真相の失踪③
『乾杯!』
俺は……というか俺たちはとりあえず食べることを選んだ。
聞きたいことは多いけど……やっぱりほら、腹が減ってはなんとやら、だろ。
口に含んだ薄い薔薇色の酒はほんのりと甘く、喉に酒の余韻と果物のような香りを残していく。
「……美味しい」
ディティアが隣でほわっと笑顔を浮かべるので「飲み過ぎないようにな」と釘を刺しておく。
彼女はぷくりと頬を膨らませて「大丈夫だよ」と口を尖らせた。
「ふ、可愛いなあ」
リスか兎か……思わず笑って頭を撫でようとしたら、正面のボーザックがびくっと肩を跳ねさせて首を左右に振る。
なんだよ……と思ったら、彼の右隣にいるファルーアからの冷たい視線に射貫かれた。
あ……うん。ごめん。
ちなみにミリィの列にファルーア、ボーザック、〈爆風〉が座っていて、ストー側がグラン、俺、ディティアだ。
するとファルーアが隣で神妙な顔をしているミリィに優雅な所作で話し掛けた。
「ミリィ様、と仰いましたか? 私はファルーアと申します」
「えっ? あ、し、失礼いたしました。わたくしはミリィヘイムアルヴィア。皇帝の妹にあたります」
「……ファルーア。どうやら妹が世話になったようだな?」
ウィルは面白そうに目を細め、きりりとした眉を跳ね上げる。
「ええ、正確には〈逆鱗のハルト〉がミリィ様にお世話になりましたわ皇帝」
「……ッ」
身を硬くするミリィに、ファルーアは妖艶な笑みを浮かべて続けた。
「ごめんなさいねミリィ様。うちのハルトがご迷惑をお掛けしたのでしょう?」
「えぇっ? そ、そ、それは……そんなことは……」
「これでも素直なお人好しなのです。許してくださると嬉しいわ」
――これでもってなんだよ……あと、さり気なく〈逆鱗の〉って付けるのはやめてほしい。
内心では突っ込んだけど、俺は黙って目の前にあった肉を一切れ頂戴した。
……なんの肉かわからないけど口の中でとろけるほどに柔らかく、旨みがじゅわぁっとあふれ出して……うわ、これ美味いな!
「あ、あの。あの……わたくしは……」
「ところでミリィ様、その髪はどうやって手入れなさってるのかしら? とても美しいわ!」
ファルーアは戸惑っているミリィにさらに言葉を重ねる。
ウィルはそのあいだもグラスを傾けていて、口元には笑み。……傍観するつもりらしい。
ただ、ファルーアが褒めているのはちゃんとミリィに伝わったみたいだ。
彼女は驚いたあとで少しだけ口元を緩めた。
「え! あ……ありがとうございます。これはドーン王国で作られた香油を使っていますのよ」
「まあ! それでミリィ様はよいお香りがするのですね」
するとミリィはぱぁっと頬を染める。
「ほ、本当ですか? よい香りだなんて、わたくし言われたことがありませんわ!」
俺はその言葉で縛られていたときの香りを思い出し、ポンと手を打った。
「……ああ、それであの匂いか」
「に、におい……⁉」
俺の言葉にミリィがぎょっと目を見開いて唇をぱくぱくさせる。
「あ、いや……別に変な匂いじゃなく……」
「――ハルト? 淑女の会話に口を挟むものではないわ?」
言い直そうとした俺にファルーアがにっこりと笑うけど……やばい、恐い!
あんたは黙ってなさい? と心の声が聞こえるのはなんでだろう。わからないけど……ボーザックがファルーアの隣で震えている。
「ご、ご、ごめん……続けて。あ、ほらディティア! この肉すっごく美味くてさ!」
「ハルト君…………私を巻き込むのはやめてほしいな……」
彼女は眉をハの字にしてこっちをちらと窺う。
「はは。そう言うな〈疾風〉。ほら、この肉団子も美味いぞ」
「……あ! シチューもすごいよティア! ほら、取ってあげるね!」
しかしのらりくらりと乗ってきた〈爆風〉が震える大剣使いの肩をさり気なく叩き、ボーザックもここぞとばかりに便乗。
ディティアは目を白黒させたあとで、観念したようにお皿を差し出した。
「い、いただきます……」
ちなみに、食べ物は自分で好きなだけ取っていいようだ。
執事たちはお酒を注ぐのが仕事らしく、常に待機している。
そこでファルーアが小さくため息を付いてミリィに向き直った。
ボーザックが〈爆風〉に小声で「ありがとう」と言っているのが耳を掠めるけど……ディティアにも聞こえたんだろう。
彼女は苦笑しながらシチューを口に運ぶ。
「――わ、美味しい……」
そのまま幸せそうに頬を緩めるディティアを微笑ましく思いながら見守って……俺も気を取り直し〈爆風〉お勧めの肉団子を取ることにした。
「――ごめんなさいね、うちの男たちは気が利かないの」
再び切り出したファルーアに、グランがごくりと酒を流し込んで苦笑したのはそのときだ。
「おい、一緒にするんじゃねぇよ……」
彼はふう……と息を吐いて口元を拭うと、ゆっくりとミリィへ視線を向ける。
「……俺はグランだ。口が悪いのは俺が粗野で粗暴だからだな。だけどな、それに『冒険者』かどうかは関係ない。俺たちが『冒険者』だからって――あんたのその綺麗な所作が揺らぐことはねぇだろうよ。……だから、なんだ……その、こんな美味い飯だし楽しく食べねぇか?」
「……!」
ミリィはそのとき大きな瞳を二度瞬かせ……小さな唇をきゅっと結んだ。
ファルーアがそれを見てくすりと笑う。
「……そうね、いいこと言うじゃないグラン。――ミリィ様。私もあなたともっとたくさんの話をしてみたいわ。香油もそうだし……この国の美容用品なんかにも興味があるもの。ね、ティア?」
「あ、う、うん! …………グランさん格好いいです!」
話を振られたディティアは口に入れようとしていた野菜の煮付けを慌てて下ろし、恥ずかしそうに身動いでからグランを褒める。
グランはその言葉に珍しく視線を彷徨わせ、最終的には顎髭を擦った。
「――おだててもなにもでねぇが、まあそういうことだ。……もう一度乾杯でもするか?」
「あはは、グラン照れてるの?」
「うるせぇぞボーザック」
突っ込んだボーザックにすかさず返すグランに、俺も思わず笑う。
それを見ていたミリィはゆるゆると肩の力を抜いた。
かなり緊張していたんだろう――強張っていた表情もどこか柔らかくなった気がする。
彼女は一度俺と目を合わせると、弧を描き緩やかに波打つ赤茶色の髪を肩から滑らせ……頭を下げて言った。
「――申し訳ありません。わたくし……皆様に失礼な態度でしたわ」
「最初に無礼を働いたのはうちのハルトよ、ミリィ様。気にしなくていいわ」
そこでさらっと言ってのけるファルーアに、俺は唇を尖らせる。
まあ、本当のことだけどな……。
するとファルーアは横目で俺を見て、いつものように妖艶な笑みをこぼした。
「でもハルトは頼りになるのよ。彼の『飛龍タイラント』を屠ったのは彼だし、災厄とも渡り合った。……皇族なら災厄のことも知っているのではないかしら? それにね、私たち〔白薔薇〕には彼がいないと駄目なのよ……だからあなたが彼を丁重に扱ってくれたこと、とても感謝しているわ」
「……えぇ⁉ は、ハルトさんが……?」
ミリィは驚いたように大きな翠色の目を見開くと、きらきらさせながら俺を見る。
「えっ! いや、ええと」
俺は気恥ずかしくなって左手で口元を覆い、思わず目を逸らしてしまった。
……っていうかファルーア! 急に褒めるのやめてくれよ!
「ああ。俺たちにはこいつがいねぇと駄目だな!」
ところがグランまでそんなことを言って、でかい右手で俺の左肩をばんと叩く。
「ふふ、私もそう思います」
右側ではディティアがお酒を呑みながらくすくす笑い、正面のボーザックはにやりと唇の端を吊り上げた。
「俺たちの『最高のバッファー』だからね!」
「――うん。若者たちはいいな! 〈逆鱗〉、そう照れることはないだろう?」
〈爆風〉までそんなことを言うので、俺は右手に持っていたグラスを一気に煽った。
「ほ、ほら! 俺のことはいいから本題に入ろう! ウィル! 纏めてくれよ皇帝だろ!」
皆は笑うけど……くそ、覚えてろよ!
本日分です!
ちょっと長くなりました。
いつもありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします!




