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逆鱗のハルトⅢ  作者:
50/77

可逆の反逆②

******


「それでね、タイラントの口から炎が噴き上がって――ハルト君がバフを重ねるの! 速度アップバフはすごく速くなるバフで……」


「うん……!」


 身振り手振りを交えて一生懸命に話すディティアと、前のめりで食い付いているキィス。


 俺はすぐそばで胡坐を掻いたまま、なんだか微笑ましいその光景をぼけっと眺めていたりする。


 すると……。


「おいハルト、ディティア! 無事か!」


「うわっ⁉ ……って、あぁグラン」


「……はぁー。無事みてぇだな……」


「あー……ごめん。大丈夫」


 皆が角の向こうからやってきて、俺はひらっと手を振った。


 そういえば五感アップは消えてるもんな。


 気配が読めるキィスも話に夢中で気付かなかったんだろう。


 すると黒ローブの男を背負ったボーザックがはあーっと息を吐き出しげんなりした声を絞り出す。


「ハルト……肉体強化かけて……」


「おぉっ、すっかり忘れてた! 悪い。肉体強化、肉体強化! 持久力アップ!」


 俺は慌ててバフをかけてやり、ついでに持久力アップも重ねた。


 ボーザックは恨めしそうな顔をしたけど、軽く跳ねることで男を背負い直すと口を開いた。


「それで? ……えぇっと、その人がキィス様なの?」


「! お前が〈不屈のボーザック〉? そっちは〈豪傑のグラン〉⁉」


 すかさず立ち上がるキィスに、ボーザックは目を白黒させて俺を見る。


「えっ? ど、どういうことハルト?」


「話せばながーくなるんだけど、彼の飛龍タイラントにとどめを刺したパーティー〔白薔薇〕の物語を我らが〈疾風のディティア〉が語ってたところ」


 俺が肩をすくめてみせると、ボーザックはグランとその隣にいるファルーアと三人で顔を見合わせた。


 ただひとり、ボーザックに背負われた男だけは酷く狼狽えているんだけどな……。


「キィスヘイムアルヴィア様……ここでいったいなにを?」


 黒ローブの男が話し掛けるとキィスははっとしてボーザックに駆け寄り、彼を覗き込んだ。


「……ケルヒャさん! 助けられたスルクトゥルースっていうのはあなただったんだね。一緒にいた女性がゾンビ化したって聞いたんだけど……本当なの?」


「……はい」


 俺たちはそこで初めて男の名前を知った。


 そういえば名前聞いてなかったな……。


「やっぱり症状の重い人からそうなるって考えるのが妥当……つまりそれが代償ってことか。……それでケルヒャさん、いまどんな状況なの」


「破壊活動で残っているのはあと二箇所ですが……おそらく制圧されるでしょう」


「……そうか。『彼』はどうしてる?」


「わかりません。けれど簡単に捕まるとも思えません」


 勝手に話を進めていくキィスと男――ケルヒャに、俺は思わず口を開いた。


「おーい。彼って誰だ? そもそもキィス。お前、遺跡を破壊しないつもりならなんでここに?」


「……は、破壊しない? どういうことですかキィスヘイムアルヴィア様……!」


 目を瞠るケルヒャ。


 キィスは首をすくめると腰に手を当てて……ゆっくりと踵を返した。


「目当ては製造場所だよね? こっち。話しながら案内するから来てほしい〔白薔薇〕」


 返事を待たずに歩き出すキィスの隣、ディティアが小さく頷いてそっと付いていく。


 うーん。頭がごちゃごちゃになりそうだ……っていうかもうごちゃごちゃだ。


 一度整理が必要だな……。


******


「〔白薔薇〕はスルクトゥルースが結成された事情を知ってるかな?」


「はい。研究所での爆発ですね?」


「そう。研究を任されたのは兄さんで、その研究が僕の病を治すためのものだったことは?」


「聞きました」


 歩いていくキィスの話にディティアが受け答えする。


 俺たちは殆ど一列に近い状態で細い道をずっと下っていた。


「僕だって馬鹿じゃないんだ。研究内容がユーグルの逆鱗に触れるものだったってことくらい想像できる」


「逆鱗だってさ、〈逆鱗の〉――あいたっ!」


 戯けてみせるボーザックの額に振り返り様のデコピンを喰らわせて、俺は再び前を向く。


「そりゃあ兄さんが僕を嫌いだってわかってるけど、そんな理由で研究をやめるほど馬鹿じゃないよ兄さんは。その様子だとあの爆発がただの事故だったのも聞いてるの?」


「まぁな。ウィルから聞いてるが……キィス。ウィルはお前がウィルを嫌っているって言ってたぞ」


 グランが言うと、ファルーアが割って入った。


「違うわ。それを言ったのはストールトレンブリッジね」


「……曲者ストーか。戻ってこなくてもよかったのに」


 冷ややかに言い放つキィスの声にディティアが瞼を二回瞬いてから問い掛ける。


「ミリィ様の婚約者だからです?」


「……君はそれを真っ向から聞くんだね〈疾風のディティア〉……」


「あ、ごめんなさい……」


「ううん、それくらい真っ直ぐのほうがすっきりするかも。……僕は冒険者が嫌いなふりをしていたけど、それはここが冒険者をよく思わない帝国だからだ。それなのにあいつ、冒険者のことを豪語しながら兄さんにも姉さんにも取り入ってさ……正直気に入らなかったよ」


「要するにやきもち――ぐっ」


 グランの呟きは呻き声に上書きされた。


 たぶんファルーアのヒールか杖だな。


 うん。同じことを思ったけど口にしなくてよかった……。


「とにかく、僕は自分の病気のことを諦めかけていた……でもある日、研究員が紅い粉の薬を持ってきたんだ。それが『彼』――アンバーっていう帝都出身の研究員だ」


「紅い粉ね……」


 思わず身を堅くすると、ディティアが肩越しに俺を見て頷く。


 大丈夫……そう言われた気がして俺も頷きを返す。


 そうだな。キィスの目は血走ったりしていない。


 意識もしっかりしているようだし、きっと大丈夫だ。


「効果はみるみる現れてさ。このとおり歩けるようになった。……うれしかったけど……恐かった」


 キィスはすぐに研究員と紅い粉を不審に思い始め、行動を開始したんだと続けた。


「僕はアンバーに取り入って紅い粉を広める手伝いをしたんだ。慈善活動と称して」


 俺は息を呑んで聞き返した。


「危険なものだって認識していたのにか?」


「うん。それを飲んででも歩きたい――そんな僕みたいな人たちがたくさんいたし、その気持ちは痛いくらいにわかるから。ただ少しでも異変が起きれば、僕はその人をアンバーに預けることにしてたんだ。……彼がなにしてるかなんて聞かなかったし、知りたくもなかった」


「……」


 俺たちは黙って続きを待った。


 それがいいか悪いか……いまの状況じゃなにひとつわからなかったからな。


「アンバーはスルクトゥルースを利用してなにかしようとしていたんだ。それを知る必要があった。姉さんを連れていたのは……僕になにかあったら兄さんに報告してもらうため。スルクトゥルースは姉さんみたいな善人を皇帝にしたがっていたから、彼女がいても危険はなかったんだ」


 俺はそこでああ、と相槌を打つ。


 キィスがミリィに薬の出所を隠していることをストーは不審に思っているみたいだった。


 でもそれがミリィを守るためだったとすれば合点がいく。


 すると聞いていたケルヒャが声を絞り出した。


「そんな……キィスヘイムアルヴィア様、それじゃあ俺たちはなんのためにこんな……爆発はただの事故だったというのはやはり本当だったのですか?」


「ケルヒャさん、僕は一度も事故じゃないなんて言っていないよ。でも僕はあなたたちの病気……つまり自分の病気を治すための研究を続けている。そこは確かだ」


「……魔力結晶の研究のことだな?」


 俺が言うと、キィスはちらりとこちらを振り返って小さく頷いた。


「そうだね。爆発のときに病気の人が増えたんだけど……それも聞いたかな? 研究所の地下深くに病気に関わるなにかがあるのは間違いないと思う。ただ、そこまで行くには遺跡の水没した区域を通らないといけないんだ。僕は水中を進む道具を手に入れないとならなかった」


「魔力結晶を嵌めて使う……これのことですか?」


 ディティアが水中で咥えて使う道具を取り出すと、キィスはそれを一瞥して苦笑した。


「本当になんでも知ってるね〈疾風のディティア〉。そうだよ、僕が既成品を買うと兄さんにバレるから自分で作るつもりだった。でもその道具のもとになっている魚の魔物の骨が手に入らなくなっちゃってさ。……漁師組合にお願いしてたのに」


「……へえ、漁師組合とも繋がってたんだねーキィス様は。あれでしょ、巨人族の!」


 ボーザックが言うと、キィスは弾かれたように振り返る。


「まさか彼とも知り合いだとか言うのか?」


「そのまさかね。私たち『赤鎧』の情報を取りにいくために漁師組合を訪ねたのよ」


「そこで骨が手に入ったら買うって言われたんです」


 ファルーアとディティアがそれぞれ口にすると、キィスは深々とため息をついた。


「やっぱりすごいんだね『冒険者』は……」




木と金の分です。

話が途切れちゃうので②回分の長さがあります!

よろしくお願いします。

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