結晶の代償⑤
「ウィルたちにも報せてやらねばならん。町全体ではなく帝国宮だけを落とすつもりだとしても被害はかなりのものだろう。……俺が先に戻って遺跡の地図で設置場所の当たりをつけておく。お前たちはこっちの未知の区画を調べてから中枢に戻れ」
〈爆風〉はそう言うとすぐに歩き出す。
俺たちは顔を見合わせて頷き合うと、彼に続いてすぐに踏み出した。
ここから行ける箇所でまだ未調査の場所はいくつかある。
まずこの研究室に続く通路が途中で二又になっているからその先。
それからこの研究室に続く通路の先……小さな部屋には昨日俺たちが下りてきた長い階段と中枢に続く道のほかに、もう一本行っていない道がある。
あとは最初に穴を見つけて縄で下りてきた場所にも道があったはずだ。
「〈逆鱗〉、速度アップを四重にしろ。先に行く」
研究室らしき場所から出ると〈爆風〉が言った。
「わかった」
俺は頷いてバフを練り上げ、指定どおりに重ねる。
彼は爪先でとんとんと床を確かめると、肩越しに俺たちを振り返って言葉を紡いだ。
「――ではあとでな。気を付けろよ〔白薔薇〕」
「ああ。そっちは頼んだぞ〈爆風のガイルディア〉」
グランが深々と頷きながら応えると〈爆風〉は小さく顎を引いて了承を示し――ギュッと床を蹴った。
……まるで風。
通路を舐めるように遠ざかる灯りは、ほんの数回瞬きするあいだに見えなくなる。
グランはそれを見送ると俺たちを見回して言った。
「俺たちも急ぐぞ――ハルト」
「任せろ。速度アップ、持久力アップ、五感アップ、魔力感知!」
俺は手を上げてバフを広げ、一気に重ねた。
******
二又の道を右斜め後ろに向かって折れた先は急な下り坂。
勿論真っ暗で、ランプの灯りの範囲にはてらてらとした岩の壁が見えるばっかりだ。
こっちも昨日水没しているはずだけどすでに排水済み。
湿っぽい空気はあれど歩くのに支障はない。
「――さっきの道よりずっと深くまで続いてます」
先頭のディティアが急ぎ足で進みながらきっぱりと言い切る。
「そうだね、気配も引っ掛からない。魔力の光も見えないし」
ボーザックが応えるのを聞いて、俺はバフを練り上げた。
「五感アップ、魔力感知」
ディティアとボーザックの魔力感知を五感アップで上書き。俺とファルーアの五感アップを魔力感知で上書きしたんだ。
こうしたほうが探索にはいいかもと思い当たったからだけど――どうやら当たりらしい。
「――!」
ディティアとボーザックが同時にぴたりと足を止める。
「どうした」
グランが囁くと、ふたりはちらと視線を交わして頷いた。
「誰か、いるみたいです」
「人だと思う。話し声……みたいなのも聞こえるね」
ファルーアがそれを聞いて髪を耳にかけながら前に出る。
「……魔力の塊もあるわ」
「え、わかるのか?」
俺が聞くと、彼女は目を眇めて前――道の奥をじっと見詰めた。
「砂漠で災厄の砂塵ヴァリアスの核が見えなかったこと――〈爆炎のガルフ〉に指摘されたのよ。だから鍛えていたの。私だってなにもしていなかったわけじゃないわよ?」
俺はその言葉に驚いて目を見開いた。
ファルーア、いつのまにそんなことしてたんだ? 全然気付かなかったぞ。
顎髭を擦りながら小さく笑みを浮かべたのを見るに、グランは気付いていたんだろう。
俺も目を凝らすけど――駄目だ、わからない。
「うーん……俺には見えないや」
「……ハルトのバフと私の魔法は違うから、魔力の捉え方も違うかもしれないわね……あとで鍛え方を教えてあげるわ。いまは急ぎましょう」
「そうだな、頼むよ」
俺たちはそれぞれ武器を構え、慎重に歩を進めた。
……やがて弧を描く道の先、俺もわかるくらいにはっきりと気配が感じられるようになる。
どうやら部屋になっているようで、入口から魔力と思われる光がこぼれ出しているのがわかった。
ぼそぼそと話し声も聞こえて……うん、たぶん人数はふたり。
(とにかく制圧するぞ。間違いなら謝り倒すだけだ)
グランが囁くのに、皆が頷きを返す。
(もし壁が崩れて逃げられないようなら、まずは呼吸の確保よ。次に浮き袋。――背に腹はかえられないわ。いいわね?)
ファルーアがそう言って龍眼の結晶の杖を胸の前に構える。
(肉体強化、肉体強化、肉体硬化、反応速度アップ)
俺はバフを広げて深呼吸を挟んだ。
(行くぞ!)
グランの号令で、俺たちは一気に駆け出した。
……そこにいるのが誰かはわからない。
できれば――全部徒労で終わってほしかった。
ギリギリ本日分です!
よろしくお願いします。




