始まりの始まり③
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俺たちはストーの案内で真っ直ぐにトレジャーハンター協会アルヴィア帝都支部へと向かった。
帝都内は見た目どおり雑多な雰囲気で、いたるところに坂道や階段がある。
壁や道は赤茶けたレンガや金属で造られていて、鉢に植えられた観葉植物や蔦はあれど木は見かけない。
湖の上にある町だと、こんなところも違うんだなと変な感心をしてしまうほどだ。
ちなみに大型の馬車が入れるのは帝都の入り口付近までで、その先は見たことがない小さな馬車が活用されていた。
道もそんなに広くないしな。
白衣を纏った人がたくさん歩いているのも目に付くし……当然ここにも研究所があるんだろう。
よく見ればそこかしこにある街灯に紅い結晶が使われていて――俺たちはこっそり目配せをする。
まだ昼間だから灯されてはいないけど……こんなにたくさんの血結晶が使われている町はトールシャに来てから初めてだ。
さすが研究で最先端をいく国だけある。
血結晶を使った紅い粉が蔓延しているとも聞いていたけど――いまはどうなんだろう。
「ストー。帝都でも紅い粉が使われていたんだろ? いまは……」
「しっ。〈逆鱗〉さん、その話題は協会支部でしましょう」
思わず聞いた俺に、ストーはさっと右の人差し指を立てて口元に当てる。
「――わかった。あと、いい加減〈逆鱗〉さんはやめてほしいんだけど――」
俺は頷いてから肩を落とすしかない。
いや、真面目な話もしたいんだけどさ。その呼び名がこの先も浸透するのは本当に避けたいんだよ。
「定着しつつあるよねー〈逆鱗〉さん! 痛っ!」
茶化すボーザックの右肩に一発入れてやると、彼は歯を見せてますます笑った。
「覚えてろよボーザック」
ふんと鼻を鳴らしてやると、ストーが微笑ましいものでも見ているような顔で立ち止まる。
「――さあ皆さん。ここがトレジャーハンター協会アルヴィア帝国帝都支部です」
トレジャーハンター協会は帝都の玄関口――つまり橋からそう離れてはいなかった。
赤茶けたレンガ造りの建物で、金属製の重たい扉を開くとカランカランとベルが鳴る。
中にはたくさんのトレジャーハンターたちがひしめいていたんだけど……ん、なんかすごい人数だぞ……。
「おっと、仕事をお探しかな!」
すぐに話しかけてきたのは豊かな茶髪を高い位置で結った女性だ。
彼女はトレジャーハンターたちをずいずいと掻き分けてこっちまで来ると――ちらとあたりを窺い、すっと笑顔を消して声を落とした。
「――やあストー、待っていた。……君たちが〔白薔薇〕だな? 報告は本部からも受けている。斡旋部屋の一番にいてくれ」
大きな猫目は激しく燃え上がる炎のような橙色。
年齢は四十半ばってところか。
ストーが頷いて移動を開始すると、彼女は何事もなかったかのように踵を返し再びトレジャーハンターたちのなかに戻っていく。
……胸元にたくさん書類を抱えていたのを見るに、協会支部の職員なんだろう。
「なんだか慌ただしいわね」
ファルーアがカツンと音を立てて踏み出すと、グランは顎髭を擦って眉を寄せる。
「こんなにトレジャーハンターが集まってるのは普通なのか? ストー」
「――いいえ、ここ最近の話でしょうね。遺跡で未踏の領域が発見されたからです」
「あーそっか。宝探しに集まってきてるんだ」
答えたストーに、物珍しそうに視線を動かしながらボーザックが返す。
俺たちはそのまま奥に進み、斡旋部屋の一番に入った。
中には大きな深紅のソファが向かい合って二脚。その間に艶々した黒い石のテーブルがある。
壁際に丸い葉を幾重にも広げた観葉植物がどーんと鎮座していて、窓はあるけれどそこまで明るくはない。
これだけ建物が密集してるんだもんな……かなり上層でもない限り光は入りにくそうだ。
俺たちはソファに腰を下ろし、テーブルに用意されていたお茶をありがたく頂戴することにした。
カップに注ぐと甘酸っぱい果物や花の香りがふわりと立ち上り、俺は皆に手渡しながら「そういえば」と口にする。
「……このお茶も帝国の名物なんだっけ?」
「名物というより、一般的に飲まれているものですね。訪れた方々からはお土産としても人気です」
「へえ、土産か……そうすると日持ちもするんだな」
ストーがにこにこしながら「家庭でも味が違ったりしますよ」と付け足すと、隣でお茶をひとくち飲んだディティアがふふっと笑った。
「ん? どうしたディティア」
「ううん。ハルト君、〈閃光のシュヴァリエ〉との文通でお土産にするのかなぁと思って!」
「ぶっ! ごほっ!」
「おいハルト、こっちに噴くんじゃねぇよ!」
グランに怒られたけど、それどころじゃない。
「ディティア! だから文通じゃなくて……!」
「広い世界を自慢してやるんだー、だっけ?」
ボーザックがからからと笑いながら俺のあとを引き継ぐ。
「――本当にあんた、そういうところ素直よね」
左手で右肘を支えながら、ファルーアが呆れたように頬杖を突いた。
「……それ褒めてないよな……」
ため息混じりに返すと、ディティアがまたふふっと笑う。
「ハルト君はハルト君だもんね!」
俺は腹いせに彼女の頭をぽんぽんと撫でることにした。
「……うんうん、ディティアはディティアだよな~」
「えぇっ⁉」
「やあ、待たせたね。ん、なんだか妙な空気かな?」
そこにさっきの女性がやってきたので、俺は突っ伏してしまったディティアの頭から手を放しひらひらと振ってみせる。
「いや、通常どおりだ。さっさと進めてくれー」
それを見て、グランが投げやりに言うのだった。
Ⅲから、
トレージャーハンター
↓
トレジャーハンター
としています。
また、書籍に合わせて二つ名に〈 〉、パーティー名に〔 〕を付ける仕様に変更します。
引き続き夜にも投稿予定です!
よろしくお願いします。