狂乱の英断⑦
ヒュ――ッ
空気を斬り裂いて迫る〈疾風〉の双剣が第一手。
身を低くして一直線に向かってくる彼女に、俺は右の剣を繰り出す。
瞬時に左の剣でそれを打ち払った〈疾風〉の右の剣が閃く瞬間、俺は弾かれた勢いそのままに右半身を引きながら跳び離れ、身を捻って追撃に転じる〈疾風〉には目もくれず走った。
「うおおぉっ!」
狙うは〈不屈〉。
にやりと笑うボーザックは俺が向かってくるのを予想していたのか、重心を落とし逆手に持った大剣を体の右側に引き寄せていた。
「たああぁ――ッ!」
気合とともに振り抜かれる大剣は――くそっ、速いッ!
俺は咄嗟に踏み留まって切っ先をやり過ごしたが、首筋がちりりとして前へと――つまり〈不屈〉の懐に向けて飛び込んだ。
〈爆風〉の助言に従ったその判断は正しかったと思う。
すぐ後ろに迫っていた〈疾風〉の一撃が空を斬るのを感じながら、右足を踏み込んで双剣を振り抜く。
キィンッ
すでに引き寄せられていた〈不屈〉の大剣がそれを受け止め、俺はすかさず身を屈めて彼の右側すれすれを後ろへと回り込んだ。
「――おぉっ!」
そのまま腹の底から息を吐き出し〈不屈〉の横腹目掛け双剣を振るうけど――彼は右足を引くことですでに身を翻していて掠りもしない。
「甘いよハルト!」
代わりに俺の左側から白い刃を閃かせるその速さは、大剣使いにあるまじきものだった。
「……ッ!」
俺はそれを受け止めようとして――やめる。
咄嗟に地面に這いつくばるようにしてやり過ごし、そのまま低い位置から再び回り込もうとして……目を瞠った。
「はぁ――ッ」
白い刃のすぐ向こうから迫り来る〈疾風〉の姿は一瞬で俺の視界に広がり――。
「げっ……! うわぁっ!」
彼女の双剣が鮮やかに閃いて……俺は受け止めきれずにひっくり返った。
「はい、まず一本」
彼女は俺の喉元にぴたりと剣を突きつけて告げると――。
「では二本目いきましょう!」
――にっこりと笑ってみせる。
「はぁー……いい線いってたと思うんだけどなぁ」
ばったりと地面に倒れ込む俺にボーザックが右手を伸ばす。
「――もう降参?」
「ふん。お前だけでも絶対負かしてやるからなボーザック」
俺はその手を握って立ち上がり、双剣を拾って構える。
「そうこなくっちゃね」
ボーザックはビュンと大剣を振り抜いて唇の端を持ち上げた。
――二戦目。
バフは変えずにいくと決めてかけなおし、俺は地面を確かめる。
どうしようもなく情けない話だけど、ディティアと真っ向から勝負はできないからな。
彼女の速さには俺の速度アップバフを重ねても到底届かない。
……それだけじゃなく、俺は受け流せるだけの強さも絶対的に足りていないのだ。
だからボーザックに肉迫することで彼女の動きを阻害するっていうのは有効なはず。
ちらと視線を移すと遠巻きに――とはいえすぐに割り込める位置で〈爆風〉が見守っている。
彼の笑みを見るに俺のやろうとした動きは間違ってるわけじゃないだろう。
「……よし。行くぞ!」
俺は再び踏み出した。
今度は――〈不屈〉が先に攻撃に転じた。
俺は突き出される大剣の腹に双剣を滑らせるようにして彼に肉迫する。
左の剣を大剣に当てたまま右の剣を振るうと、後ろに跳んだボーザックと入れ違いに〈疾風〉が飛び出してくる。
しなやかで俊敏な彼女はまさに風。
俺は咄嗟に距離を取って追撃をなんとか躱した。
……そのとき。
「おい〈逆鱗〉、お前バッファーだろう?」
突然〈爆風〉に笑われて、俺は――「えっ?」と聞き返し……。
「隙ありッ」
「ぐっ!」
突っ込んできたボーザックの閃く大剣を受け止め切れずに踏鞴を踏んだ。
彼は大剣を引き、俺を見据えたままゆっくりと距離を取る。
「……悔しいけど、いまのもやられた」
認めると〈不屈のボーザック〉は大剣を右肩に背負うようにして、にやりと笑った。
敢えて二撃目を繰り出さなかったんだ。ボーザックならそれができていたはずだから。
久しぶりに剣を交えて……実感してしまった。
強くなっている、彼は――確かに。
そして〈爆風〉に言われた言葉……バフをもっと使えってことだろう。
俺はバッファーなんだからな――。
「……ふぅ」
息を吐き出して、俺は瞼を下ろす。
砂漠での戦闘――災厄の砂塵とひとりで戦ったときのあの感じを思い出せ。
遅いならバフでもっと速く。
弱いならバフでもっと強く。
「……」
――集中しろ。
俺はこんなところで足踏みしていられないんだから!
「反応速度アップ、速度アップ、速度アップ、速度アップ。もう一回だ!」
――三戦目。
俺はぱっと目を開けると、地面を蹴って〈不屈〉を狙う。
「来いっ!」
大剣を体の正面に構えるボーザックに到達する直前、ディティアが視界の端を掠めた。
「脚力アップ!」
速度アップをひとつ書き換えて左足をぎゅっと地面に押し付ける。
それを思い切り蹴り抜く勢いで加速し、俺はそのままディティアを躱してボーザックの大剣目掛けて双剣を突き出した。
「腕力アップ、腕力アップッ!」
攻撃に合わせて残りの速度アップを書き換えた俺に、ボーザックが目を瞠る。
ギィィンッ!
「ぐっ……う!」
威力を増した一撃に今度はボーザックが踏鞴を踏む。
「脚力アップ、脚力アップ! おおっ!」
俺は腕力アップをすかさず書き換えて左足を振り抜いた。
俺の戦い方は剣術と体術を合わせて使うものだからな!
「くっ」
「はぁ――ッ!」
堪らず後ろに跳んだ〈不屈〉をさらに追い掛けた俺の横から気合とともに割り込む〈疾風〉。
俺はぎゅっと足を突っ張って急激に減速し、バフを練る時間を作った。
「反応速度アップ、反応速度アップッ」
彼女が振り抜く双剣を、脚力アップをふたつ書き換えてなんとか躱す。
でもこれだけじゃ駄目だ――〈疾風のディティア〉を足止めして次の攻撃を〈不屈のボーザック〉に打ち込むためには……!
「――五感アップ、五感アップ!」
「!」
ディティアに投げたバフに彼女がはっと反応した瞬間、俺は地面を蹴って双剣を振るうと見せかけて……。
「――わッ!!」
「ひあっ⁉」
彼女の耳にできるだけ近い位置で大声を上げた。
一瞬の遅れでも十分だ。
そのまま〈疾風〉をやり過ごし、俺は一気に〈不屈〉を狙う。
「肉体強化、肉体強化、肉体強化ッ――おおおっ!」
反応速度アップをすべて書き換えて、全身を使い双剣を振りかぶる。
「たぁ――ッ!」
ボーザックは真っ向から打ち合う姿勢をみせ、俺に向かって大きく右足を踏み込みながら大剣を振りかぶった。
――そこだッ!
「脚力――ダウンッ!」
「うぐッ!」
踏ん張ろうとしていた〈不屈〉の足が一瞬ぶれる。
「隙あり――ッ!」
取った!
そう思った瞬間、俺の足が地面から浮いた。
「……っ⁉」
なにが起きたのかわからなかった。
世界がぐるんと回って――気付いたときには背中を地面に強打していた感じだ。
「うぐっ、は!」
反動で空気が絞り出され、目の前がちかちかする。
シャアンッ
澄んだ音が響き――なんとか視線を這わせると……切っ先を俺に向けた〈疾風のディティア〉が俺を見下ろしていた。
「……させません」
「あー……嘘だろ。まさかディティア……追い付いた?」
思わずぼやくと、彼女は小さく笑みを浮かべた。
くそー、格好よすぎるだろ。
普段の彼女とまた違うこの雰囲気……帝国兵にめちゃくちゃ自慢してやりたい。
「うわ……いまの完全にやられてた」
ボーザックが体勢を整えながら渋い顔をするので、俺は上半身を起こして笑った。
「やられてばっかりは癪だからな!」
「いい動きになってきたじゃないか〈逆鱗〉」
そこで〈爆風〉が近くにやってきた。
戦闘書きたかったのでおやすみだけど更新です!
評価やブクマなどなどありがとうございます。
楽しみにしてます!
引き続きよろしくお願いします✨




