愚者の感謝②
お前たちはなんだ? と聞かれたら『冒険者』と答えたい。
俺が頬を掻くとディティアが苦笑する。
「――俺たちはトレジャーハンター……裏ハンターだ」
グランはそう言ったあとで自分の右の拳を左手で受け止め、ばしんと鳴らした。
「そしてアイシャから来た冒険者。それが本業だ」
あ、言うんだ。
俺が笑うと、男は自嘲気味に鼻を鳴らす。
「ふ……皇帝の手のひらの上だった、ということか」
「なんで皇帝?」
すかさずボーザックが聞き返すと、男は再び口を開く。
――彼はすべてを話す覚悟があるんだ。
「皇帝は『冒険者』を使役するという。爆発にも野蛮な冒険者どもが関わったと言われていた」
「使役って……随分な偏見ですね……」
ディティアが思わずといった様子でこぼすと、ファルーアが呆れたようなため息で受け止めた。
「失礼ね、私たちは私たちよ。使役されているなんてことはまったくないわ。爆発に冒険者が関わっているかまではわからないけれど」
「……そうだな」
「なんだ、あっさり認めるな」
俺が言うと、彼は今度はふふと笑う。
「俺が水槽を割ったときも、そのあと溺れて死にかけているときも――あんなふうに必死で助けられてみろ。皇帝の犬ではなさそうだと信じたくもなる。それに……彼女のために涙をこぼしてくれた」
……彼女……ゾンビ化したもうひとりのことだろう。
涙ってのはたぶん、俺の髪から滴る水が眼に入ったやつだ。
「まあ実際、俺は泣いたわけじゃなくて水滴だったんだけど……気持ちは本当だよ」
「……あんたのその馬鹿正直なところはさすがね」
え、なんで呆れ声なんだよファルーア。
俺なんか変なこと言ったか?
首を傾げるとボーザックがからからと笑った。
「ハルトはハルトってこと。ね、ティア」
「うん、そうだね」
うーん。褒められてない気がする……。
「とりあえず俺たちは遺跡も帝国宮も壊させるわけにはいかねぇ。紅い粉も作らせねぇ。ただ、爆発の原因と毒の正体……それを皇帝に聞いてやることはできるだろうよ。すべてを話すつもりはあるか?」
そこでグランが話を戻し、男はごくりと喉を鳴らした。
「――先に答えを教えてくれるなら取引に応じよう。……それと頼みがある」
俺は皆と目配せして聞き返す。
「頼みって?」
「俺がゾンビ化したときは彼女のように処理してくれ。……そして湖の見える場所に灰を埋めてくれないか」
「……まずゾンビ化させないのが大前提。それが条件で引き受ける。……いいかな?」
これが俺たち〔白薔薇〕らしい方法だよな。
俺はそう思い、男ににやりと笑ってみせた。
******
「――ってわけなんだけど」
俺が言うと、帝国宮へと続く螺旋階段に座ったウィルは心底脱力したような顔をして頬杖を突いた。
「俺が何故理由を話してこなかったのか、配慮するつもりはないのかお前らは」
「ないねー」
ボーザックが唇の端を持ち上げる。
まあ、ないよな。
俺がうんうんと頷くと、近くにやってきたストーが黒縁の丸眼鏡をそっと押さえた。
「あの事件はかなり問題になりましたからね。私も気になりますよウィル」
「お前まで……」
俺たちへの助け船なのか己の欲望に忠実なだけなのかはわからないけど、この言葉にウィルは顔を顰めた。
ちらりと肩越しに視線を這わせると、グランに支えられた黒ローブの男は俺の後ろで呆然とウィルを見ている。
まあ……まさか連れて来られた結果、目の前に皇帝がいるなんてのは想定外だよな。
「はあ……おいスルクトゥルース。俺が聞かせた結果が納得いかなかったとして、お前は紅い粉の製造場所と遺跡を破壊するために使われている場所を教えるか?」
ウィルはそう言いながら男を見るけど……その瞳にはギラギラした光が宿っていた。
皇帝だから……なのかもな。
鋭い眼光はほかの国でそれぞれの王たちが見せたものと似ているかもしれない。
それにどこか楽しそうに見えるのは彼が絶対の強者であることを感じさせる。
でもそれは俺には関係なかった。
「彼は話すさ」
男の返答を待たずに応えた俺に、ウィルが片眉を上げてにやりと笑みを浮かべる。
「ほう?」
「ウィル以外の命を狙っているわけじゃないみたいだし」
俺が続けるとウィルはぱちぱちと瞼を瞬き、今度は噴き出した。
「はは! 狙いは俺だけだからか! 不敬な理由だが一理ある。……なにせ帝国宮にはミリィヘイムアルヴィアがいるんだぞ。キィスがそれをよしとするはずもない」
「あー、そういえば弟も捜す必要があったんだった……」
俺が左手を顎に当てて首を捻ると……黒ローブの男が俯く。
「キィスヘイムアルヴィア様は、ミリィヘイムアルヴィア様を次期皇帝に据えるつもりだった。だから俺たちの拠点になにも知らない彼女をお連れしていたのだ。彼らが与えた薬によって動けるようになった者やそれを見た者たちは、キィスヘイムアルヴィア様に『帝国のために働く』ことを約束した」
「ミリィを次期皇帝にするつもりですか? それは困りましたねー」
そこでストーがくすくすと笑う。
……でもなんだか、いままで見たなかでも一番真っ黒な笑顔だった。
「あらストー。なにを怒っているの?」
ファルーアが指先で髪をひと房滑らせながら聞くと、ストーは笑顔を貼り付けたまま胸の前でぽんと手を打った。
「実は私、ミリィの婚約者でして!」
その瞬間、俺は思わず眉間をぎゅーっと摘まんだ。
ストーが皇帝の妹の婚約者?
「え、ウィルの義弟になるってこと?」
ボーザックがこぼしてからぽかんと口を開ける。
「不本意だがそうなる。俺が死んだらそいつが皇帝ってのも有り得るな」
ウィルが面白そうに笑って、階段の上で優雅に足を組んだ。
本日分です!
よろしくお願いします!




