真相の失踪⑧
******
翌日、朝。
朝食の席にいたのは昨日と同じメンバーだった。
ウィルとストー、ミリィ、〈爆風〉はすでに席に着いていて、俺たちが部屋に入るとミリィが目配せして柔らかく微笑んでくれる。
あの感じだとウィルとの話し合いはうまくいったのかもな。
昨日の話はディティアとファルーアに伝えてあって、彼女たちも同意見なのは確認済み。
俺たちらしいよな、と思う。
……そんなわけで着席すると早速執事たちがなにやら飲み物を注いでくれた。
まさか朝から酒ってことはないだろうけど、鮮やかなオレンジ色の飲み物は食欲をそそる。
果物かな、そういえば酒のあとになにも呑んでなかった。
「さて、さっさと話を進めたい。食べながら聞いてくれ」
「――気になっていると思いますから、まずはご報告からしますね」
ウィルが両手を広げると、ストーが切り出した。
「お言葉に甘えさせていただくわ」
ファルーアが優雅に会釈をするので慌てて倣い、俺たちは食事を開始。
一番に飲み物を手にして喉に流し込むと……うん。やっぱり果物を搾ったものみたいだ。
爽やかな柑橘に……甘みと苦みのある後味。少し口の中に残るのは繊維だろう、野菜も入っているのかも。
体が目覚めるようなさっぱり感はクセになる。美味い。
冒険の最中には味わえないだろうな……日持ちしないだろうし。
ストーは俺たちがひと息つくのを待ってから続けた。
「――まず、ご存知のとおり昨晩ミリィからウィルに直談判がありました。キィスは生け捕りにすることになりました」
「生け捕りって……そもそも黒だってわかったの?」
ボーザックが俺と同じように飲み物を口にしながら聞き返すと、ストーは少し長くなった濃茶の前髪を指先で散らして苦笑した。
「……部屋を捜索しましたが、魔力結晶に関する研究内容がいくつも見つかりました。彼が研究所と関わっているのは誰もが知るところですが、気になるものが出てきまして」
「気になるもの?」
今度は俺が反芻すると、ウィルが鼻で笑う。
「どうやったら結晶を作れるか……その考察だ」
「……!」
思わず息を呑む俺たちに〈爆風〉がグラスを片手にゆったりと唇を開く。
「そう硬くなるな〔白薔薇〕。着手はしていなかったようだ。……ほかには魔力結晶を使った武器と思われる設計図もあった。慌てて出ていったんだろう、痕跡はかなり残していたぞ」
……残していたぞって……おいおい。
俺はその言葉に思わず苦笑してしまった。
目が合うと〈爆風〉は歯を見せてにやりと笑ってみせる。
ボーザックを連れ帰ったあとでキィスの部屋に顔出したんだな、このオジサマは……。
するとグランが唸り声を上げた。
「そうは言ってもな――製造方法の考察なんてユーグルが知ったら許さねぇだろうよ?」
「まったくもってそのとおりだ〈豪傑のグラン〉。どっちにしろあいつは一度捕縛する必要があるってことだな。吐かせなければならない情報が多い」
ウィルは答えると黒っぽいパンを口に入れた。
ほかに並んでいるのは卵を焼いたもの、赤や緑、黄色の野菜や果物と……白っぽいハムのような食べ物だ。
白っぽいハムのような食べ物は……なんだろう。プリプリしていて淡白で――ああ、魚かな?
「とにかく皆さんには予定どおり遺跡の『中枢』に入っていだきます。それから遺跡内部を調査してもらうことになりますね」
ストーが言うので、俺たちは頷く。
まあ概ね予想どおりってところだ。
そこでディティアが首をちょんと傾げた。
「――目的は紅い粉の製造場所を発見すること――でいいのでしょうか?」
「そうですね。見つけた場合は速やかに征圧してください。そこにいる人の安否は問いません」
「さらっと言うわね……」
ファルーアが呆れた声で肩を落としながらこぼす。
「製造場所があったら赤鎧もいるってことだよな?」
俺が聞くとストーは胸の前でぽんと手を打った。
「〈爆風〉さんから聞いています。結晶を埋め込まれた魚の魔物ですね?」
「そう。侵入不可水域に集まってるみたいだ」
頷いてみせると、彼は「ふふふ」と意味深に笑って黒縁眼鏡を押さえる。
「それなんですけど、一網打尽にしませんか?」
「ああ? 一網打尽だ? ……策でもあんのか?」
グランが重ねて聞くと、ストーは嬉しそうな顔をした。
「よくぞ聞いてくれました! 好物である海月の魔物を使っておびき寄せ、まとめて処理するんですよ。まさに『一網打尽』!」
「……ずいぶん簡単そうに言うけど大丈夫なのかしら?」
ファルーアが訝しげに言うと、ストーはぎゅっと手を握り締めて熱っぽく語り出した。
「私の予想では赤鎧たちはかなり飢えています。昨日〈爆風〉さんが倒した個体も私たちが水槽から解放した海月に反応した可能性が高いのではないかと。あの水槽は赤鎧たちから海月を隠すためのものでしょう。なぜなら本来あんなところに――」
一気に捲し立てられていく説明に、ボーザックが眉間に皺を寄せてパンを頬張る。
俺も適当に聞き流しつつ食事に集中していると、ファルーアがため息をこぼした。
「ああもう。説明はいいわ。集めたところを消し炭にすればいいのね? ――ハルト。あんたのバフ、頼りにしているわ」
「……は?」
俺は口に入れかけていた卵を止めて思わず眉を寄せた。
「火力を高めて一気に屠る――これでいいんでしょう? ストー?」
妖艶に笑うメイジは、細い指先で金色の髪をひと房滑らせる。
そのとき、ディティアとミリィの声が重なった。
「ファルーア、格好いい……!」
「ファルーア様、格好いいですわ……!」
……え、これそういう話じゃないよな?
っていうかミリィ。ファルーア様ってなんだよ……。
本日分です!
一網打尽計画の始まりです。
いつもありがとうございます!




