表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆鱗のハルトⅢ  作者:
44/77

愚者の感謝①

*****。


「――ゾンビになってまでやりたかったこと、こんなことじゃなくたってほかにあるだろッ!」


 ディティアが、グランが、俺のバフで銀色の光を纏うのに――女は『光らなかった』。


 もう彼女は人じゃない。


 それは明白で――だからこそ胸が痛い。


 俺は思いを吐き出しながら握り締めた双剣を一気に振り抜いた。


 刃が肉を斬り骨を断つ感触にギリッと歯を噛み締める。


「アアアァッ!」


 ゾンビはそれでも反転すると俺に向かって地面を蹴った。


 人のそれじゃないカクカクした奇妙な動き。


 俺はバフを練り上げながら踏み切る。


「肉体強化、浄化ッ! おおお――ッ!」


 ザンッ


 擦れ違い様に再び振り抜いたふたつの刃が深々と傷を穿つ。


「――ハルト君……」


 ディティアが悲しそうな顔で俺を見詰めてこぼし、ゆるゆると構えを解いた。


 柔らかな銀色の光がそんな彼女を縁取っている。


「……ア、ァ」


 黒ローブの女『だったもの』はため息のような吐息を漏らすと、膝を突き倒れ伏す。


 これが血結晶の粉を呑んだ者の末路。


 何度も見てきたんだ、何度も。


「……なんでだよ。こうなるってわかってたんだろ、あんたは……」


 俺は双剣をびゅんと振り払って鞘に収め、その隣に身を屈める。


 ぽたぽたと滴る水が眼に入って、まるで涙みたいに頬をこぼれた。


「こんなことするために呑むとかさ……馬鹿だろ……」


「――俺さあ、本当にあの粉、大嫌いだ……」


 ボーザックはそう言って、ぐったりした男を壁にもたせ座らせる。


 濡れたローブのフードは首の後ろに流されていて、彼の痩せた顔がよく見えた。


 五十代くらいか――白髪の混ざった赤茶色の髪が額にべったりと張り付いている。


 目は鋭くも見える三白眼。色は翠だ。


「……これが薬の代償か」


 その男が呟くと、ボーザックは双眸を眇めて頷いた。


「うん。俺たちこういう人を何度も相手してるんだよね。見てわからないのかな。粉で強くなったりしてもさ……こんなのおかしいじゃん」 


 そのときファルーアが杖を振り、小さな火の玉を浮かべてくれた。


 温かな光があたりを包んで……俺はバフを消して立ち上がり男を見る。


「あんたは大丈夫なのか?」


「……わからん。壁が壊されたあとで突然動けなくなった」


 観念しているのか男は素直に答えたけど――あー。


「俺がバフ重ねたからかも……」


 部屋が崩壊するそのときに速度アップを四重にしたはずだ。


 彼はそれに耐えられなかったのかもしれない。


「とりあえずここにいるのは気が進まないわ。調べ切れていないけれど中枢に戻るほうがいいんじゃないかしら」


「ああ。……ボーザック、お前そいつ背負えるか? こっちは……かわいそうだが置いていくしかねぇ」


 ファルーアの言葉にグランが顎髭を擦る。


「わかった」


「……肉体強化、肉体強化、五感アップ、魔力感知!」


 俺は頷いたボーザックに肉体強化を重ね、五感アップをディティアに、魔力感知を俺とファルーアにかけた。


 頭を振って水滴を跳ね飛ばしたボーザックは背負っていた大剣を体の前に持ってくるとすぐに男に背を向ける。


 俺はボーザックが男を背負うのを手伝ってから歩き出した。


 先頭はディティア、次が俺。


 続いてボーザックと背負われた男、ファルーア、殿はグランだ。


「戻りながら聞かせてもらうぞ。お前たちがなにを企んでいるのか」


 グランが落ち着いた声で言うと……男は囁くような声で応えた。


「……スルクトゥルースが狙っているのはウィルヘイムアルヴィア……この帝国の現皇帝だ」


******


 ウィルが皇帝になったのは六年前――つまり俺が冒険者になってようやく一年ってところだ。


 当時は魔力結晶の研究がどんどん進み、帝都には次々と人が集まり家が建ち始めたらしい。


 もともと漁や放牧をして暮らしていた帝都民たちの多くは新しくやってくる人々を快く思っていなかった。


 集まる人の大半は研究員たちで、当然大きな金が動くために商人も集まってくる。


 そんなとき事件は起こった。


 研究所で爆発があったらしいんだ。


 そのときの空気は酷く濁り、湖には魚が浮いた……人々はそのときに散った毒が原因で病となった……それが男の言い分だった。


「その毒ってなんだったの?」


 ボーザックが聞くと、彼はその背中で小さく首を振る。


 ……うん、体は少しずつ回復してきているみたいだ。


 やっぱり原因は俺のバフだろうな。


「わからん。ただ……ウィルヘイムアルヴィアがその研究の指揮をとった直後のことにも関わらず、なんの説明もなされなかった」


「……あら、それじゃあ実際は爆発の原因もわからないのね?」


「ああ。ただ、俺たちとていきなり皇帝を責めたわけではない。何度も説明を求め、そのたびに無視されてきた。疑うなというのが無理な話だ。……研究員は増える一方だったのにな」


「それで帝国宮ていこくきゅうを落とそうってのはさすがにどうなんだ? ……さっきの……お前の仲間から聞いたぞ」


 ファルーアの問いにも男は迷うことなく応えたけど――グランの言葉に一瞬の間が開いた。


「――遺跡に未知の領域が見つかった。その結果、お前たちのようなトレジャーハンターが集まり始めたんだ。だからやるしかなかった」


「あぁ? どういうことだ?」


「トレジャーハンターたちが遺跡を調べ始めたら、俺たちが遺跡をいじくっているのがバレる可能性が高くなる。なら帝国宮ていこくきゅうごと潰してしまえということだ」


 俺はそれを聞いて……口を開いた。


「あんたたちは遺跡のどこかで紅い粉を作ってた――それに、あんたたちの協力者には皇族がいる。……そうなんだろ?」


 すると男は深いため息をこぼして……続ける。


「お前たち、いったい何者なんだ?」



本日分です。

ちょっとシリアル回が続きます。

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ