真相の失踪①
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「あれがハルト君を誘拐した人かぁ。話には聞いていたけど、なんだか優しそうな人……だったね」
湖が見える大浴場があるというので〈爆風〉が案内してくれているその途中、ディティアが話しかけてきた。
「うん……ミリィ自体はたぶん悪い人じゃないと思う。『冒険者』に対しては酷い言い方だったけどな」
俺が頷いて応えるとディティアは眉を寄せて続けた。
「……ハルト君の名前も知ってたね」
「あぁ、名前は俺が名乗ったから」
「ぶはっ、ちょっとハルト! なんで誘拐犯に名乗るのさ!」
そこで突っ込んできたのはボーザックだ。
咎めるように眇められた黒い瞳に、俺はごめんと右手を上げる。
「なんか騙して逃げてくるの後ろめたくてさ……」
「あぁ……うーん。ハルト君らしいね」
どういうわけかディティアが困ったように笑うので……俺は思わず口を開く。
「――ミリィの瞳が」
「え?」
「あ……いや」
ディティアの瞳に似てたから……って続けようと思ったけど、これは口に出していいものかどうか……。
俺としては十分な理由だけど――あとでファルーアにでも聞いてみよう。
前にディティアの花が咲いたような笑顔の話で失敗してるからな。
「……?」
「ティア、着いたみたい。湖が見えるのよね、楽しみだわ」
そこで首を傾げたディティアをファルーアが呼ぶ。
帝国宮の上層、その一画が大浴場らしい。
目の前には男女それぞれの浴槽へと続く扉が構えていた。
「あ、うん! ……じゃあハルト君、ボーザック、またあとで!」
彼女はにっこりと笑顔を浮かべるとファルーアと一緒に扉の向こうへ消える。
俺たちを案内してきた〈爆風〉はすでに部屋が用意されているそうで、一度装備を置いてくると言っていなくなった。
「おいハルト、ボーザック。お前らも早く来いー」
「あ、おう」
グランに呼ばれて俺が踏み出すと、ボーザックが隣に並んで首を傾げる。
「ねぇハルト、さっきティアになんて言うつもりだったの?」
「あぁ……ミリィの瞳がディティアの瞳に似てたから――騙すのが嫌だったんだ」
「……!」
ボーザックが俺を見詰めたまま目を見開くので、今度は俺が首を捻る。
「やっぱり言わなくて正解だったか?」
「い、いや……俺ちょっと感動してる」
「は?」
「それなら仕方ない、うん! ねえグラン! 聞いてよ、グラーン!」
ボーザックは歯を見せてにっと笑うと、俺の肩に軽く拳をぶつけてさっさとグランを追い掛ける。
「……なんだよ?」
思わず顔を顰めたけど……このまま突っ立ってても仕方がない。
俺は彼らを追い掛けて大浴場へと向かった。
……汗も泥も流してさっぱりしよう。
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ところが。
「ひゃあぁッ!」
酷い状況だった。
「いやいやいや! 不可抗力っていうか悲鳴上げるとしたらむしろ俺たち!」
冷静に大声でそう言って、俺は――というか俺とグランとボーザックは深々と湯に浸かるしかない。
ちなみに悲鳴はディティアだったりする。
「ちょっと、馬鹿なの? 消し炭になりたいのかしら?」
「ご、ごめんってばファルーア! あのさあ! すぐ着替えてくるから後ろ向いてよ!」
煌々と燃える松明の灯りのなかボーザックが真っ赤になって反論するが、ファルーアはふんと鼻を鳴らす。
「別にいまさらあんたたちの上半身見たって照れもないわよ」
「いやお前、それだと俺たち立ち上がれねぇだろうよ……」
グランが小声で呟くと、白い衣を纏って髪を結い上げたファルーアは眉を寄せてくるりと後ろを向いた。
ディティアも同じ白い衣姿だけど、すでに両手で顔を覆っており背中をこっちに向けている。
「もう。馬鹿言ってないでさっさと湯浴み衣着てきなさいよ!」
「馬鹿言ったのは俺たちじゃないけどね……」
「なにか言ったかしらボーザック?」
「なんでもありません、すぐ行ってきます」
……俺たちはばしゃばしゃと湯を蹴りながら慌てて脱衣場に戻り、置いてあった白い衣を手に取った。
そう、そうなんだよ。
ここの大浴場は浸かるために衣を纏うらしいんだ。
っていうかさ、その湯浴み衣? ってのを着なきゃいけないなら先に教えてくれよ。
まさか露天が混浴だなんて思わないだろ!
湖が見えるっていうんで露天風呂に出た俺たちは、あとから来た女性陣と文字通り生まれたままの姿で鉢合わせたってわけ。
「くそ……まさか混浴だなんて思わねぇだろうよ」
グランがぼやくので俺もボーザックも真剣に頷きを返す。
すると珍しく慌てたようにガチャリと大きな音で扉を開け、〈爆風〉がやってきた。
「――すまん。〈光炎〉は知っていたから大丈夫かと期待したが……やはりか」
開口一番、俺たちの様子を見た彼はばつが悪そうな顔でそう言った。
「女性陣が着ててくれてよかったと思うことにするよ……」
俺が唇を尖らせて投げやりに言うと、〈爆風〉は苦笑を返して上着を脱ぐ。
「弁解はしてやるから許せ〔白薔薇〕。……俺も服を着ての風呂なんてものは初めてだからな」
その鍛え抜かれた体には、伝説の爆の冒険者――その生き様を表すかのような無数の傷痕が見て取れる。
俺はまじまじとそれを眺め、蔦のような痣がないことを確認して口を開いた。
「なあ〈爆風〉……やっぱり痣は消えたのか?」
「ん? ああ、災厄の毒霧にやられたやつだな? ……どうやらそのようだ。時間とともに薄れていまはこのとおり」
「だとしたらほかに毒にやられた人も回復するかもしれないな」
俺が言うと彼は白い衣を羽織りながら笑った。
「ああ、そう願おう」
「とりあえず風呂だ、今度こそゆっくりするぞー」
「なんか服一枚って心許ないよ、俺……」
グランとボーザックが言いながら浴場へと向かうので俺たちも続く。
確かに一枚だけってのは変な感じだ。
裸とどっちが心許ないかって聞かれると……なぜかこっちな気がするのはなんでだろうな……。
おやすみですが更新!
引き続きよろしくお願いします。




