真相の失踪②
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空には散りばめられたダイヤモンドみたいな星。
燃える松明に照らされた大浴場からは湖を見下ろすことができ、夜とはいえその光景には息を呑む。
お湯は熱めで夜風が気持ちいい。立ち上る湯気が白く煙るのも趣があるってものだ。
露天風呂はレンガ造りで縁に沿ってぐるりと段があり、腰掛けると腹のあたりが湯の高さになる。
じっくり肩まで浸かりたければもう一段下りればいいってのはよくできてるな。
けど――まぁ、なんて言えばいいのか――どうにもこうにもディティアとファルーアがいるのは落ち着かない。
「なんだか皆でお風呂って変な感じだね」
ディティアが隣で笑うので、俺はばしゃりと顔を洗ってから首を縦に振った。
「あぁ、本当に……服一枚ってのも変な感じだし」
「そ、それは――ちょっと恥ずかしいよね」
頬が紅いディティアは落ち着かない様子で衣を掻き寄せるような仕草をした。
「……のぼせるなよ?」
思わず言うと、彼女は驚いたようにこっちを見てから慌てて視線を湖に向ける。
「の、のぼせたわけじゃないよハルト君――あれ?」
そして不意に立ち上がった。
濡れて重くなった衣が彼女の体にまとわりつき、くっきりと線を描くので――俺は慌てて目を逸らす。
普段あんなに体にぴったりした服着てないから……妙に恥ずかしいというか。
ところが当のディティアは俺の考えなんて一切感じていない真剣な瞳で振り返った。
いや……やましいこと考えてたわけじゃないけどさ。
「湖――光っています……!」
「あぁ? ――赤鎧ってやつか?」
少し離れた場所でじっくりと湯に浸かっていたグランが、それを聞いてザバリと水滴を散らしながらこっちにやってくる。
赤鎧ってのは今日『漁師組合』で聞いた紅く光る魚のことだ。
血結晶を埋め込まれた魚型の魔物だと俺たちは睨んでいるんだけど――。
考えながら俺も立ち上がり、ディティアの隣でじっと目を凝らす。
〈爆風〉とボーザックもこっちに来てくれて……ファルーアも一緒だ。
そこで俺は、揺らめく黒い水面にときおり紅い光がぼんやりと浮かぶのを確認した。
ひらりと現れてはまた奥へと沈んでいくその光――ひとつやふたつじゃない。
「ふむ。かなりの数がいるようだな」
そう言いながら〈爆風〉は目を細め、続ける。
「この下は『侵入不可水域』とやらだ。皇帝の言うとおり紅い粉を作っているのかもしれんな。ところでその『赤鎧』ってのはなんだ?」
そこでボーザックが浴槽の縁に片足を掛けながら応えた。
湯浴み衣から滴る水滴が松明の炎を映して弾けていく。
「俺たち、漁師組合に行って紅く光る魚のことを聞いてきたんだ。彼らは赤鎧って呼んでた。本当は黒い魚型の魔物らしいけど最近は侵入不可水域にしかいないんだって」
「……あの赤鎧たちに魔法を思い切り試してもいいのだけど、ゾンビ化されると厄介よね」
ファルーアは憂鬱そうに言いながら頬に右手を添える。
確かに血結晶を埋め込んだ魔物はゾンビ化する可能性が高い……よな。
それにそんなことしたら漁師たちが怒るはずだ――普通の魚も巻き込まれるだろうし。
俺はそう考えて……ふと口にした。
「そういえば、あの赤鎧ってやつの骨を漁師が欲しがってたな。取引先があるとかって」
すると〈爆風〉が「ああ」と頷く。
「……骨か、それなら予想はつく。研究所と取引しているのだろう」
「あぁ? どういうことだ〈爆風〉」
グランがいつものように顎髭を擦ると、彼は湖から視線を戻してじっくりと湯に浸かった。
「その骨とやらが例の――魔力結晶を使う道具の土台となるらしい。ウィルが言っていた」
「あの水の中で呼吸できるってやつ?」
ボーザックが聞き返すと、彼は頷いてふうーと湯気を散らす。
「そうだ。……とりあえずお前たちも温まっておけ。このあとは食事だ、今夜くらい休んで明日から動けばいいだろう」
俺たちは頷いて再び湯に浸かり、長旅の疲れを癒すことに専念した。
胸のなかには――多くの不安が渦巻いていたけれど。
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「来たか〔白薔薇〕、それと〈爆風のガイルディア〉。座れ」
広い広い部屋の中央には大きな長テーブルが置かれ、深い緑色の厚い布が掛けられていた。
テーブルには金色の大きな燭台がドン、ドンと置かれ、蝋燭が灯されている。
その火が暖かな色で照らし出す料理は――焼いたり煮たり捏ねたりと趣向が凝らされ、色も形も本当に綺麗だ。
肉、野菜、果物……おお、魚の姿焼きもやっぱりあるな!
どれもたまらなくいい香りをくゆらせているのが空腹に拍車をかける。
その長テーブルの短辺――つまり一番奥の席にはウィルヘイムアルヴィア皇帝の姿。
その右側――長辺の端には俯いているミリィ、左側でミリィの向かい側にはストーの姿があった。
ほかには執事のような格好をした熟年の男性が数人控えている。
「うっわ、美味しそう」
ボーザックが思わずといった様子で口元を拭う。
かくいう俺もごくりと唾を呑み込んだ。
ストーがどこでもいいと言うので適当に座ると、ウィルが大袈裟な仕草で両手を広げて宴の始まりを告げた。
「我が帝国宮の宮廷料理人たちが腕によりをかけた。好きなだけ食べるといい。酒もあるぞ」
「あぁ。まずは乾杯といこうじゃねぇか」
グランがにやりと笑みを浮かべ、ウィルが同じような笑みで応えると……すぐに執事たちが俺たちのグラスに酒を注ぐ。
呑むのも久しぶりだし、ちょっと嬉しい。
「さて……なにに乾杯といく? 〈豪傑のグラン〉」
ウィルがそう問い掛けると、グランはグラスを掲げ、薄い薔薇色の酒を揺らして唇を開いた。
「――『アルヴィア帝国』と俺たち『冒険者』に」
その瞬間、ミリィの眉が寄せられたのに……たぶん皆気付いている。
けれどウィルはくくっと喉を鳴らし、高々とグラスを掲げた。
「いいだろう。我がアルヴィア帝国と冒険者たちに乾杯」
温泉回は以上です!
引き続きよろしくお願いします!




