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逆鱗のハルトⅢ  作者:
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結晶の代償⑥

 ――飛び出した先にいたのは黒いローブを着たふたり組。


 そう広くない部屋の中央には大きな水槽と海月くらげの魔物。


「なんだお前たちは⁉」


「とりあえず大人しくしてもらう! 話はそのあとだ!」


 驚愕の声を上げる片方の男へと一気に踏み切って、俺は双剣の柄を突き出す。


「おおおおっ!」


 ガッ!


 しかし男は両腕でそれを受け止めて踏鞴を踏んだ。


「!」


 俺は手に伝わった衝撃に咄嗟に飛び離れて目を見開く。


 くそ、バフはかかってないのに――硬い!


「ち、トレジャーハンターか⁉」


 舌打ちしたもうひとりは女で、ボーザックのダガーを紙一重で躱すと距離を取る。


 ――けれど遅い。


 次の瞬間にはディティアが肉迫し、その喉元に双剣を突き付けていた。


「……ちっ」


 女は上半身を仰け反らせたまま動きを止め、唇を噛む。


 視線だけ動かして確認すると彼らの手には無色透明の液体が入った瓶があり、その眼は血走っているようにも見えた。


 あの瓶はたぶん魔力を含んだ水――海月くらげの魔物の餌だろう。


「――動いたら消し炭になるわよ」


 そこでファルーアが脅し以外のなんでもない言葉を口にして、龍眼の結晶から炎を噴き上げる。


 その熱にグランとボーザックがそっと距離を取ったのがわかった。


 ……うん、あれは熱い。


「くっ……なにが目的だお前たち!」


 黒ローブの男が顔を歪めるけど……なんか俺たちが悪者みたいな状況だな……。


「まあ落ち着けよ。ちと話を聞かせてもらいてぇんだ」


 そんななかでにやりと笑みを浮かべ腕を組むグラン。


 厳つい紅髪紅眼に鎧まで紅い大男。……ますます悪役だ。


「ねぇ。もしかして紅い粉、呑んでたりするかな?」


 その隣、ボーザックがゆっくりと右足を動かして足場を確認しながら問い掛ける。


 黒ローブたちはぴくりと反応し、じっと俺たちを見た。


「――だとしたら?」


 女のほうが静かに聞き返すのを聞いて、俺は鼻を鳴らす。


「わかってるのか? あれは――毒だぞ。続けたらあんたたちはゾンビ化する」


「へえ、よく知っているじゃないか。あんたたちは何者だい? ああ、帝国の犬?」


「動かないでください」


 笑う女が動こうとしたのをディティアが制する。


 ……彼らの黒ローブには先端に向かって細くなるフードがある。


 男のほうはそれを目深に被っているために背丈がかさ増しされ、顔はよくわからない。


 女はフードを被っておらず、黒髪に黒眼で色黒の肌――帝都じゃあまり見かけない風貌をしていた。


 短く適当に切り揃えたようなばさばさの髪に線の細い体は……少なくとも健康そうには見えない。


 気が強そうな瞳の下……頬も痩せこけている。


 俺はミリィが話していた『慈善活動』のことを思い出し、目の前にいる女は病気かなにかから名ばかりの『回復』を得たのではないかと考えて口を開いた。


「――もしかして、スルクトゥルースとかいう組織か?」


「は。あたしの質問に答える気はないってことだね。……だとしたらどうする?」


「どうするって……あー、どうするんだ?」


「は?」


 俺が首を傾げると女が訝しげに聞き返し、ファルーアが呆れた顔をする。


 ボーザックが笑い、グランがため息混じりに顎髭を擦った。


「とりあえずその瓶はこっちで回収させてもらう。ここが破壊されるのはちと困るんでな。ゆっくり手を上げろ」


「……へぇ、破壊ね。あんたたち、なにを知ってるんだい?」


 黒ローブたちはちらりと目配せを交わし、ゆるゆると手を上げる。


「なにも知らないわ。だけどここが壊されるんじゃないかって危機感は持っている……それだけね」 


 ファルーアが炎を揺らめかせて答えると、女はクスクスと笑った。


「まあ困るだろうね。全員溺れ死ぬことになるし」


 俺はその言葉を聞きながら目の前で両腕を上げる無言の男――その手にある瓶に集中した。


 ……こいつら、なんでこんなに余裕綽々なんだ?


「あたしたちは代償を恐れない。そもそも死んだも同然の体だ、いまさらでしょ」


「死んだも同然の体って――」


 ボーザックが口にすると女は唇の端を吊り上げた。


「結晶の代償は心得てる。紅い粉は命を燃やす――そんなことはわかってやってるってことだよ!」


 瞬間、その手がぱっと開かれる。


 ――が。


 ランプの灯りを映して落下する瓶を〈疾風のディティア〉がものすごい速さでしっかりと掴んだ。


 俺の目の前の男も同時に手を開いていたけど、反応できたのはバフのお陰だろう。


 膝を曲げ床すれすれでなんとか瓶を掴んだ俺は、詰めていた息を吐き出す。


「はー……! 危な……!」


「……ッ!」


 それを見た女は忌々しそうな顔をして俺たちを睨み付けた。


「――残念だったな。とりあえず縛らせてもらうぞ。ボーザック、お前はそっちだ」


 グランはきっぱりと言い切ると背負っていた縄を下ろして女へと踏み出す。


「わかった」


 頷いたボーザックが自分の持っていた縄を掴んだけれど……そのとき。


「――我らの大義に!」


「なっ……!」


 ……俺は息を呑んだ。


 黒ローブの男が突如叫び、上半身を折る勢いそのままに思い切り腕を振り下ろしたんだ!



 ガシャアアァッ!



 耳を刺すような音を立てて『水槽』が割れる。


 同時に鮮血が飛び散り、俺は目を見開いて首を振った。


「……なにしてんだよッ! 治癒活性、治癒活性ッ!」


 流れ出る水と海月くらげの魔物。


 そして深々と切り裂かれた男の腕からどばどばと溢れていく真っ赤な液体。


 瞬時に練り上げたバフが男の腕を包み込むけど……駄目だ、すぐには血が止まらない!


 血結晶で硬くなっていたからできた行為だろうけど、こんなの自殺行為だ……ッ!


「治癒活性、治癒活性ッ! ……ああ、くそっ!」


 俺はさらにバフを重ね、バックポーチから包帯を引っ張り出して男の腕に飛び付く。


 ギョッとしたように体を引こうとする男を俺は思わず怒鳴りつけた。


「手当てするから動くなッ!」


「ハルト! 下がって!」


 そのとき、ボーザックが俺と男の前――壁に向かって飛び出した。


 同時に、ずん、と……部屋が震える。




「――壊れるッ!」




 叫んだのはディティアだったか、ファルーアだったか。


 全身の毛が逆立つような感覚。


 俺は男の腕……その傷を包帯ごと右手でぎゅっと握り、左手を振り上げた。


「速度アップ、速度アップ、速度アップッ……速度アップ! 走――」



 ゴ バ アアァァァッ!



 弾け飛ぶような勢いであらゆるものがない混ぜになった濁流がボーザックを呑み込む。


 殆ど同時に、跳ね飛ばされるようにして俺も巻き込まれた。


『ゴボッ……!』


 上なのか下なのか前なのか後ろなのか――わからない。


 掴んでいたはずの男の腕もなく、俺は必死でもがくしかなかった。



本日分です。

重装鎧は沈むので、グランとボーザックに水中は致命的です。

ちなみに甲冑脱ぐのは慣れた人でも大変だからすぐ脱げません。

だから浮き袋(重装鎧着ていても耐えうるすごい浮き袋)が必須です。

海でも彼らは浮き袋使ってました。

よろしくお願いします!

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