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逆鱗のハルトⅢ  作者:
33/77

真相の失踪⑦

******


 ミリィがいなくなったんじゃどうしようもない。


 俺たちも解散し、明日の報告を聞いてから今後について決めることになった。


「紅い粉の製造場所を探すのとキィスを捜すのと――どっちになるのかな、俺たち」


 俺は部屋へと向かう廊下でゆったりと隣を歩くグランにぼやく。


 彼は前を向いたまま顎髭を擦ると鼻を鳴らした。


「聞いた限りじゃキィスってやつはかなり怪しいが――俺たちは『冒険者』だ。さすがに皇族の揉め事に関わらせるようなことはしねぇんじゃねぇか?」


「確かに――ウィルにとっては『冒険者』を関わらせたらよくない方向に働きそうだもんな」


 血結晶のランプがほのかに照らす廊下は静かでひっそりとしているから――自然と声を落としてしまう。


 そのとき暗がりでひとつの影が動いた。


 ほとんど同時に足を止めた俺とグランは顔を見合わせる。


 少し先、柱の向こう側だ。


「……五感アップ」


 まさか帝国宮ていこくきゅうでなにかあるとも思えないけど……念のために俺はバフを広げた。


 ――ひとりだけ、みたいだな。


 息を殺している『誰か』に、俺たちは慎重に近付いていく。


 柱のすぐ傍までそっと歩み寄った俺は……下のほう、隠しきれていないドレスの裾を見て思わず口を開いた。


 深紅のドレス――誰のものかすぐにわかったからだ。


「なにしてるんだミリィ?」


「きゃあっ⁉ 痛っ!」


「……だ、大丈夫か? どうしたんだよこんなところで」


 飛び退く勢いで壁にぶつかった彼女が体勢を崩したので、俺は咄嗟に手を伸ばす。


「い、いえ、平気ですわ! 申し訳ありません!」


 けれど彼女は慌てて両手を振ると額を押さえながら姿勢を正し、ごほんと咳払いをした。


「は、ハルトさん。それから〈豪傑のグラン〉さん。おふたりをお待ちしておりましたの」


 それを聞いたグランは太い眉を寄せる。


「俺たちを?」


「……はい。ミリィヘイムアルヴィア個人として、わたくしはあなたたちに仕事をお願いしたいのです。……トレジャーハンターでもある――ハルトさんはそう仰っていましたでしょう?」


「――ああ、うん。確かにそうだけど……」


 俺が思わずグランを見ると、彼は大きな肩をすくめて右足を踏み出した。


「ここでするのはまずそうな話だな、部屋まで移動するぞ」


******


 部屋ではボーザックが窓側のベッドを陣取ってスースーと寝息を立てていた。


 ディティアとファルーアは勿論、〈爆風〉も別の部屋だ。


 血結晶は使わず自分たちのランプを灯していたので、部屋は温かな橙色で彩られている。


 心なしか空気も柔らかい気がした。


「えっと……こういうときはお茶でも入れるべきかな?」


「それには及びませんわ」


 俺が聞くと、ミリィはゆっくりと首を振る。


 とりあえずソファを提供し、テーブルを挟んで向かい側に俺たちが座ると……彼女は小さく息を吐いてから切り出した。


「まずは夜分に申し訳ありません。また、数々の無礼な態度、改めて謝罪させていただきます」


「それはかまわねぇよ。楽しい食事にできなくて悪かったな」


 グランがさらりと返すと、彼女は翠色の瞳を細めて優しく微笑んだ。


 ファルーアの妖艶な笑みやディティアのほんわりとした笑顔とはまた違う……慈愛に満ちた表情だ。


「ありがとうございます。……正直なところ、キィスのことでおかしな点が多いことは理解できておりますわ。……わたくしが気にするべき部分をなにも気にしていなかったことも」


「……」


 黙って聞いていると、ミリィは真っ直ぐに俺を見た。


「ハルトさんを誘拐したときも……キィスがなぜあんなにも警戒していたのか考えていなかったのです。わたくしがキィスに聞いていれば違っていたでしょう。わたくしは真相を知らぬまま、キィスの失踪の手助けをしてしまったのかもしれません」


「――まあな。紅い粉との関わりがなけりゃそれでいいんだが……現時点では黒寄りの灰色だろうよ」


 グランが言うと、ミリィはきゅっと唇を噛んで頷く。


 憂いを帯びた瞳が伏せられるのを……俺は黙って見詰めていた。


「はい……。皇帝が本気だということはわかりました。ストーもです。わたくしには今後、監視が付く可能性もありますわ」


「ああ、キィスが接触するかもしれないもんな」


 俺が応えると、彼女は再び首を縦に振ってすぅ……と息を吸った。


「ですからいましかありません。わたくしはあなた方に仕事を依頼いたします。皇帝より先にキィスを見つけ、保護してください。もしも皇帝が先に彼を見つけたのなら、せめてわたくしが話すまでのあいだ処刑を阻止してほしいのです」


 まあ、正直ミリィが依頼したいって言ったときから予想はついてたけど。


 俺は眉尻を下げてグランと顔を見合わせる。


 皇族からの仕事とはいえ、完全にウィルとミリィの板挟みになる内容だしな……安易に「任せろ」とは言えなかったんだ。


「言いたいことはわかるんだが……例えば本当にキィスが黒だったとして、どうするつもりだ?」


 グランが唸ると、ミリィは伏せていた瞳を上げた。


「そのときは帝国の法において裁くことに異存はありません。……結果、死刑も有り得るかもしれませんわ。それでも、わたくしの知らないところで実行されるのは納得がいかないのです」


 俺はそれを聞いて小さく息を吐く。


 キィスが黒だったとしても、俺たちだって命を狩ろうなんて思わない。


 気持ちはわかるんだ……でも。


〈爆風のガイルディア〉――伝説の爆の冒険者である彼は、法を犯した者に情けをかけた結果、大切な人の命を奪われた。


 それが心に深い傷を負わせ、彼の生き様そのものに大きな影響を与えたのを俺は知っている。


 勿論、キィスが血結晶の粉になにひとつ関わっていなければそれでいいけど……。


 ――これってさ、俺たちだけで決めて俺たちだけで進めるような『仕事』なのかな?


 ……違うような気がするんだ。


 けれど俺が口を開きかけたとき……予想外の方向から言葉が紡がれた。


「――うーん。俺たちだっていきなり誰かの命を狩ろうなんて絶対にしない。でもそこまで万能じゃないからさ――ほかの人がその結果で命を失うのも恐いんだ」


「ボーザック……起きてたのか」


 俺が言うと、彼は「よっ」と掛け声を吐き出しながら上半身を起こして頷いた。


「途中からね。……あのさミリィ様。それって仕事として依頼するより先に皇帝とちゃんと話さないと駄目なんじゃない? ……ふあ」


 ぴったりした黒のシャツ姿のボーザックは右手で目をごしごしと擦り、そのままベッドの上で胡坐を掻く。


 まだ眠いんだろう。


 するとグランがぽんと膝を打った。


「いいこと言うじゃねぇかボーザック。そういうわけだ。誰も死なせるつもりはねぇが、皇帝が『そうすべき』と言ったらなにもできねぇ可能性が高い。あんたが直接話してから考えるのでどうだ?」



お休みですが更新。

うまくまとまらず長めになってしまいました……

よろしくお願いします!

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