狂乱の英断⑥
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そんなわけで俺は〈爆風〉、ボーザック、ディティアと一緒に帝国宮に隣接するという兵舎に向かった。
歩きながら俺が誘拐された話をしたら〈爆風〉は「次は殺気じゃなくて気配の読み方を学ぶ遊びでもするか?」と笑う。
人差し指で脇腹をしこたま突かれた思い出は唇をへの字にするほど苦いものだけど……そう。今回は気配の話なんだよな。
正直そこが腑に落ちないんだ……あの距離で俺の気配なんて感じられるかって話でさ。
否が応でも『紅い粉』に結び付けてしまう。
……けれどあれこれ考えているうちに兵舎に到着してしまった。
ここがまた――当然なんだけど甲冑の巣窟だったり。
いや、どういうわけかほぼ全員が甲冑のまま過ごしてるんだよな。
兜も被ったままだぞ。
すると……俺たちに気付いた甲冑がひとり、両腕を広げながら近付いてくる。
「やあ! 待っていたよ!」
――俺たちのこと『冒険者』だって知らずにいるのかな?
あまりに気さくなその振る舞いに首を傾げると〈爆風〉が俺の肩にぽんと手を置いた。
「知り合いだぞ」
「はっ?」
思わず聞き返す俺に、甲冑は兜の下……くぐもった声で爽やかに笑う。
「はは。私だよ、帝国兵第五隊所属アーマンだ」
ガチャ、と持ち上げられた艶消し銀の兜の中から、金色の髪と蒼い目の優しそうな男性が現れる。
「ああ! アーマンか!」
思わずぽんと手を打つと、彼はぺこりと頭を下げた。
――アーマンは研究都市ヤルヴィで世話になった帝国兵の第五隊隊長だ。
ヤルヴィに駐屯する帝国兵は一定期間で入れ替わるって話だったはず。
あのときはヤンヌバルシャっていう赤い大蛇を討伐したけど、アーマンは……まあいろいろ尽力もしてくれたんだよな。
確か俺が〈爆風〉とふたりで旅立ったときに、ヤルヴィでの任期は残り一カ月程度だと聞かされたはずだ。
「帰ってらしたんですね」
ディティアがにこにこと言うと、アーマンは頷きながら左足を引いて後ろへと俺たちを誘った。
「ここでも君たちに訓練場を貸すことになるとは思わなかったけれどね。さあどうぞ!」
あー。
俺とボーザックが〈爆風のガイルディア〉にボコボコにされたときは勿論のこと、ディティアが〈爆風のガイルディア〉に頬が腫れ上がるほどやられたときも訓練場だったからな。
――後者は俺のためだったけど。
ちらと〈爆風〉を見ると、目が合った彼はどこ吹く風でにっこりと笑顔を見せる。
本当にこのオジサマときたら飄々として掴み所がない。
「よし、ハルト。まずは俺とティアの相手してもらうから!」
意気込むボーザックに生温い笑みを返し、俺は深呼吸を挟む。
俺たちはレンガ造りの建物の奥へと案内され……やがて大きな広場に出た。
土を踏み固めたような訓練場は端に人形がいくつか並んでいる。
大きな倉庫の扉は開いていて、模擬戦用の木刀や盾が保管されているようだ。
見上げた空には星が瞬き、薄くかかった雲を流して吹き抜ける風は雑多な匂いを含んでいた。
物珍しそうに眺める甲冑たちもちらほらいるけど――あのなかで『冒険者』を嫌っている人がどのくらいいるのかには興味があるな。
ディティアや〈爆風〉を見たら度肝を抜かれるに違いない。
するとトコトコと歩み出たディティアが、シャアンッと澄んだ音を響かせ双剣を抜き放った。
「――……」
彼女は目を閉じてすーっと息を吸い込むと……ぱちりと開ける。
「――さあ、やりましょう。〈逆鱗のハルト〉」
俺を見詰めるその瞳は凛とした光を宿し、彼女の本気を滲ませていた。
「へへ、約束どおり全力だよ」
彼女の隣に歩み寄った〈不屈のボーザック〉は背中に手を回すと迷わず大剣を振り下ろす。
その刀身は夜闇に浮かぶ白い翼のようだった。
ダガーはいいのか? なんてのは愚問だろう。
「はは、若者はいいな! まずは見物させてもらうとするか……〈逆鱗〉、分が悪いだろう。ちょっと来い」
腕を組む〈爆風〉はそう言って面白そうに俺を見る。
素直に従うと、彼はいきなり俺の首に腕を回して囁いた。
「いいか〈逆鱗〉。〈不屈〉から離れず〈疾風〉とのあいだに挟むよう心掛けろ。それともうひとつ、〈不屈〉の攻撃は受け流さず徹底して避けるんだ。あいつは〈疾風〉には負けるが速いぞ。……なに、危険なときは割り込んでやる。思い切りやってこい」
「……わかった」
ゆっくり首を縦に振ると、彼は満足そうににやりと笑って俺を解放し背中を押す。
俺は待ち構えるふたりに唇の端を持ち上げてみせ、双剣を抜いた。
ボーザックの攻撃を避けながら戦うなら――バフはこれだ。
「――反応速度アップ、反応速度アップ、速度アップ、速度アップ」
肉体強化や硬化はいらない。
全部避けきってやる!
「いくぞ!」
俺は思い切り地面を蹴った。
おはようございます!
本日は早め投稿です。
今度こそ次回は模擬戦です。
引き続きよろしくお願いします✨




