真相の失踪⑤
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ところが……である。
執事に言ってキィスを呼びに行かせたんだけど、待てど暮らせどやってこない。
腹も膨らんだし、酒もいい感じに回るだけの時間は過ぎたはずだ。
俺たちはそのあいだに研究所の浮き袋を買えないかと頼み、ウィルから「腐るよりはマシだからくれてやる」とありがたいお言葉を頂戴した。
それから明日は遺跡の『中枢』を案内してもらうことになったけど……それだけ。
もっと血結晶の話を掘り下げたいのは山々なのに、鍵を握っているであろうキィスがいないんじゃ進めるわけにもいかなかったんだ。
そのとき、痺れを切らしたのかストーが口を開いた。
「……ミリィ。もしやと思いますが、キィスとなにか話しましたか?」
ミリィは少し赤らんだ頬に左手を当て、少しのあいだ考えるような素振りを見せる。
「食事の前、ストーと別れたあとにキィスと話をしていますわ? ……確か……そう、ハルトさんが『冒険者』だったことを報告しましたの」
「……」
それを聞いたファルーアが無言で瞳を伏せ、お酒をちびりと呑んで呆れ顔を誤魔化した。
ボーザックは重くなり始めたらしい瞼をぐにぐにしていて、〈爆風〉は澄まし顔だ。
かく言う俺は苦笑いしかできない。
「皇帝が俺たちを呼んだってことも話したのか?」
空のグラスを持ったグランが聞くと、ミリィは胸の前で手をぽんと合わせ笑った。
「……ええ、勿論です!」
――その一瞬に、執事のこの上なく整った素早い動きでグランのグラスに酒が注がれる。
酔ってるのかな……ミリィはやたら楽しそうだ。
酔い方までディティアに似てるのかもしれないなと右隣を窺うと、彼女はにこにこしながらケーキを頬張っていた。
幸せそうな顔だなぁ……。
そこでようやく執事が戻ってきて、ウィルに深々と頭を下げた。
……口髭を生やした彼はほかの執事よりもひとつ格上なのだろう。
控えている執事たちよりも貫禄が感じられる。
しかし、彼は期待する内容とは程遠い報告を口にした。
「ウィルヘイムアルヴィア皇帝。キィスヘイムアルヴィア様が見当たらず……どうやら遺跡に入られたご様子です」
「…………そうか」
ウィルは腕を組んで細い眉を限界まで寄せ、右の人さし指で苛立ったように己の腕をトントンと叩く。
ピリピリと空気が緊張するのを感じたのか、ミリィも笑顔を消して隠しきれない戸惑いを滲ませた。
そしてウィルは口髭の執事に向かって顎をつ、と上げた。
「キィスの部屋を捜索しろ。キィスが戻ったら遺跡の入口で拘束だ、いいな。……〔白薔薇〕、明日はまずその報告からさせてもらおう。今日は休め」
「……あら、休んでいいのかしら?」
ファルーアが言うと、ウィルはゆっくりと縦に首を振った。
「すまないなファルーア。こうなっては弟を疑うしかないことはわかっている。そこまでお前たちの手を借りるのは忍びない。……おっと、俺の寝室まで来るなら歓迎するぞ?」
「遠慮しておくわ」
妖艶な笑みを浮かべた彼女に、ディティアがくすくす笑う。
「ファルーアは私と一緒です!」
あ、うん。それはそうなんだけど……これは酔ってるな。
「……ハルトー、面倒見とけー」
グランに言われて、俺は肩を竦めてみせる。
執事のひとりがすぐに水を注いだグラスを用意したからだ。
この執事たち――できる集団なのは間違いない。
すると、ファルーアがウィルに頷いて立ち上がった。
「お言葉に甘えて私はティアと部屋に戻るわ。……グラン、あとをお願い。ティア、行くわよ」
「はーい」
ディティアが楽しそうに立ち上がるとグランは右手をひらりと振った。
「おう。……ボーザック、お前も部屋に戻れ。もう瞼落ちてるだろうよ」
「ん……だいぶきてるー」
目をしょぼしょぼさせたボーザックの隣で〈爆風〉が苦笑する。
「〈不屈〉は俺が連れていこう。老体に夜更かしはきついのでな」
「よく言うよ……数日間遺跡に籠もって魔物と戯れてたんだろうに」
思わずこぼすと、彼はにっと歯を見せて笑った。
「いや、魔物と戯れ始めたのはお前たちと会う少し前だ。遺跡はかなり枝分かれしていてな。もっと潜ることもできたんだが――待ち合わせていただろう?」
「あんな派手な待ち合わせした覚えはねぇぞ〈爆風〉……」
グランも呆れ顔だ。
「まあそう言うな。……〈不屈〉、行くぞ」
「うん……じゃあグラン、ハルト、先に戻るね」
ボーザックは両手をテーブルに突き体を支えて立ち上がると、ふわふわした足取りで歩き出す。
少し先で待っていたディティアがこっちに手を振るので振り返してあげて、四人が部屋を出たところで俺は口を開いた。
「さてと。……ウィル、ストー、それとミリィ。キィスのこと聞いてもいいかな」
明日と言わず……聞いておかないといけない気がしたんだ。
11日分です。
よろしくお願いします!




