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逆鱗のハルトⅢ  作者:
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可逆の反逆④

 ――製造場所は天井が高く、広々としていた。


 鼻を突く生臭さはなんなのかと思えば、どうやら壁際に並ぶ巨大な箱いっぱいに『赤鎧だったもの』が収められているようだ。


 壁に備え付けられた灯りだけでなく大きな篝火かがりびが焚かれていて視界は悪くない。


 奥には湖面が見えているけど……あれ? ここってかなり下った場所にあるんじゃないのか?


 俺の感覚では湖面と同じ高さの中枢よりもずっと深い気がするんだけど――水が溢れてこない工夫でもあるのかもしれない。


「誰だ!」


 そこで俺たちに気付いた人影が声を上げると、すかさずケルヒャが応えた。


「俺だ、ケルヒャだ! 安心しろ。彼らは敵じゃない」


「――ケルヒャ? ……待て、どうしてここに。作戦にはまだ早いはずだが……どうなってる?」


「……説明する。とりあえず話を」


 ケルヒャはそう言ってから「すまないが下ろしてくれ」とボーザックに頼んだ。


 ボーザックが彼を地面に下ろしてやると、ケルヒャは自力で腕を突っ張り足を引き寄せて胡坐を掻いた。


 酷く気怠そうではあるけど、どうやら順調に回復してきているみたいだな。


 そのあいだに奥にいた三人の男が近くにやってきて……キィスに気付く。


「キィスヘイムアルヴィア様⁉ ではそちらは護衛の方ですか? 万が一もあります、本日は危険ですから遺跡から離れていてください……ミリィヘイムアルヴィア様は?」


「ぼ……俺たちは大丈夫。気にしないで」


 キィスは応えると一歩下がる。


 顔を見合わせた研究員三人がケルヒャを見るので……俺はそのあいだに『製造場所』に視線を奔らせた。


 巨大な丸い石の臼……あれは血結晶をすり潰すためのものだろう。


 大きな歯車と組み合わさった石臼には取っ手があり、回すことで粉を挽くってところか。


 それから少し離れたところにはこれもまた巨大な水槽。


 かなり頑丈に作られているみたいだな……湖から伸びている管と水槽の接続部分は開閉可能に見える。


 あれに赤鎧を入れるんだろう。


 その水槽近くには爆弾と思しき丸い玉が入った箱と血結晶が並べられた棚が見え、掃除してあるとはいえ周りに飛び散りこびりついた汚れを考えると――赤鎧を爆発させてるんだろうな。


 ぶるりと体を震わせるとディティアと目が合った。


 彼女もその可能性に思い当たったようで、なんともいえない複雑な顔をしている。


「……実は……作戦は失敗した。薬の代償で相棒はゾンビ化してしまった。俺は彼らに助けられたんだ」


 そこでケルヒャが切り出した。


「失敗……?」


 俯く彼のそば、それぞれ呟いた三人の男たちは驚愕に目を瞠り……一拍置いて絶望に項垂れてしまう。


 彼らの服はドロドロに汚れた白衣で、身嗜みも決して整っているとはいえない。


 きっと……いろいろな思いを抱きながらここで粉を作っていたんだろう。


 ケルヒャはそんな彼らを順番に見回しながら、重そうな唇を震わせた。


「紅い粉の代償は……命。わかっていたが……思うよりずっと酷い有様だったよ。――そして俺は彼らに連れられてウィルヘイムアルヴィアに会った。……俺たちは間違っていたんだ、皇帝は――俺たちを守っていた」


「なんだと? いまさらなに言ってるんだケルヒャ! そんな馬鹿なこと……あんた騙されたんだ!」


 目を剥く男のひとりは、歯を食い縛り獰猛な獣みたいに唸る。


 ケルヒャはそれでも臆さずにその場に留まり、真っ直ぐに男を見返した。


「……残念ながら本当なんだ、皆。最初から……皇帝は真実を話していた――事故だった、事故だったんだよ……」


「……」


 研究員たちはお互いの顔を何度も見合わせ、首を振る。


 納得いかないのは当然だ。ずっと恨んできたんだから。


 ……だけど、それは……。


 俺はぎゅっと手を握った。


「ま、守っていたってどういう意味だよ……だって、あの爆発で……俺の家族が……それなのに」


 そのとき震える声で呟いた男がへなへなと崩れ落ち――俺はその人の家族が爆発で亡くなったんだと理解する。


 ウィルに復讐を……そう思って生きてきたのかもしれない。


 本当のところはわからないけど、ウィルはもしかしてそれを見越していたんじゃないか?


 生きる目的、復讐対象として自分がいることで……彼を守ろうとして。


 別の研究員が座り込んだ彼の肩に手を添えるのを見ながら、俺はそう考えていた。


 ウィルは薄情で適当そうな振る舞いだけど、その実はいろいろなものを見通す気高き皇帝……なんじゃないかな。


 するとキィスが男の近くに膝を突き、その手をそっと取った。


「――黙っていてごめん。病は僕たちのように『古くからこの地に根付く者』に発症することが多いんだ。爆発の前から病が増え始めていたのは間違いなくて――だけど爆発のときに発症者が急増した。兄さんは古くから根付く者たちが病によって迫害されないよう、自分のせいに思わせていた――僕は知っていたんだ」


「キィスヘイムアルヴィア様……」


 項垂れた男がゆるゆると顔を上げると、キィスは手を握る力を少し強めて頭を下げる。


「君たちのそばに近付いたのはアンバーの目的を探るためだった。僕は紅い粉によってこうして力を得ているけど――皆と一緒だ。飲み続けたら駄目なことはわかっていて、だけど呑むんだ。勿論、病の研究も続けている……君たちの力になりたいと思っているよ。だからさ。これは――僕から兄さんへの反逆なんだ」


 そう言ってキィスはほかのふたりの顔も順番に見詰める。


 彼らは身動ぎ、視線を逸らして双眸を眇めた。


 受け止めていいのかわからない……そんな表情に思う。


「兄さんがやめた研究を僕が違うやり方で完成させてやるんだ。僕はこのまま研究所の地下深く――遺跡を調べてくる。あそこには病気に関する『なにか』が眠っているはず。それを研究して病気の原因を突き止める。そうすればスルクトゥルース……君たちを助けられるはずだから――」


 キィスの言葉に沈黙が下りる。


 篝火が爆ぜてバチリと音を立て、しんとした空間に木霊した。


 俺たちは……スルクトゥルースにかける言葉を持たない。


 なにもできない。


 だけどこのまま彼らを放っておくこともできそうになかったんだ。


 だから俺はその場に屈み、頷いてみせた。


「とりあえず皇帝と話をしないか? ぶつけたいことあるだろ? 俺たちからもウィルに話をするよ。紅い粉は広まったかもしれない……でもまだ戻れる、いまなら間に合うから」


 口にした瞬間、キィスがびくんと体を跳ねさせて目を見開いた。


 その形相があまりに切羽詰まったものだったから……俺は眉を寄せる。


「……キィス?」


「な、なんだろう? なにか……なにか来る……!」


「! ッ、五感アップ、五感アップ!」


 なんていうか体が勝手に反応したみたいだった。


 広げたバフが〔白薔薇〕全員にかかると同時、戦慄が頭の先から足の先までを貫いて意識が霞む。


 ――巨大な、まるで龍のごとき気配。


 それがまさにいま、この場所へとものすごい速さで迫っていたんだ!


本日分です。

いつもありがとうございます!

楽しんでいただけていればいいなと思う毎日です。

引き続きどうぞよろしくお願いします。

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