可逆の反逆①
「触るなッ兄さんの犬のくせに!」
しかし呆気なく振り払われた手に、俺はそのまま頬を掻く。
「いや……犬ってのはやめてくれないか? 別に使役されてるわけじゃないし」
まったく。
帝国内での冒険者の扱いは犬ばっかりな気がしてくるな。
どっちかというとディティアはもっと小動物だし――ファルーアは猫寄りだけど獰猛すぎるし……グランなんてもう大型の獣だろ。――いや待てよ。ボーザックはぴったりじゃないか?
そんなふうに至極どうでもいいことを考えながら、俺はキィスの前にしゃがみ込んだ。
「……とにかく。俺たちはミリィにも頼まれてきたんだ。あんまり警戒しないでもらえると助かる」
「! ね、姉さんに?」
ぴくりと眉を跳ねさせたキィスは、しかしすぐに威嚇するように唸った。
「う、嘘をつくな。ぼ……俺は騙されないよ」
……ああ、そういえばミリィにも『俺』と『僕』の両方使ってた気がするな。
俺たちと同年代……もしくは下かもしれないけど、少しでも強がろうって姿勢がみえる。
俺は最初から俺って言ってたかもしれない。
するとディティアが俺と同じようにしゃがみ込んで……ゆっくりと唇を開いた。
「『キィスはそんなことしませんわ……! 皇帝の……兄様の陥落を謀ろうなどと』って言っていました」
「……ッ!」
キィスの表情がみるみる蒼白になるのを見詰めながら、ディティアは続ける。
「私たちスルクトゥルースの男性を助けました。……彼から計画を聞いたんです。女性もいたけど……その人はゾンビ化してしまいました」
「――なんだって?」
「遺跡を破壊して帝国宮を落とそうとしていたんでしょう? ……キィス様、どうしてこんなことを? ミリィ様のためになりますか?」
「……」
キィスはギッと歯を食い縛ると真っ向からディティアを睨み付けた。
強い光は……ウィルとよく似ている。
「地図は偽装した。彼らに帝国宮は落とせない」
「……えっ?」
今度はディティアが目を瞠り、俺も息を呑んで瞬きを返す。
「どういうことだ?」
「スルクトゥルースの狙いは兄さんだ。僕……俺は別の理由で動いているってだけ」
俺はディティアと顔を見合わせてもう一度ウィルに問い掛ける。
「……それじゃ紅い粉を渡してるだけってことか?」
「あのさ。そもそもお前たちなにしに来たんだ? 馴れ馴れしく話し掛けないでほしい」
「ああ……それは一理ある」
「ええ……ハルト君、それ認めちゃったら私たち立つ瀬がないよね」
ディティアはがっくりと肩を落としてから、キィスを覗き込むようにして眉をひそめた。
「えぇと……それじゃまず名乗りますね。私たちはトレジャーハンターで、ミリィ様から聞いていると思うけど冒険者です。誘拐されたのは〈逆鱗のハルト〉君で――」
「いやいや、むしろその紹介いるか?」
思わず突っ込むとキィスは鼻を鳴らした。
「そのとおりだよ。僕は別に二つ名のことは聞いていない」
「……わ。キィス様、二つ名のことご存知なんですね! すごい」
途端にディティアがぱあっと頬を緩めて明るい空気を撒き散らす。
キィスはその空気に気圧されたのかズリ……と後退ると首を振った。
「別に、冒険者に興味があるわけじゃないよ」
「それでもすごいです! ……そっか、それなら〈爆風のガイルディア〉さんとか知ってるかもしれないねハルト君! 地龍グレイドスを屠りし伝説の爆のひとりですよキィス様」
あー確かにな……あのオジサマなら俺たちより遥かに有名だけど……。
俺は肩を竦めて口にする。
「そこはさ……彼の飛龍タイラントを屠りしパーティーの名をあげない?」
「……」
そこで、馬鹿らしくなったのかキィスがため息をこぼしながら膝を抱えた。
けど……ぼそりと呟いたその言葉は五感アップをかけた俺たちの耳に確かに届いたんだ。
「そうか……飛龍タイラント討伐もいつか物語になるかも」
「物語?」
聞き返すと、彼ははっと肩を跳ねさせる。
「や、野蛮な冒険者たちの話ばっかり広まって困るから――」
「聞きたいなら聞かせてやれるぞ? 飛龍タイラントの最期」
「えっ?」
目を瞬くキィスに、ディティアが胸元で手を合わせて微笑んだ。
「もしかしてキィス様、本当は冒険者が好きなんです?」
「だ、誰が!」
「考えてみたらこれが俺たちの身分証か。ほら」
俺は胸元から銀色のカードを一枚引っ張りだし、唇を尖らせるキィスの前に翳してみせた。
「……、……ッ、……⁉」
彼の表情は訝しむものから驚愕へと変わり、果ては信じられないものでも見るような視線が俺を射貫く。
「め、めっ……名誉勲章⁉ だ、だって……しかもこれ、飛龍タイラント討伐……って書かれて……じゃあ!」
「おお。久しぶりだなこの反応! 名誉勲章も知ってるなんてお前すごいなキィス!」
俺が笑うとディティアは苦笑して自分の名誉勲章を翳した。
「私たちは彼の飛龍タイラントを屠りしパーティー〔白薔薇〕で、〈逆鱗のハルト〉君はとどめを刺した張本人です。キィス様!」
まあ、なんか思ってたのとは違うけど。
とりあえず要人の確保には成功したらしい。
俺はきらきらと瞳を輝かせているキィスを前に、こっそりとため息をつくのだった。
本日分です。
それぞれの思惑はここから。
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