可逆の反逆③
とにかく話を整理するとこう。
キィスは研究員アンバーによって紅い粉をもたらされた。
動けるようになったが効果に不安を感じたキィスは、アンバーの目的を探るため彼に取り入ってスルクトゥルースに紅い粉を運ぶ役を担うことになる。
――紅い粉は病に冒され動くことすらできない者にとって、危険だと知っても呑みたい薬だったんだ。
キィス自身が『そう』だったからこそ、彼らの気持ちを汲んでいたのはわかる。
俺からすれば……複雑だけどさ。
とにかく。少しでも異変が出た人はアンバーのもとに連れていっていたようだけど……そこから先は不明なまま。
知りたくもないとキィスは言ったけど、本当は調べようとしてもなにひとつ情報が得られなかったそうだ。
結局アンバーの目的はいまもわかっていないらしい。
そんななかスルクトゥルースは薬をもたらすキィスとその姉であるミリィを帝国の中心に据えるべく、もともと排除したかった皇帝ウィルヘイムアルヴィアを狙って帝国宮を落とすことを画策していた。
キィスは手を加えた地図を渡すことでそれを阻止し、アンバーの目的を探る傍らで病の研究のために『研究所の地下にあるなにか』を特定しようと考えていたんだな。
でも、そのためには水中で呼吸するための道具が必須だった。
そこで漁師組合と裏で取引をして――つまり漁師組合はキィスの動きを知っていたはずだ――道具の素材である魚型の魔物の骨を集めようとする。
たぶん漁師組合は研究所とも取引していたんだろうから、骨を集めたって怪しまれない。
ところが『赤鎧』となってしまった魚型の魔物は『侵入不可水域』に集まってしまい、骨が手に入らなくなった。
まさにそんなときに赤鎧を調べようとしていた俺たちは漁師長である巨人族に骨を買い取ると言われたってわけだ。
まあウィルはウィルで動いていることを思うと、それぞれの思惑がめちゃくちゃに絡んでお互いの足を引き合っているような印象だよな……。
黒ローブの男……ケルヒャもボーザックの背中で呆然と話を聞いている。
「ねぇキィス様。じゃあすべての黒幕はアンバーって研究員なの?」
ボーザックの問い掛けにキィスは答えなかった……いや、答えを持っていなかったらしい。
うーんと唸ったあとで急に立ち止まり、くるりと振り返った。
「アンバーも誰かから粉のことを教えてもらったはずなんだ。災厄のことと紅い粉のことは切り離して考えられないから。それは〔白薔薇〕のほうが詳しいんじゃないかな」
「……そうね。始まりが災厄関連なのは間違いないと思うわ。そこから独立して広まったと考えるのが自然ね」
キィスの言葉にファルーアが同意する。
うん……確かにそんな話もしたよな。
紅い粉を作るための血結晶は特定の魔物に埋め込んで育てなくちゃならない。
それをアンバーに教えたやつがいたはずなんだ。
「どっちにしてもアンバーの目的はいまもわからない。彼は慎重なんだ、すごく。でも放置はできない――誰かのためになりたいとかそんな内容じゃないと思うんだ。……さあ、この先が製造場所だよ」
キィスはそう言うと壁際に身を寄せて奥を指さした。
狭い通路の先、灯りがこぼれているのがわかる。
「あの先は広い空間になっていて湖と繋がっている。……いまは三人いるみたいだ」
「キィス様。その……紅い粉を製造をしているのはスルクトゥルースなんですか?」
そこでディティアがおずおずと口にする。
「そうだよ。製造場所にいるのはアンバーと同じく研究員――正確には『研究員だった』人。……行われているのは赤鎧から結晶を抜き出して粉にする……ただそれだけなんだけど」
「あぁ? 研究員だったってどういうことだ?」
グランがさらに重ねて問い掛けると、キィスは難しい顔をした。
「爆発してしまった研究に従事していたり、その研究室の近くに務めていたりしたんだよ。家族が……その、亡くなった人もいる。彼らも爆発は兄さんの指示だと思っているんだ」
「なるほどね……ウィルの説明を信じなかった人たちってことか」
俺が言うと彼は「そういうこと」とだけ応えて先導してくれる。
すると……呆然と黙っていたケルヒャが掠れた声を絞り出した。
「……俺が話をするから連れていってくれ」
「勿論。誰とも戦いたくないし、もうゾンビ化もしてほしくないしな」
「背負われたままだと格好つかないかもしれないけど、ごめんね」
俺が頷くと……彼を背負っているボーザックが人懐っこい笑顔を浮かべ、なんとなく空気が軽くなった気がした。
うん。やっぱりボーザックは犬って例えがぴったりかもしれない。
秘かに失礼なことを考えながら、俺は慎重に足を踏み出した。
盛り上がりのない回になってしまいました……
引き続きよろしくお願いします。




