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逆鱗のハルトⅢ  作者:
38/77

結晶の代償④

******


 赤らんでいるだろう頬を冷やそうと深呼吸しながら歩く。


 うーんおかしいな、前はこんなふうに思わなかった気がするんだけど……。


 ちらと窺うと、先頭を歩くディティアは〈爆風〉と遺跡について話していた。


 隣を歩くことはできても本当の意味で肩を並べるにはまだ――全然足りない。


 もっと頼られる存在になりたい……うん、そうだな。前よりもそう思うからなのかも。


 俺はぎゅっと手を握り、松明がなくなって腰のランプの灯りだけになった遺跡の暗がりを眺める。


 まずはデバフをもっと完璧にして、それから範囲も強化したい。


 新しいバフも覚えないとな。


 ……まあそんなわけで、俺は皆のバフが切れないよう気を配りながら中枢の柱から伸びる道の先――ふたりが並べる程度の幅しかない通路を進んでいた。


 天井もかなり低めで、大剣は扱えないだろう。


 俺たちの影はゆらゆらと壁を走り、水分を含んだ空気が頬を撫でていく。


「迷子にならないようにしないとね」


 ディティアが言うので、俺は頷いてから首を捻った。


「そうだな。……あれ、でもここは未知の区画になるのか?」


 すると〈爆風〉がかぶりを振る。


「この区画は皇族なら出入りできたようだ。だからここは未知でもなんでもない皇族専用の通路だった……というところだな。……昨日お前たちが入った部分は本来ここと繋がっていないはずだったが――まあ知ってのとおりだ。大穴が『開けられて』繋がった。あのあたりは『未知の区画』ということになる」


「じゃあさ、トレジャーハンターたちがいま探索しようとしてる場所は全然別ってこと?」


 ボーザックが俺の後ろでレンガ造りの壁をぺしぺしと叩いて聞き返す。


「そうなるだろう。どこかで繋がっているかもしれないが」


〈爆風〉は笑うとシャアンッと双剣を抜いた。


「!」


 俺たちが思わず身構えると、彼は飄々と振り返り歯を見せる。


「うん、いい反応だ〔白薔薇〕。〈逆鱗〉、前を代われ。〈不屈〉、ダガーの間合いを把握するのを手伝ってやろう」


「は、はあ? ここで? っていうか紛らわしいことするなよ!」


 俺が呆れるとボーザックは嬉しそうにダガーを抜いた。


「え、いいの? やった!」


「……はぁ。仕方ないなぁ」


 俺はため息を吐き出して〈爆風〉と入れ替わり、少しだけ羨ましそうにしているディティアの隣に立った。


 ――早速こんな形で隣を歩くことになるとは。


 思わず苦笑すると、彼女ははっと顔を上げて頬を触る。


「へ、変な顔だったかな?」


「いや、今回は俺の問題かな」


「えっ?」


「よし、行こうディティア」


 俺は五感アップと魔力感知バフをかけ直し、硬い床を踏み締める。


「……ハルト君、なんだかやる気満々だね?」


 不思議そうにエメラルドグリーンの瞳を瞬かせるディティアにちらと目配せして――俺は前を向く。


「はは。ちょっとな」


 ……誰かさんの隣はまだ遥か先だ。


******


 そうしてどれくらい進んだか――昨日倒した紅鎧の横を抜けて二又の通路を右に折れ、崩壊した研究室らしき場所に戻ってきた。


 水溜まりはそこかしこに残っていたものの、岩をくり抜いたような造りの通路や部屋がすっかり歩けるようになっているのは衝撃的だ。


 よく見れば床の端に決して大きくはない穴がいくつも口を開けていて、そこが中枢への水路なのだろうと予想できる。


 昨日紅鎧が破壊した壁はてらてらと艶めく鈍色の膜で塞がれていて、なるほど……周りの岩とあまり変わらない。


「つまりこれって海月くらげの魔物の排泄物ってことだよね? おお、かっちかちだ」


「あんた、それ言いながら触るのやめなさいよ……」


 ボーザックが言いながら指先で突くのを、ファルーアが嫌そうな顔で見ている。


「すげぇな。一日で塞いだうえに水も排出されてるってのは」


「……そうだな。でも魔力の籠もった水の瓶は流されちゃったみたいだ」


 顎髭を擦るグランの横、固定されていた棚に瓶は見当たらない。


 俺が言うとディティアが部屋の真ん中でぐるりと視線を巡らせた。


「水槽もなくなっちゃってるね」


「残念だけれど、なにも残ってないようだわ。ほかを当たりましょう」


 ファルーアがふうとため息をこぼして杖の石突きで床をコンと鳴らす。


 確かにな……五感アップにも魔力感知にもおかしなものは引っ掛からないし。


「なら次は二又のもう一方か」


 俺が言うと……海月くらげが塞いだ穴を眺めていた〈爆風〉が鼻を鳴らした。


「……どうした?」


 思わず問い掛けると――彼はゆったりとした動作で振り返り、真剣な顔で告げた。


「事態は思ったより深刻かもしれん。〔白薔薇〕、この壁が故意に薄くしたものだとしたらどうだ?」


「え?」


 俺は聞き返して眉を寄せ、彼の言葉を頭のなかで反芻する。


 故意に壁を薄くした?


 ……なんのために?


 こんなところでそんなことしたら危険だろうに。


 いくら中枢の機能が働いて穴が塞がれるとしても、海月くらげの魔物がここにいたせいで紅鎧が――あれ?


 その瞬間、四肢を雷が走り抜けるような衝撃を感じて、俺は目を瞠った。


「まさか――最初から紅鎧に壁を破壊させるつもりだった?」


『!』


 皆の表情が一様に凍り付き、俺はごくりと息を呑む。


 その冷えた空気のなか、ディティアがひとりひとりに視線を巡らせながら……俺の代わりに続きを口にした。


「中枢には紅鎧が侵入していて……ここには餌になる海月くらげの魔物が置かれていた……」


「中枢の海月くらげが喰われちまってたら崩壊は止まらなかったかもしれねぇな……」


 グランが地鳴りのような唸り声で続けたところで、ファルーアが首を振った。


「いいえ、もっと恐ろしい考え方ができるわグラン。壁を薄くした場所がここだけじゃないとしたらどうかしら?」


「……ま、待ってよ! もし遺跡が崩壊したら、上にある町が――!」


 ボーザックが双眸を見開き、ぶんぶんと頭を振る。


 馬鹿げた考えかもしれない。


 ……でも。


 俺は腹の底に力を入れて短く息を吐き、大きく吸ってから唇を開いた。


「すぐに探さないと。紅鎧は一網打尽にしたって信じたいけど、まだ残ってる可能性だってある」


本日分です!

引き続きよろしくお願いします!

基本は平日更新。

たまにぽろっと開きますが、完結はお約束します!

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