狂乱の英断⑤
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煌びやかな帝国宮は見た目どおり内部もすごかった。
門の先は帝国兵が巡回するとんでもなく広い庭園で、なんと噴水まである。
さらにその向こう側にどんと構える宮殿は小尖塔がいくつも突き立った造りで、一際高く聳える大きな塔は丸い屋根。
全体的に白っぽいんだけど小尖塔と建物の角部分はすべて赤茶色の煉瓦でできていて……はー、壮観だな!
宮殿の入り口にはさらに甲冑たちが控えていて、そのうちふたりが俺たちを先導してくれた。
案内されたのは大きな客間。奥にはふっかふかの紅いソファに重厚な黒い石のテーブルがあり、当然のように菓子とお茶が用意されている。
ランプの代わりに血結晶が煌めく部屋には執事までいて、俺たちの前にはすぐにお茶の注がれたカップが並んだ。
ディティアとファルーアが早速カップを手に取って舌鼓を打つのを横目に、俺は甘酸っぱさのなかに香辛料が感じられるその香りでミリィを思い出す。
ちらと確認すれば執事は扉のそばで静かに立っている。
小声なら話しても聞こえないだろう。
「……で、なにがあった」
グランに聞かれ、俺は頷きを返して声を落とした。
「市場で屑結晶ってのを見つけてさ。もしかして周りにもあるのかなって思ったから魔力感知を使ったんだ。……そしたら、貴族っぽいローブにフード被った男女がめちゃくちゃ光ってる革袋を持ってて……」
「えっ、それ――なんだったの⁉」
ボーザックが口元に運びかけていたカップをとめて目を瞠る。
「いや……わからなかったから、せめてどこに運ぶのかだけでも確認しようとしたんだ」
「それを追い掛けてこんなに遅くなったということかしら?」
ファルーアが優雅な所作でカップを置きながら聞くので、俺は今度は首を振った。
隠したところで怒られるのは目に見えている……というかなんというか。
ここは素直に謝る一択しかない。
俺はテーブルに額が突きそうなくらいに腰を折る。
「それが……頭に袋を被されて意識が飛んで――そのまま誘拐されてました、すみませんでしたっ」
「ぶっは! ごほっ、ごほっ……」
噴き出したボーザックはそのまま胸をドンドンと叩きながらむせ返った。
グランもファルーアも「はぁ?」って顔をしたけど、唯一ディティアが口を開いて眉を寄せ、ぶんぶんと首を振る。
「ゆ、誘拐って――ハルト君、大丈夫なの⁉ どこも怪我とかしてない⁉」
俺は唇に右の人差し指を当てて彼女を制し、さらに声を潜めてなにがあったのかを説明した。
◇◇◇
「――怪しい姉弟だってぇのはわかった。お前が無事だったから言えるが……英断かもしれねぇしな。町に出るときは気に留める必要があるだろうよ」
聞き終えたグランは顎髭を擦りながらそう告げる。
ボーザックはようやく落ち着いたのか背もたれに深々と体を沈めると、はぁー……とため息をついた。
「本当にさー、気を付けてねハルト……俺、息止まるかと思ったー。……嫌な予感がしてたんだ」
「悪かったよ……」
そこで彼の腰に真新しいダガーが下がっているのに気付いた俺は――思い出してしまった。
「うわ! そういえば俺、応急処置用品も浮き袋も買ってない!」
そのとき……笑いながら部屋に入ってきた輩がいる。
「ははは、浮き袋なら研究所に腐るほど余っているぞ。無事でなによりだ〈逆鱗〉」
白髪混じりの黒髪と血結晶の光を映して艶やかに煌めく琥珀色の瞳。極め付けに放たれたのは渋くていい声だ。
「〈爆風〉……ごめん、遅くなった」
ひらひらと手を振ってみると彼は歯を見せて笑い、ソファの空いている場所に腰を下ろす。
濡れていた服はすっかり着替えていたが、革鎧や双剣をしっかり装備しているのは〈爆風〉らしい。
執事がすぐに動いてお茶を用意し、きっちり腰を折ってからするすると下がっていくと……彼はふふと笑みをこぼす。
「外は暗いがまだそう遅くない。夕飯の準備が整うまで少し時間があるらしいぞ。約束どおり一戦どうだ〈不屈〉。帝国兵の兵舎に訓練場があってな、借りられることになった」
「えっ! 本当に? やった!」
ぱっと笑顔を浮かべるボーザックに「お前もディティア並みの笑顔だぞ」と心のなかで呟いて……俺はお茶を呑んだ。
叩きのめされたくはないけど、〈爆風〉は俺が目指す強さの象徴みたいなものだからな。
久しぶりにやりたい気持ちは嘘じゃない。
「……ったく仕方ねぇな……少しだけだぞ。そうすると飯の前に風呂も入らせてもらわねぇとだな……」
グランはぽんと膝を叩くと立ち上がり、隣に座っているファルーアに向き直った。
「ファルーア、お前は俺とストールトレンブリッジんとこに頼む。風呂の件もそうだがハルトの話も気になるからな」
「ええ。それじゃあティア、私のぶんもそこのお馬鹿さんをよろしくね」
「任せてファルーア!」
「えぇ……お手柔らかに頼むよディティア……」
意気込む〈疾風〉に思わずぼやくと、彼女は濃茶の髪を弾ませて胸の前でぎゅっと手を握った。
「じゃあ倒れない程度にしようねハルト君!」
――倒れない程度って全然お手柔らかじゃないよなぁ。
本日分です。
訓練までいけると思ったら全然でした……!
本日もよろしくお願いします!




