツンとヒールを鳴らして前に出ると、くるりと龍眼の結晶の填まった杖を回す。
「ミリィ様……ハルト君をお願いします」
ディティアはそう言ってそっとハルトの左手に触れると、息を吸って目を閉じ……ぱっと顔を上げた。
「――誰であれ、なんであれ、私たちがなんとかします」
その瞳の光を見て……〈爆風〉は満足げに笑った。
おはようございます!
本日分はお早め投稿です。
よろしくお願いします。




