愚者の感謝③
「……まさか曲者ストー……ストールトレンブリッジか?」
ぎょっと目を剥く男に、俺は肩をすくめてみせる。
その呼称ってそんなに有名なのか?
俺たちよりストーのほうが認知度が高い気がするぞ。
はあ……俺たちまだまだってことだな。
「はい、初めましてスルクトゥルースの方。ミリィを危険に巻き込んだ罪は重いですよ?」
「……ミリィは我が妹ながら純粋だ。こんなことに加担したと知れば自分を責めるだろうな。先にひとつだけ教えてもらおうスルクトゥルース。俺が爆発の原因を話す時間は残されているのか?」
我が妹ながらね……。
ウィルに不躾な視線を這わせていると、隣にいたディティアが肘で脇腹を突いてきた。
しかも結構容赦ない。
「ハルト君、顔に出てます」
「はい。気を付けます……」
俺が両手を小さく上げたところで黒ローブの男は頷いた。
「遺跡を破壊するための場所はあと二箇所……だが俺がいた場所は魔物が塞いだ頃だ。隣は昨日崩壊して修復済み、残りの二箇所では帝国宮は落ちまい」
「ふむ、ならいいだろう。……とくと聞け、爆発の真相は複雑……とみせかけて単純だ」
ウィルは男を信じ不敵に笑った。
迷いなく頷いた皇帝に――黒ローブの男は唇を噛み締める。
俺は皆とそれぞれ目を合わせ、ウィルヘイムアルヴィアが重く暗い声で語るのに耳を傾けた。
「……あの研究は本来、キィスのためだった」
******
キィスヘイムアルヴィアの病は決してよくはなく、じっくりと時間をかけて体を蝕んでいた。
爆発を起こした研究は、キィスの病を治療する方法を探すことを目的としていたんだ。
前皇帝が始めさせたもので、キィスは己の血を提供し病の原因を突き止めようと必死だったよ。
そんなとき俺は研究所の視察で危機感を抱いた。
魔物にキィスの血を投与し様々な実験をしていたからというのがひとつ。
そしてもうひとつ――別の実験において『キィスの血が固まったもの』を使っていたんだ。
******
「――ッ!」
その瞬間、俺はゾッとするのを抑えられなかった。
思わず目を瞠る俺にウィルはにやにやと笑みを浮かべたままだ。
わかってるさ。それが血結晶になるわけじゃない。
血結晶はレイスから採れる血を人の体に埋め込むことで作られる。
普通の人がレイス化したとしても血が出るなんて話、俺たちは聞いたことがなかった。
だけど……そう、災厄を鎮めるための贄は『古代の血』なんてのを継いでなきゃならなくて。
つまり、つまりさ。
古代の血を継ぐ王族や皇族がレイス化したとき、そいつからは『血が採れる』可能性があるんじゃないか……ってこと。
いますぐに血結晶を作れる可能性は十分にあるんだ……。
拳を握り締め、俺は続きを待つ。
ウィルは『血結晶』のこと――どこまで知っているんだろう。
******
血はしばらくすると固まるだろう?
それを容器から剥がし、なにをしていたのかは想像に任せる。
――お前たちは予想がつくかもしれんがな、冒険者。
ただ言えるのはとにかくヤバイ代物だったということだ。
とある監視者たちが知れば帝都が滅されるくらいには……な。
そこで俺は研究の中止を求めた。
キィスのための実験だった――それはわかっていたさ。
けれど、その結果すべての帝都民が危険に晒されることは許されなかったんだ。
ところが。
直後に研究員が過ちを犯してな――爆発が起きた。
何度も調べたが本当に単純な過ちだ。
魔力結晶の扱いを間違えて爆ぜさせ、それが連鎖した。
――爆発の原因は本当にこれだけしかない。説明もしてきたはずだぞスルクトゥルース。
そして……病のことだが。
担当していたのは優秀な研究員で、爆発に巻き込まれ命を散らしてしまったからな……奴とはもう話せない。
その研究員いわく、発症するのは古くから帝都に住まう者が多いことがわかっていたそうだ。
だがな、病の原因はわかっていなかった。
ただひとつ言えるのは、病は少なくとも爆発より前に『始まっていた』ってことだ。
キィスは幼い頃からだったし、帝都での発病者もすでに確認されていたからな。
しかしな、爆発と同時に発症者が『増えた』ことは否定できない。
さらに爆発で失われた研究所の一画が整備されると発症者は減少した。
――つまり、だ。俺は研究所の下……遺跡になにかがあった、もしくはいまも『ある』のだと考えている。
ちなみに魚が浮いたのは単に爆発で油が流れ出たからだ。
漁師組合には散々文句を言われたがな。
スルクトゥルース。もしもお前たちが遺跡を崩壊させたとして研究所が巻き込まれれば病は拡大する可能性がある。
そのときお前たちはなんと言うだろうな?
******
それが納得いく答えではないだろうけど。
黒ローブの男は肩を落とし、蒼白な顔で震えていた。
ウィルはしげしげと彼を眺めながら先を紡ぐ。
「俺がスルクトゥルースに一部を隠していた理由はふたつ。ひとつ、監視者たちが知るのを恐れた。ふたつ、古くから住まう者たちが病のせいで迫害されないように――だ。俺が毒を撒いたと言われているうちはお前たちに目が行くことも多少抑えられるからな」
右の人さし指を立て、次いで中指を立てて数を示すウィル。
監視者たちっていうのは歴史を見守る民――ユーグルのことだろう。
「――そんな、そんなこと信じられるわけ……」
呟いた男はへなへなと膝から崩れ落ちる。
グランは彼をゆっくりと下ろし、その細い肩にでかい手をぽんと置く。
「信じるかどうかはあんた次第だろうよ。この先どうするか決めるのもな」
ところがウィルはなにが気に入らないのか、ふんと鼻を鳴らした。
「おい〈豪傑のグラン〉。残念だが話はまだ終わっていない。……スルクトゥルース。お前たちは『紅い粉』に手を出した。俺はあれこそ毒だとわかっている――その罪は計り知れないと思え」
「……え」
思わずこぼした俺に、ウィルは刺すような視線を向けて冷たい微笑を浮かべる。
「過ちは過ち。甘い処罰などすると思うなよ冒険者。――いや、お前はこっち側か? 〈爆風のガイルディア〉」
話を振られた伝説の爆の冒険者は、俺たちよりも後ろで目を閉じてずっと黙っていた。
気配を殺しまるで影のように……だ。
ゆるりと持ち上がる瞼の下、彼の琥珀色の瞳が松明の灯りを移し燃え上がっているように見え、俺は思わず息を詰める。
肯定の言葉なんて聞きたくない――そう思うけど、彼は彼の決めた信念を貫くんだってこと……俺はわかってたんだ。
本日分です!
よろしくお願いします。
いつもありがとうございます。




