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逆鱗のハルトⅢ  作者:
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結晶の代償⑦

『もし壁が崩れて逃げられないようなら、まずは呼吸の確保よ。次に浮き袋。――背に腹はかえられないわ。いいわね?』


 思い出したのはファルーアの言葉だ。


 俺は無我夢中でバックポーチに入れた『血結晶の道具』を掴み、がぶりと咥える。


 水は口の中にもがっつり流れ込んでいたけど――湖の水は透き通っていたし、少なくとも生臭く感じなかったのがありがたい。


 空気なのかなんなのか――吸い込んだそれが肺を満たしていくと、いくぶん冷静になれた。


 ――皆はどこだ?


 腰のランプは水で消えてしまったのだろう。


 薄く開けた目にはなにも見えず、流されるがままに壁にぶつかってはまた流された。


 せめて皆の状況を確認したい。万が一道具を咥えられていなかったらと思うとぞっとする。


 でもどうしたら――。


 そう考えた瞬間、俺は『閃いて』バフを練った。


 これでもかというくらいに神経を研ぎ澄ませながら、それを一気に広げる。


 できるだけ広範囲に、できるだけ早く――よし!


(――――浄化ッ)


 声にはできなかったけど……胸のなかで精一杯叫んで投げたそのバフに俺の体が光る。


 ――そして、視界には俺と同じ銀色の光がいくつか灯った。


 俺は咄嗟に右手を壁のでっぱりへと掛けて、すぐそばの『彼女』に反対の手を伸ばす。


(――ディティア!)


 突然己の体が光ったのに彼女が冷静でいてくれたのは心強い。


 くるりと体を捻って俺の手を掴んだ彼女の右手を握り返し、一気に引き寄せる。


 唇に道具が咥えられているのを確認して、俺はしっかりと彼女を抱え頷いてみせた。


 銀色の光はほかにふたつ。


 そのうちひとつはファルーアで、どうやら彼女も無事。


 龍眼の結晶の杖がぽうと光ったかと思うと、彼女は流れに逆らって一気に進み『もうひとり』を掴んだ。


 水の魔法か……! さすがファルーア!


 するとファルーアは掻き乱される髪をそのままに、杖で水の流れと同じ方向を指し示す。


 俺は抱えているディティアに目配せしてからファルーアに頷き、龍眼の結晶の杖が放つ光を追って壁に掛けていた手を放す。


 ――ファルーアが掴んだのは黒ローブの女だった。


 ぐったりしているのを見て心臓が早鐘のように脈打つ。


 この道具がなかったら俺たちも早い段階で意識を失っていただろう。


 俺はディティアを先に行かせて振り返る。


 ……グランとボーザックがいないのが不安だった。


 でもふたりは重装備だから――だよな。


 すぐに流されなかっただけだ、きっと。


 自分に言い聞かせるしかできないのは情けないけど――すぐに海月くらげの魔物が穴を塞ぎにくるはず。


 ――だから絶対に大丈夫。絶対。


 腹の底に力を入れて前を向こうと決めた――次の瞬間。


 俺は目を剥いた。


(…………お、おいおいおいッ!)


 流れる水に乗って『とんでもないもの』が向かってきたからだ!


 身を捻って壁を蹴り、両腕を広げて必死で水を掻く。


 気付いたディティアが俺の前で目を見開いたのがはっきりわかる。


(肉体硬化、肉体硬化――肉体硬化ッ!)


 迫り来るもの――それは。


 ずらりと牙の並ぶ大きな口に『グラン』と『大盾』を挟み、煌々と紅く光る結晶をその身に宿した赤鎧だったのだ!


 あぁもう――ッ!


 ディティアを引っ掴んで覆い被さるように体を丸め、俺は後ろからの衝撃に備え……。


 ――骨が軋むほどの勢いで巻き込まれた。


◇◇◇


 ばっしゃああぁぁあんッ!


「う、あぅっ」


 水飛沫とともに通路に跳ね飛ばされて転がる俺の腕のなか、ディティアが呻く。


 背中も腕も頭も――あらゆる箇所を打ち付けた俺は「ぶはっ」と道具ごと息を吐き出し、前腕を突いて彼女を上から覗き込んだ。


「大丈夫かディティア!」


 至近距離で目を合わせた彼女の頬に俺の髪からぼたぼた――いや、びしゃびしゃと水が滴る。


 まだ銀色に光っているせいか、ちょっと眩しい。


 ディティアはその雫に何度も瞬きを繰り返すと、視線を泳がせて呻くような声を絞り出す。


「……だ、だ、駄目かもしれない、です……ハルト君……」


「――え、えぇ?」


 思わず聞き返すと、先に水から上がっていたのだろうファルーアの声が木霊した。


「ハルトじっとして! 燃え尽きなさいッ!」


「は? ……あ、熱――――ッ!」


 俺の頭上を炎の塊が掠めていき、後方にいた紅鎧が光と熱を爆ぜさせる。


 魚の焼ける匂いが立ち込め、紅鎧は文字通り丸焼きになっていた。


「おいッ! あちぃだろうよッ! 巻き込む気かファルーアッ、ごっほ、ごほっ!」


 怒鳴ったのは勿論グランだ。


 彼は大盾の水滴を手のひらで払い飛ばして背負い直す。


 そこで俺が体を退けると、下になっていたディティアがふらふらと上半身を起こして頭を振った。


「だ、だい、大丈夫ですかっ? ぐ、グランさんっ!」


「ああ。……むしろお前が大丈夫かディティア? ……この上なくわかりやすい状況だな」


 呆れたように言いながら顎髭の水滴を拭ったグランがぐるりと視線を巡らせる。


 俺は同じようにあたりを見回して……グランと同時に口にした。


「なあ、ボーザックは……?」


「おい、ボーザックはどうした」


本日分です。

よろしくお願いします!


いつもありがとうございます。

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