狂乱の英断⑧
〈爆風のガイルディア〉はどこかうきうきした様子で首を左右に倒し、ごき、と鳴らしてみせる。
「やはり若者はいいな、伸び代がある。〈逆鱗〉、バフの書き換えは難しいのか?」
「ん? うーん……かなり集中は必要かな。重ねるんじゃなくて書き換えだから、なんていうかこう……これをこれに! って意識しないといけないんだよ……」
俺が座ったまま首を捻ると、ディティアがくすくすと笑った。
「私、五感アップにはちょっとびっくりしたよハルト君」
彼女がシャンッと双剣を収めたので、俺は立ち上がってから同じく武器を収め土埃を払った。
「二回目は通用しないだろうけど、たまにはいけるかもって考えてさ」
「俺はデバフやられたー。すっげー気持ち悪い……もう完璧に使いこなせるのハルト?」
今度はボーザックが右足で何度も地面を確かめながら聞くので、気持ち悪いってなんだよ! と内心で突っ込みつつ少し考える。
「どうだろうな、夢中になってると使える気がする。ただ、たぶん……」
ゆっくり手を広げてデバフを練ってみるけど――思ったとおりだ。
どういうわけか練ったそばからぐにゃりと崩れ、形にならなかった。
「やっぱり無理だな、普段はまだ使えない」
「ふむ。戦闘の最中に有効になるものだと考えておくべきか」
〈爆風〉はそう言ってからシャアンッと双剣を抜き放つ。
その音はディティアのそれよりも力強く、吹き荒れる爆風を思わせる。
俺は遠巻きに見ている甲冑たちがピリリとした空気を纏ったのを感じた。
やっぱり伝説の爆ってことは伝わっているんだろう。
――ディティアだってボーザックだって強いのに、なんか悔しいな。
俺は思わず目の前にいる〈疾風〉をまじまじと見詰めた。
「……?」
小首を傾げるディティアに、さっきの凛とした彼女と違う小動物っぽさを感じて頬が緩む。
――この差は可愛いんだけどな。
「にやけているぞ〈逆鱗〉」
ところが突然〈爆風〉に突っ込まれて、俺は慌てて右腕で口元をごしごしと擦る。
「うっ、そ、そんな顔してたか?」
あれ、なんかちょっと恥ずかしい。
「ハルトは顔に出すぎなんだよー。ティアが格好よくて可愛いーっていうのは俺もわかるけどね」
ボーザックがからからと笑いながら同意してくれたので、俺はうんうんと首を縦に振る。
「そう、それだ!」
「えぇっ⁉ ぼ、ボーザック! もう! ハルト君が移ってきてるよ……!」
ディティアが頬を紅く染めて唇を尖らせると、ボーザックはぎょっとして両手で口を塞いだ。
「えっ、それはちょっと困る!」
「いやなんでだよ!」
咄嗟に返した俺に〈爆風〉が歯を見せて笑った。
「はは、お前たちは本当に見ていて飽きないな。……とはいえ時間があまりなさそうだ。ひと勝負付き合え、俺も動きたくなってきた」
「……! いいんですかガイルディアさん!」
ぱあっと笑顔になったディティアに、俺とボーザックは顔を合わせて肩をすくめる。
もうなにも言うまい。
すると〈爆風〉はトントンと軽く跳ねたあとで雰囲気をがらりと変え――瞳を光らせた。
「三人まとめて相手をしてやろう。全力でこい」
――その瞬間の空気ときたら凄まじいまでに張り詰め、肌が粟立つような感覚に震えるほど。
ボーザックが真剣な表情で大剣の柄を握り直す。
「ハルト君。速度アップと脚力アップをそれぞれ二重にしてもらえるかな」
ディティアも当てられたのか双剣を閃かせて静かに言う。
「……任せろ」
俺は彼女に応えてばっと手を突き上げ、一気にバフを広げた。
「速度アップ、速度アップ、脚力アップ、脚力アップ、肉体強化、肉体強化ッ!」
速度アップは全員二重。
脚力アップは希望通りディティアに。
肉体強化は俺とボーザックだ。
「……言っておくが容赦はしないぞ。全力で身を守れ」
……ザッ!
地面を蹴った〈爆風〉は一番離れた位置にいたボーザックを狙った。
「ッ!」
大剣を体の前に立てて双剣を受けたボーザック。
〈爆風〉はくるりと身を翻して上体を下に振り、息を吐きながら〈不屈〉の頭部目掛けて強烈な右の蹴りを繰り出す。
「はァッ!」
ボーザックは右足を一歩引くことで重心を後ろにずらし、その蹴りを躱した直後に突きに転じた。
「やあぁ――ッ」
瞬き数回のあいだの攻防は凄まじい速さで、俺は思わず息を呑む。
……ところがである。
「甘いな〈不屈〉」
〈爆風〉は右足を振り抜く勢いを殺さず、さらに回転。
己の左側で双剣を大剣の腹にぶち当てていなし、刃を滑らせながら瞬時にボーザックに肉迫した。
シャ――ッ!
「うっ……がはッ!」
身を引こうとする彼の腹に〈爆風〉は容赦なく柄を叩き込んだ。
体をくの字に折るボーザック。
「は――ぁッ!」
そこにひらりとディティアが跳び込んで〈爆風〉が離れる。
俺は彼の背に向かって一気に地面を蹴った。
「ディティア!」
「行きますッ!」
俺の声に呼応した〈疾風〉が舞い踊り、〈爆風〉は両足のつま先を地面にぴたりと付けたままですべての攻撃をいなしていく。
「おおぉぉっ!」
俺は気合を入れて双剣を突き出し――突如〈爆風〉の背中越しに目の前に突き出された双剣の柄に額を強打された。
「……ぐぅッ」
目の前が真っ白になるけれど、俺は咄嗟に右側へと転がって双剣を構える。
腹を掠めた〈爆風〉の蹴りが空気を唸らせ、その追撃の速さに舌を巻くしかない。
そのとき、いつの間にか弾かれていたディティアの代わりに体勢を立て直したボーザックが大剣を閃かせ、俺はそれを援護するために駆け出した……んだけど。
「た、大変! 血が出ていますわ!」
――場違いな悲鳴にぎょっとして踏み留まった。
本日分です。
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