結晶の代償③
******
「ぜはっ、は……おい、まだいるのか?」
グランが肩を大きく上下させてぼやく。
ボーザックは目の前で大きく牙を剥く紅鎧の血結晶に上から大剣を叩きつけるようにして沈黙させ、大剣を支えにぶはーっと息を吐き出した。
「あーっ、疲れたー!」
かく言う俺も満身創痍だったりする。
俺たちの周りにはぬらぬらとした銀色に光る体を横たえた『元紅鎧』が積み上がっていた。
バフをかけ直し、ときには離れた位置のディティアや〈爆風〉に飛ばして戦っていたけど――なんていうか切りがない。
「ほんと、何体、いるんだよ……」
呼吸を整えようと意識しながらこぼすと、スタッと軽い足取りで隣にディティアが下り立つ。
「ほとんど殲滅したと思うよ! あともう少しだね」
「元気だなぁ……」
「ふふ、ハルト君たちがたくさん相手にしてくれたから!」
そう言ってにっこりと笑う彼女がいた浮き橋にちらりと視線を這わせると――ひとりでやったのだろう山のような数の紅鎧が転がっている。
「ん、うーん……」
数で言えばこっちのほうが多いかもしれないけど……こっちは三人でこれだぞ。
やっぱり〈疾風〉は伊達じゃない。
次の紅鎧が降ってくるのを見た彼女は「はっ!」と気合を吐き出して踏み切り、びちびちと尾ビレを振る紅鎧とすれ違うようにして体を一回転。
双剣が鮮やかな軌跡を描いて血結晶を跳ね上げる。
「……ふう。これで最後よ!」
そのときファルーアがゆっくりと杖を下ろした。
煌々と輝いていた龍眼の結晶がすうと光を溶かして沈黙すると、水の竜巻が突如弾けて霧散する。
最後の一体が落下する先では〈爆風のガイルディア〉がにやりと笑みを浮かべ、ディティアと同じような動きで紅鎧を真っ二つにしてしまった。
「……やっぱりすごいなぁガイルディアさん」
ディティアが唸る。
バフがあるとはいえ双剣であの威力だもんな、なんだろう、こう……重心の移動で体重を載せたまま……。
俺が体を捻っていると、ディティアがふふと笑った。
「な、なにかなディティア?」
「ううん!」
真似していたのを見られていたらしい。
俺はなんだか恥ずかしくなって視線を逸らし、腰に手を当てているファルーアに向き直った。
途中からは持久力アップも重ねて彼女の負担を減らしていたものの……かなり魔力を使ったはずだ。
「大丈夫か、ファルーア」
聞くと、彼女は額を拭って頷く。
「とりあえず倒れるほどではないわね」
「……帝国宮の人数全部合わせたら食べきれるかな、これ」
ボーザックが笑うと、螺旋階段の手摺りに優雅に体を預けたウィルがぱちぱちと手を叩いた。
「いい余興だったな。……帝国宮の従者たちの食事には多いが、帝国兵たちもいるぞ」
「いや、これ喰えねぇだろうよ……」
グランが呆れたように肩をすくめて大盾を下ろす。
するとストーがくすくすと笑った。
「食べて体に影響があるかは実験が必要ですからねぇ」
「あんたも物騒なこと言うんじゃねぇよ……」
はあとため息をついて、グランは顎髭を擦りながらぐるりと見回す。
「……とりあえず一網打尽ってのはうまくいったか?」
「はい。私はここで魔力結晶を回収してしまいますので、皆さんはこのまま遺跡調査をお願いします。……報酬は後ほど」
「ああ……そういえば俺たち報酬のこと聞いてなかったな」
双剣を収めて俺がぼやくと、戻ってきた〈爆風〉がからからと笑う。
「お前たちらしいな。ついでに〔白薔薇〕の名を売ってやれウィル」
おお、いいこと言うな。
俺が頷くとグランがにやりと笑みを浮かべた。
「そりゃいい案だ。ついでに紅鎧の骨を分けてくれ。あの巨人族に突き出してやる」
……漁師組合の漁師長のことだな。
驚くぞ、絶対!
俺が笑うと、ボーザックも笑った。
******
そんなわけで俺たちは遺跡調査、ウィルとストーは中枢に残ることになった。
浮き袋もあるし、念のための食糧も準備済み。
なにがあってもとりあえずは対応できるだろう。
向かうのは昨日入った場所だ。
水槽に海月の魔物が隔離されていたこともあって怪しいからな。
俺たちはそこに続く通路へと向かうべく、螺旋階段を上っている。
「そういえばファルーア。どうやって海月の魔物と紅鎧を分けてたの?」
ディティアが螺旋階段から積み上がったままの魚型の魔物を見下ろすと、ファルーアはくすっと笑った。
「分けてないわ。あの海月たちが流れなかっただけよ」
「え、海月って流されるもんじゃないの?」
ボーザックが目を丸くすると、グランが唸る。
「泳げるのか?」
「――たぶんだけれど、水の魔法を使うんだわ。穴が空いた箇所へ向かうのだって流れに逆らって進むことになる――見た目よりずっと高度な魔物よ」
ファルーアは応えるとすっと目を細めた。
「少なくとも魚型の魔物よりはるかに厄介ね」
「……うわ、こわ……それを飼ってる帝国も相当だね」
ボーザックが眉をぎゅっと寄せる。
遺跡だってほかになにがいるかわからない。
俺はまだ余裕があると思っていたのをこっそり反省してバフを広げた。
「五感アップ、魔力感知!」
「……今度は早かったねハルト君!」
ディティアがふふっと笑うのでその頭をぐしゃぐしゃと撫でて、俺は片目を瞑ってみせた。
「気は抜くなよ、ディティア」
「えっ、は、はい……!」
ディティアは俺を見詰めて目をぱちぱちすると、ぱーっと頬を紅潮させて俯いてしまった。
「……いきなりそれはずるいですハルト君」
「あ、あれ? なんか変だったかな……? えっと……ごめん」
なんだかそわそわして思わず頬を掻くと、ボーザックが自分の髪をがしがしした。
「ハルトも一緒に照れると俺たちも恥ずかしくなるんだけど!」
「そっ、そんなこと言われても!」
……すると〈爆風〉が笑った。
「はは! かまわないぞ、好きなだけやれ。警戒は俺が引き受けてやろう」
ふふふ、お昼休みに投稿です!
よろしくお願いしますー!




