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逆鱗のハルトⅢ  作者:
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真相の失踪④

「くっ、くく、はは!」


 ウィルはひとしきり笑ったあとで俺に向けてゆっくりとグラスを掲げた。


 いま入っているのは薄い薔薇色の酒ではなく、少しだけ黄みがかり透き通ったもの。


 彼はその酒に映る景色を楽しむようにゆるりとグラスを回し、口を開いた。


「では本題といこう。楽しい食卓になるかは話次第だな。……ミリィ、俺はこの『冒険者』に皇帝勅命の使者である旨の書状を贈り、災厄討伐の立役者とした。彼らはユーグルとも親交が深くてな。あいつらを敵には回せないのは知ってのとおりだ」


「……はい」


 返事をするミリィは静々と睫毛を伏せて頷く。


 ――ユーグル。彼らはここからはるか北東に住む魔物使いたちのことだ。


 彼らの駆る魔物は風将軍と呼ばれる深緑色をした大型の怪鳥『ヤールウインド』で、ユーグルのウル……つまり王であるロディウルと俺たち〔白薔薇〕は深い繋がりがある。


 いまは俺たち〔白薔薇〕の大切な一員である〈銀風のフェン〉が彼と行動をともにしているのもそのひとつだ。


 災厄たちや血結晶の扱いを監視する立場でもあるユーグルは各地の王族、皇族とも交流があり、当然ウィルも知っているってわけだな。


「そしてここにいるストールトレンブリッジが『冒険者』に寛大であることは皆が知っている。彼らをいち早く手駒にしたのもストーだ」


 ウィルはそこで黙っているストーへと視線を送るが、彼はにっこりしただけで食事を続けた。


 ……というか、手駒ってのは嫌な例えだよな。


 見ればファルーアもボーザックも俺と同じことを考えているようだ。


 俺が肘でグランを突くと、彼はゴホンと咳払いをした。


「おい皇帝。手駒ってぇのはちと困る。俺たちは俺たちの意志で手伝った……それだけだ」


 するとウィルは心底楽しそうな顔で深々と頷く。


「ああ……それは失礼した」


「あんた、わざとだろうよ……」


 呆れ声でグランがこぼすと、ようやくストーが話を始めた。


「ではこの先についてを纏めましょう。……まずはミリィ、彼らを紹介します。――アイシャの冒険者、パーティー〔白薔薇〕と、彼の地龍グレイドスを屠りし伝説の爆の冒険者〈爆風のガイルディア〉さんです。……こちらは〈豪傑のグラン〉さん、〈光炎のファルーア〉さん、〈不屈のボーザック〉さん、〈疾風のディティア〉さん、最後にあなたが『誘拐』なさった〈逆鱗のハルト〉さんですね!」


「……は、はい……」


 ミリィは俺を見ると困ったように眉を寄せ、心底申し訳なさそうな顔をする。


 なんだか虐めているような気持ちになるなぁ……。


「あなたと弟君おとうとぎみであるキィスは『なにか』を運んでいましたね? それはなんですか?」


 ストーが続けるのを聞きながら、俺は申し訳ない気持ちを胃に流し込もうと執事が注いでくれた酒を飲んだ。


 ウィルの呑んでいるものと同じものであろうそれは少し辛めで爽やかな口当たり。こってりした料理の口直しってところか。


 うーん、この酒も美味い。


「……運んでいたものですか? 薬、と聞いています。わたくしとキィスは帝都の一画で行われている慈善活動を手伝おうとしていましたの」


「慈善活動って?」


 ボーザックが焼き魚を口に運びながら聞くと、ミリィは口元に指先を当てて瞼を閉じた。


「身寄りがない者、怪我や病に悩む者を救済する活動ですわ。キィスがどこからか薬を預かり、それを届けておりました。わたくしたちが皇族であることは伝わっているようです……回復したら必ず帝国のために働くと誓ってくださる方ばかりでしたわ」


「ミリィ様、まさかとは思うのだけど、あなたと弟君おとうとぎみはふたりで行動なさっていたのかしら?」


 ファルーアがこめかみに中指を押し付けながら眉間に皺を寄せる。


 ミリィはぱちりと目を開けると、きょとんとした顔で頷いた。


「ええ。遺跡を抜ければ町に出られますのよ! キィスが『気配』を感じることができますから、魔物に会うこともありませんでしたわ」


 その瞬間、俺は皆と目配せを交わす。


『気配を感じる』っていうのがどういうことなのか確認できるかもしれない。


 ――血結晶の粉……関係なければそれでいいんだ。


「……あー、ミリィ。そのさ、弟が気配を感じるって……小さい頃からなのか?」


 俺が口にすると、彼女は不思議そうに首を振った。


「いいえ? キィスは元々とても体が弱かったのです。皇帝もご存知ですわ」


「どうなんだ、皇帝?」


 グランが聞くと、ウィルは翠色の瞳を細めた。


「あいつが病弱なのは事実だ。……ただ、ここ最近はやたらと活動的だったがな」


「……まさかと思うけど……活動的になったのが紅い粉の時期と被ったりは?」


 俺は慎重に言葉を紡ぐ。


 それを聞いたストーが黒縁の眼鏡をそっと押さえて、じっとウィルを見詰めた。


 ウィルは俺たちがなにを言いたいのかわかっているようだ。


 小さく鼻を鳴らしグラスを傾ける。


「蔓延し始めるより少し前からだ」


「――あの。それが、なにか?」


 不安になったらしくミリィが眉尻を下げて何度も瞳を瞬く。


 俺がウィルを見ると、彼は顎でミリィを指し示した。


 ……説明していいってことだろう。 


 俺は頷いて唇を湿らせた。


「紅い粉を呑むと身体能力が異常なほど向上するんだ。――俺があとを付けてたとき、弟が俺の気配を察しただろ? あそこまで気配を読めるってことは感覚が増してるんじゃないかと思ってさ」


「あ……そういえばあのとき、キィスは気配のことを話していましたわ……。でもそれじゃあ、まさか……彼が元気なのは紅い粉のせいだと言いますの? あの粉が危険なものだということはわたくしもキィスも存じておりますわ!」


「――ミリィ。俺はあの袋になにが入っていたのか……それが知りたかったんだ。俺は『バフ』を使えるんだけど、それで魔力を視ることができる。あの袋は魔力の塊だったから……せめてどこに運ぶのかだけでも確認したかった」


 言葉を重ねると、ミリィは胸元でぎゅっと手を握り白くなるほど唇を結んだ。


 俺は少しだけ間を置いて、ゆっくりと続ける。


「騙すようなことになってごめん。……でもはっきりさせないと。弟のためにも」


 ミリィは「わかりました」と頷いてウィルを見た。


「……キィスをここに呼びましょう皇帝。きっと……彼は大丈夫ですわ」


昨日更新できなかったので!

よろしくお願いします。

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