結晶の代償⑧
「まさか――その赤鎧に呑まれたりしてないわよね……?」
ファルーアが銀色の光を纏ったままポツンとこぼす。
彼女の頬が真っ青なのは光のせいじゃない。
瞬間、跳ね起きたディティアが燻る赤鎧へと駆け寄り……その状態を強ばった表情で確認した。
「――あぁ、ファルーア……大丈夫、いない――」
ディティアはそれだけ絞り出すと肩の力を抜いてへなへなと座り込む。
俺は知らず詰めていた息を吐き出してグランと目配せをした。
それならすぐにでも捜しにいかないと。
……水はいまも轟々と流れているし、道は真っ暗なはずだ。
五感アップでボーザックの気配を見つける必要がある。
「――ハルト」
「わかってる。俺が行ってくるから皆はここで待ってて」
神妙な顔で俺を呼ぶグランに頷いたとき、ファルーアがびしょびしょの髪をぎゅっと絞り頭の後ろで束ねながら踏み出した。
勿論彼女の服も水浸しで、深い切れ込みが入ったローブの裾は足に絡みついている。
「いいえ、私も行くわ。魔法で流れを遡るほうが速いでしょう? ハルトは五感アップで私を誘導してくれるかしら」
「……魔法か! そりゃいい案だ!」
グランがなんとか笑みを浮かべて不安を隠そうとするのを――ファルーアは鼻先で一蹴した。
「そんな泣きそうな顔で言われても嬉しくないわね。――行くわよハルト、さっさとボーザックを引っ張ってきましょう」
「――……すまねぇ。頼むぞ」
「ふたりとも、気を付けてね」
グランは苦笑になった己の頬と顎髭を一緒にごしごしと擦り、ディティアが胸の前でぎゅっと手を組んで眉尻を下げる。
「任せろ! すぐ戻るよ。あいつも連れて!」
俺はそのあいだに血結晶の道具を拾い上げ、ディティアに向けて左手をちょんと突き出した。
手首にはエメラルドの嵌まった腕輪が光っている。
彼女はそれを見ると少しだけ頬を緩め、自分の左手をそっとぶつけて頷いた。
「うん。待ってる」
「……よし。行こうファルーア。明かりは任せていいのか?」
「誰に言っているのかしら? ほら、手、貸しなさい」
「――は? 手?」
「……面倒ね。行くわよ」
ファルーアは「はぁ」とため息をついて俺のベルト――腰あたりを握った。
「え……? ちょ、うわあああぁっ! ごぼっ!」
龍眼の結晶の杖が煌々と光ったと思ったら――ものすごい勢いで水が噴出して俺たちを押し流し、あっという間に濁流の中に逆戻り。
――急すぎるだろファルーア!
慌てて道具を咥え、俺は体勢を立て直すためにバフを広げた。
(肉体硬化、肉体強化、五感アップ、五感アップ!)
ベルトの後ろ側を掴まれているせいで体をくの字に下り曲げたまま後ろ向きに引っ張られてる感じなんだけど……正直つらすぎる。
必死で体を伸ばすと、ファルーアが自分の杖を差し出し一緒に掴ませてくれた。
――いや、最初からそうしてくれよ。
心のなかで文句を言ったらじろりと睨まれたような気がしたので、そっと顔ごと逸らしておく。
そのあいだも水は顔を殴るような勢いでぶつかってくる。
龍眼の結晶が光を放ち、奥までは見通せないけど視界は悪くない。
俺たちはボーザックを捜して一気に道を突き進んだ。
通路には引っ掛かる気配がなく、部屋まで戻ると……果たして。
赤鎧が壁を突き破ったためにできたのだろう瓦礫が折り重なり、その下に気配を感じた。
(――ボーザック!)
心臓が締め付けられる。
俺はファルーアの魔法を待たずに杖から手を放し、瓦礫へと泳いでその隙間に体をねじ込んだ。
見えたのは――足。
(肉体強化ッ、肉体強化、肉体強化ッ――)
体を丸めて背中を瓦礫に押し当て、肉体強化以外のバフを書き換えて足を踏ん張る。
(上がれ、上がれえぇ――ッ!)
膝にはかなりの負荷が掛かるけど、そんなこと気にしてられない。
ゴッ……ゴゴ――
瓦礫がゆっくりと持ち上がっていく。
それを見計らってファルーアが杖を突き出し、生み出された水流が瓦礫を押し退けるのを補助してくれた。
『ごぼ……』
右半身を下にして下敷きになっていたボーザックが身動ぎ、俺を見上げて安心したように笑顔を浮かべる。
彼の下に庇われていた男の黒ローブが水に揺らぐのを見て……俺は思わずゴボゴボと安堵の吐息をこぼした。
血結晶の道具を交互に使うことで呼吸していたんだろう。
男も意識があるようだ。
くそ、やるなお前――ボーザック!
俺が手を差し出すとボーザックがぎゅっと握り返し、彼と一緒に黒ローブの男が引っ張られる。
水槽を破壊した腕の血は止まっていて、治癒活性バフがうまく効いたんだと思ったけど――変だな。
男はぐったりしたままだったんだ。
(……?)
俺の疑問がボーザックには伝わったんだろう。
彼は首を振ると男の腕の下に肩を入れて通路を指し、身振りで「行こう」と示す。
そうだな、じっとしているわけにもいかないし。
俺は親指を立てて応え、ファルーアの杖に掴まると反対の腕をボーザックの背中に回した。
ファルーアは俺たちの様子を確かめながら魔法を使おうとして……止まる。
ズオオォォ……
水の入っている耳に、なにか重い音が響いてくるのだ。
な、なんだ……⁉
思わず身構えたけど――目の前をすごい勢いで通り越した『それ』に俺は目を見張った。
海月の魔物だ!
彼らは瞬く間に湖と繋がった穴にべったべったと取り付き、ぶるぶると震え出す。
ボーザックの言葉を借りるのであれば『排泄物』が次々と生まれていくさまは壮観だった。
とりあえずこれで穴は塞がりそうだな……。
俺たちはファルーアの魔法に頼り、今度は流れに乗って通路の先へと戻るのだった。
本日分です。
よろしくお願いしますー!




