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逆鱗のハルトⅢ  作者:
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始まりの始まり②

******


「うっわー! でっか! 海みたいだ!」


 短めの黒髪で黒眼、小柄な大剣使い〈不屈のボーザック〉が左手で庇を作りながら興奮した声を上げる。


 彼の艶消し銀の鎧は特注品で、胸元に白い薔薇が彫り込まれていた。


 背負う真っ白な大剣は飛龍タイラントの角を素材とした業物だ。


 自分が小さいから大剣なら強そうに見える! なんて言っていたこともあるけど――そんじょそこらの奴には絶対に負けないだろう。


「すご……」


 かくいう俺も思わずこぼす。


 いや、なんていうか壮観なんだよな。


 眼前に広がるのは巨大な湖で、澄んだ水はかなり深くまで見通せる。


 煌めく魚影は勿論のこと――湖の中心に聳える町の下にも、水没した都市のようなものがくっきりと描き出されていた。


「これは想像以上ね……」


 背中を覆うほどに長い金色の髪を右手で押さえながら、ほぅ、と感嘆の吐息をこぼしたのはメイジである〈光炎のファルーア〉。


 女性にしては背が高く、俺より少し濃い蒼色の眼をしている。纏っているのは深い切れ込みの入った水色のローブだ。


 左手に持っている白い杖は先端に金色の結晶が填め込まれ、台座部分には薔薇の装飾が施されている。


 飛龍タイラントの眼――それが結晶化した『龍眼の結晶』を使っているだけでなく、柄の部分も角から作られてるんだよな。


 彼女が操る魔法は多彩で、俺たちパーティーで唯一遠距離攻撃が可能だ。


「綺麗――!」


 その隣では肩ほどまでの濃茶の髪を弾ませた双剣使い――〈疾風のディティア〉が、エメラルドグリーンの瞳をきらきらと輝かせていた。


 彼女の双剣は鞘の装飾だけでなく刀身にも美しい彫刻が施された逸品で、腰のあたりで交差させて装備されている。


 防具は胸元に薔薇の型押しがある白い革鎧。


 俺の革鎧も同じ素材――つまり飛龍タイラントの革で作ったものだ。


 俺は肩当て部分に薔薇の型押しがあるんだけどな。


「あれがアルヴィア帝国帝都です。どうです? 美しい町でしょう?」


 そこで黒縁の丸眼鏡にそっと指先を触れながら、俺たちを案内してきたストールトレンブリッジ――通称ストーがふふと笑う。


 肩に掛かるほど伸びてしまった濃茶の髪を首の後ろで結んだ彼は研究都市ヤルヴィのトレジャーハンター協会支部長で、帝国の皇帝とも繋がりがあるらしい。


 しかも例のあいつ――無駄に爽やかな空気を纏う嫌味な騎士とも通じていたんだから……曲者なんて呼ばれていても納得できるよな。


「しっかし、あれが遺跡なんだろ?」


 そのストーに向けて、ほとんどの人が見上げるほどの巨躯をした紅髪紅眼の大男……〈豪傑のグラン〉が顎髭を擦りながら言う。


 髪と眼に揃えたような紅色の鎧を纏い白いつるりとした大盾を背負っている、俺たち〔白薔薇〕のリーダーだ。


 勿論あの大盾も飛龍タイラントの角から作られていて、薔薇の花片の形だったりする。


 ……いまさらだけど、俺たちの装備って〔白薔薇〕にぴったりだよな。


 そう作ったからだけど、なかなかさまになっている……と、俺は思っている。


「そうです。アルヴィア帝国で魔力結晶が研究されるきっかけともいえる遺跡で、皆さんがこれから調査するのもあの遺跡ですよ」


 ストーは遺跡を指しながら、翠色の優しそうな目を細める。


 ふーん。予想はしてたけど――あれに潜るってことか、俺たち。


「なあストー。空気はどうなってるんだ?」


 俺が聞くと、彼はにやりと口角を吊り上げた。


「百聞は一見にしかずです。ようこそ、アルヴィア帝国帝都へ」


◇◇◇


 ――帝都へと繋がる橋は一本。


 巨大なんて言葉じゃ足りないほどの大穴が地面に穿たれ湖となったかのような景色のなかで、この橋の存在感もまた凄まじい。


 橋とは思えないほど太く、馬車が何台も擦れ違えるほどなんだ。


 商人の馬車や帝都に出入りする人々が確認できて、俺は正面に聳える帝都を見上げた。


 横には広げられないであろう町は、どうやら上へ上へと拡大したらしい。


 石なのか金属なのか……箱のようなものが重なったり張り出したりして歪な塊となった町は――なんていうか、芸術的とでもいうのかな。


 ストーの言うとおり美しい町だった。


「うわ! グラン、あの魚見てよ!」


「おお……ありゃ大物だな! 太い糸が必要か」


「湖畔から釣れるかな……俺、ああいう船はちょっと……」


 そんななか欄干から遥か下にある湖面を眺めながら、ボーザックとグランは釣りができるかどうか話し合っている。


 ちょっと覗いてみると……本当だ、相当でかい魚がいるぞ。


 ボーザックの言うとおり船も出ているし……そうか、湖ってことは名物は淡水魚かもな。


 焼き魚か煮付けか……最近は携帯食料ばっかりだったから楽しみだ。


「アイシャにはない感じだね」


 ディティアがそう言って横から覗き込むので、俺は頷いた。


「そうだな、姿焼きとかもあるのかな」


「え? す、姿焼き……?」


「ん? ああごめん。名物はなにかなって思って……町の話だったか?」


「あらハルト。それなら湖の反対側で畜産も盛んらしいわよ? このへんの草は質もよくって、肉の香りが違うんですって」


 話がズレていたらしいと思って応えた俺に、今度はファルーアがくすくすと笑う。


「えーっ、ここ肉もあるの? 俺、今日は肉がいいな!」


 聞こえていたらしいボーザックが意気揚々と振り返ると、前を歩くストーが肩越しに応えてくれる。


「今日は帝国宮ていこくきゅうで持てなしますから、肉も魚も食べられますよ」


「帝国――きゅう?」


 俺が聞き返すと、彼は帝都の左のほうを指した。


「はい。帝国の宮殿、つまりは皇帝の居城です。ほら、あのちょっと張り出した部分――あれがそうです。今日、皆さんをお連れします」


「――え、これから?」


 まだ上りきっていない太陽を振り仰ぎながら思わず返すと、グランが俺を見て顎髭を擦り……渋い顔で唸る。


「そういやハルトがアルヴィア帝国皇帝勅命の使者とかいうやつだったな……」


 いや、俺のせいみたいに言わないでほしいんだけど。


 むっと唇を尖らせて頭を掻くと、隣でディティアがぱあっと笑顔になった。


「〈爆風のガイルディア〉さんもでしたね!」


「…………」


 うーん、相変わらずのこの花が咲いたような笑顔。


 悔しいけどまだ俺はこの笑顔にさせられていない。


 グランとボーザックも苦笑している。


「そういえば先に町に来ているはずね。彼もその帝国宮ていこくきゅうにいるのかしら?」


 ファルーアが続けると、ストーは声を潜めながらかぶりを振った。


「いえ、皆様も覚えているかとは思いますが――帝国人は『冒険者』を嫌っています。〈爆風のガイルディア〉さんにもトレジャーハンター協会に行くようお願いしたので、まずはそちらで合流の予定を組みましょう。まだ昼前ですから、ちょっとだけ遺跡にもご案内しますね」


 ああ、そうだったな……ここに来るまでにも『冒険者』としての身分は隠せって何度も言われたし。


 俺はふうとため息をついて踏み出した。


「とりあえず行こう」


 ちなみに、話題に上がった〈爆風のガイルディア〉も『冒険者』だ。


 爆の字が付いた二つ名を持つ四人だけで『地龍グレイドス』を屠った、誰もが知る『伝説の爆の冒険者』である。


〈疾風〉の名付けを行った人でもあるから当然といえば当然なんだけど、凄まじい強さを誇る双剣使いなんだよな。


 ――そもそもトールシャには『冒険者』ではなく『トレジャーハンター』という職業があって、協会に申請すればなれるんだ。


 彼らはその名のとおり、宝を求め一攫千金を狙うことを目的としている。


 各地にあるトレジャーハンター協会では仕事を斡旋していて、戦闘専門と探索専門が組んで遺跡や未開の地を回ったり……便利屋みたいなこともしている印象だな。


 ちなみに俺たちはトレジャーハンターとして法を犯した者を裁く『裏ハンター』なるお役目も貰っていたりする。


 俺は再び帝都を見上げて、平原を駆け抜けてくる空気を肺いっぱいに吸い込んだ。


 ――しばらくは町と遺跡の匂いだけになりそうだしな。



本日2話目です。

昼と夜にも投稿予定です!


皆様、引き続きよろしくお願いします!

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