始まりの始まり⑤
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それぞれが腰にぶら下げる形のランプを灯し、俺たちは遺跡内へと下り立った。
外の建物と同じくレンガ造りの空間はそう広くない。
俺が手を伸ばせば届いてしまう天井は圧迫感もある。
グランが窮屈そうに見えるな――。
寒いのかと思っていたけど遺跡内は思いのほか暖かく、そのまま眠ったとしても体が冷えることはなさそうだ。
五感アップにも魔力感知にもいまのところ触れる気配はない。
すると、ボーザックが足下のレンガを爪先でとんとんと叩いて唸った。
「俺の大剣じゃ、ここはちょっと狭すぎるかも――」
「大盾もぶん回すのは無理そうだ。ただの壁にしかならねぇから俺は素手だな」
グランが続けて――って、いやいや。素手でもグランが強いことはわかってるけど、大盾って壁だろ!
「馬鹿言ってないでちゃんと守りなさいよ、グラン? ティア、悪いけれど前線を任せることになりそうね。援護するわ」
「うん、私は大丈夫!」
突っ込みかけた俺より先にファルーアがツンと言い放ち、ディティアが苦笑する。
――俺も戦えるってことを忘れられているような気がしないでもない。
渋い顔をしていると、グランが頭を左右に傾け首をゴキリと鳴らした。
「……ディティア、悪ぃが前を頼むぞ。ボーザックとファルーアはそのあと。ストーを挟んで俺とハルトが殿だ。――ねずみ型の魔物ってのはデカいのか?」
ストーは言われたとおりの位置に下がりながら、両手を持ち上げてなにかを抱えるような仕草をしてみせる。
「このくらいですかね。赤子よりは大きいかと」
「繁殖していて定期的に駆除しているということは――群れですよね」
ディティアがそう言ってさっとあたりを確認した。
「そうですね。帝都の下水が通っている場所があるので、その付近に生息しています。ここからはそう遠くありません。昼までには到着しますよ」
「それなら早いところ〈爆風〉を見つけて、うまい昼飯でも奢ってもらおう」
応えたストーに向けて俺が言うと、ディティアがちらと振り返って満面の笑みを浮かべた。
「稽古もつけてもらえるかもしれないね、ハルト君!」
……ええ、それは――またの機会でもいいかもしれない。
それにしても、本当にあのオジサマはどこでなにをやっているんだろうな……。
万が一にもやられることはない。その確信はあるんだけど。
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しばらく進むと、なんともいえない悪臭が鼻を突いた。
「ぐ……駄目だ、五感アップは消すよ」
強化された嗅覚では、ここを進むのは無理だろう。
俺は皆の返事を待たずに五感アップを消した。
「汚物の臭いです。この先が下水なので、そろそろ魔物の縄張りですね」
「下水なんて初めてね……」
ストーの説明にファルーアが鼻のあたりを手で覆う。
確かに町の地下って初めてだよな。遺跡内に下水まで通してるんだからすごいもんである。
――少し進むと、右手の壁に格子の填まった扉があった。
ストーいわくこの扉の向こう側が下水だそうで、確かに漂ってくる臭いはキツい。
今日は扉は無視して奥に進むそうだ。
「下水の先には汚物を食べて分解する魔物を飼育しています。一部は菌類で綺麗にして自然に還すんですよ」
「へぇー、ラナンクロストもそうなのかな」
思わず返すと、ストーは黒縁眼鏡を押さえて頷いた。
「どの国でも似たようなことはしているかと。汚物しか食べない魔物なので、人を襲うこともありませんしね」
「どんな魔物なんだろう。スライムみたいな奴かな?」
ボーザックがあたりを警戒しながら聞くと、ストーは笑った。
「いえ、でっかいイモムシですね!」
「……!」
瞬間、先頭のディティアがぴくりと肩を跳ねさせたのが見える。
虫型の魔物、苦手だもんな。
ボーザックがそんな彼女の肩をぽんと叩くと、ディティアは「ひあ!」と鳴いて飛び退いた。
「あははっ、安心してよティア! イモムシと戦うわけじゃないからさー」
「おいお前ら、気ぃ抜きすぎるなよー」
「は、はい! ごめんなさいグランさん!」
そこにグランが言ったので、ディティアはぴしっと背筋を伸ばして前を向き――シャンッと双剣を抜き放った。
「……えぇと。この先、なにかいます」
「了解……あー」
大剣の柄に手を掛けたボーザックが渋い顔をする。
俺はここぞとばかりに双剣を抜き放ち、さらにバフを広げてやった。
「肉体強化! 速度アップ! まあ見とけよボーザック?」
「うわー、ハルトに言われるとなんか悔しいんだけどー」
がっくり肩を落とすボーザックに、俺はにやりと笑ってみせる。
バフは魔力感知と合わせて三重。
ファルーアの肉体強化バフは様子を見て威力アップか持久力アップに変えるつもりだ。
「ったく……締まらねぇな」
「そんなこと言いながら……あなたも笑顔じゃない」
ぼやくグランに、ファルーアが杖をくるりと回して呆れた声を上げる。
――そうして俺たちは通路を足早に進み小さな部屋に出た。
しかし。
「うわ……」
踏み入った瞬間、鼻を突いた悪臭に俺は思わず顔を顰める。
天井は変わらず低いままで圧迫感があり、床にびっしりと転がっているのはねずみ型の魔物たち……その亡骸だった。
生き残っていたのか肉を喰らおうと集まってきたのか――灰色の体をした数匹の魔物が『キシキシ』と鳴き声を上げながら通路の奥へと逃げていく。
「〈爆風〉がやったんだろうな」
幾重にも刻み込まれた鋭い傷はそう古くない。
確認した俺がこぼすと、ディティアが頷く。
けど、問題はそこじゃなかった。
俺たちは通路の近くに集まったまま『それ』を覗き込む。
――部屋の真ん中にぽっかりと口を開けた大穴があったんだ。
吸い込まれそうなほどの暗闇には、なにかが潜んでいるような濃厚な気配が感じられる。
崩れた床の縁に縄が掛けられているのを見るに……〈爆風〉が潜ったのは間違いないな……。
「……こんなところにも未踏の領域が口を開けているとは。さすが〔白薔薇〕の皆さんですね」
誰かがごくりと喉を鳴らしたところで、ストーがぽつりと呟くのだった。
皆様こんばんは!
引き続きよろしくお願いします。
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