溺惑の必要悪④
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「ケルヒャさん、ちょっと聞きたいんだけど」
ボーザックが聞くと、幾分動けるようになったケルヒャが頷いた。
彼はほかのスルクトゥルースと一緒に螺旋階段に座っている。
ただならぬ空気は感じているらしい。スルクトゥルースたちは不安そうに顔を見合わせた。
「病気ってさ……罹るとどうなるの?」
「……大きく分けて症状は二種類だ。急激に意識を失い目覚めないか、体内の魔力が削がれて徐々に衰弱していくか。どちらにしても最終的には命を落とす」
「そのふたつ、なにが違うのかわかる?」
「――前者は稀に『目が覚めるやつがいる』。後者は……進行の時間はまちまちだが助かった者を見たことがない」
――魔力を削がれる、か。やっぱりこの病気は俺が思うとおりのものかも……。
ボーザックはそれを聞いて唇を噛み……続けた。
「キィス様は……後者だね?」
「そうだ」
ケルヒャは応えると階下に横たわるハルトへと視線を滑らせて……瞼をぎゅっと閉じる。
ボーザックが聞きたいことがわかっているのだろう。
「……前者が目覚める条件ってなにかわかる?」
「残念ながら不明だ。……ただ」
「ただ?」
「以前目覚めたものは『アイシャ出身』の商人だと聞いている」
「……!」
ボーザックは黒い双眸を見開き、後ろにいたグランを振り返った。
グランはゆっくりと頷くとハルトを見下ろして顎髭を擦り、あとを引き継いで口を開く。
「――目覚めたあとはどうなった?」
「普通の生活を送っていたと。もしかしたらアイシャの人間はこの病の耐性を持つのかもしれない。その……希望を持つべきだ」
「……そっか。ありがとう」
ボーザックはそれだけ応えると深呼吸をして踵を返す。
――ハルトの症状は魔力切れに似てる。もし前者が古代の血を引いてない人に出る症状なら……。
グランに頷いてみせると、彼はボーザックの肩に手を置いた。
「焦るなボーザック。大丈夫だ、ハルトだからな」
「うん。……ティアたちにはなんて伝える?」
「それなんだが、どうもディティアの取り乱し方が気になる。慎重に動かねぇとな……。それに……正直なところハルトがやられたときに俺が殿を守る必要があった……それを怠ったことで頭がいっぱいだ」
「グラン……」
ボーザックは一瞬だけ目を見開くとすぐに首を振った。
――そうだ、グランもファルーアもハルトが倒れたのを見てる。俺がしっかりしなきゃ。
「グランこそ焦らないでよ。大丈夫! よし、じゃあ戻ろう」
右の拳を差し出してみせるボーザックにグランは珍しく眉尻を下げて苦笑いを返す。
そして大きな拳をガツンとぶつけるとボーザックの首に腕を回した。
「……悪いな〈不屈のボーザック〉」
「ふ……なに言ってんの〈豪傑のグラン〉。なんとかしよう、俺たちで」
頼もしい言葉を聞いて、グランはしっかりしろと己を律し深く息を吸った。
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ハルトのところへ戻ると、彼の傍で膝を突いていたファルーアが顔を上げる。
「ねぇグラン、ボーザック……これ、魔力切れじゃないわよね……?」
「!」
その言葉にボーザックがはっと肩を跳ねさせると、彼女はまだ乾いていない髪を耳に掛け直して小さく息を吐く。
「――同じこと、考えたのね。ならきっとその先も同じだわ」
「うん……あのさファルーア……」
ボーザックが言いかけたところでグランが彼の肩をぽんと叩いた。
ファルーアはじっとグランと視線を合わせ、一度だけ目を瞬くと深く息を吐き出す。
「ファルーア、ディティア、悪かった。俺が殿を務めるべきだった……だからハルトはこうなった」
それを聞いたディティアがのろのろと頭を上げてかぶりを振る。
「グランさん……それは違うと――」
「そうね。あなたのその大盾はなんのためにあるの? なにが守るよ」
瞬間、ファルーアがふんと鼻を鳴らし、ボーザックが目を瞠る。
「あぁ。すまねぇファルーア」
「すまないなんてどの口が言うのかしらね? ハルトのこの状況、どうするつもりか説明なさい」
「……ハルトはたぶん、キィスと同じ病だ」
「なによそれ。そんな説明で納得するとでも?」
「ま、待ってファルーア……ど、どうしちゃったのさ?」
「黙りなさいボーザック。グラン、どうなの?」
ぴしゃりと言って退けるファルーアに、ボーザックはおろおろと両手を持ち上げてはどうすることもできずに下げることを繰り返す。
ディティアも驚いたのか、グランとファルーアのあいだに何度も視線を往復させた。
「……病の症状はふたつ。ひとつめは意識を失う。ふたつめはキィスと同じく魔力がじわじわ削がれて衰弱する。ただし、ひとつめは目覚める可能性がある。事例ではアイシャ出身の商人だった」
「それでハルトは目覚めるの? 私たちはなにをすればいいの? それもわかっているんでしょうね?」
棘のある言葉が胸に刺さる。
――なにしてるんだよふたりとも。いまはそんなこと言い争ってる場合じゃないのに!
ボーザックはぎゅっと手を握り、ふつふつと湧き上がる嫌な気持ちをぶちまけてしまおうとした。
――しかし。
「いい加減にしてください! どうしたんですかふたりとも!」
先にそう言ってばん、と地面に手を突いたのはディティアだった。
「ハルト君がこうなったのはグランさんのせいじゃないです! ハルト君だってふたりがそんなだったら怒ります! ……そう、希望があるならなんとかしましょう? 私たち皆で〔白薔薇〕なんですから……!」
その瞳に宿るのは強い意志の光。
ボーザックはそれを見て……自分の気持ちそのままの言葉に思わず「あぁ」と呟いた。
――ティアが戻ってきた。ううん……戻されたんだ。
胸の奥、もやもやした感情が晴れていく。
――まったくもう、俺まで騙されちゃった。
そう思ったボーザックの目の前、グランとファルーアは突然パンッと右手を合わせて笑うとディティアへと向き直る。
「――よし言ったなディティア! やるぞ!」
「ボーザックもよく堪えたわね。ちょっとひやひやしたわ?」
「……え、ええ?」
目を瞬くディティアに、ボーザックが右手を差し出した。
「俺たち、ふたりに担がれちゃったってこと! よしティア。ハルトを起こさなきゃ。すぐに動こう……ウィルとキィスならなにかわかるかも」
ディティアはグランとファルーアを順番に見て頬を紅潮させると、ボーザックの手を取って立ち上がり唇を尖らせた。
「ふ、ふたりとも酷い! もうーびっくりしたんだから!」
「――ふふ。悪かったわねティア。それにグラン、あなたもガツンと言われたかったんでしょう?」
妖艶な笑みをこぼすファルーアにグランは苦虫を噛み潰したような顔をして顎髭を擦る。
「――まあな。なんだその、助かった。ファルーア」
「気にすることじゃないわ。ティアの言うとおりよ、あなたのせいじゃない。私たち全員でハルトをなんとかする……これでいいわね?」
頼もしいメイジの言葉に、グランは思わず唇の端を引き上げる。
青い顔で意識のないハルトを見下ろし、彼は大きく頷いた。
「よしお前ら、ウィルたちが来たらすぐに動くぞ!」
『おー!』
呼応する冒険者たちを見下ろしながら……スルクトゥルースたちは顔を見合わせ、どこか眩しそうに目を細めるのだった。
昨日投稿できなかった!
ちょっと長めです。
よろしくお願いいたします!




