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逆鱗のハルトⅢ  作者:
19/77

狂乱の英断②

******


 そんなこんなで俺は皆と別れ、まずは応急処置用品の店を探す。


 薬が古くなってるからな……買い換えておきたかったんだ。


 人混みに紛れながら眺める市場には見れば見るほどいろんなものが売っている。


 すると店頭に並べられていた宝飾品がチカリと光を散らしたので、俺はふと視線を移した。


 そういえばディティアにブレスレットを買ったのも市場だったな……。


 思わず立ち止まりなんとはなしに掲げた左手に、ディティアと同じエメラルドが嵌まった腕輪が光る。


 これは俺がアイシャのハイルデン王マルベルからもらったものだ。


「…………」


 あげたとき嬉しそうだったから、たまには――。


「!」


 けれど俺はその考えが実を結ぶよりも先、宝飾品のなかに『それ』を見つけて息を呑む。


 ――並んでいるのは細い金細工の指輪だった。


 けれどその中央に飾られて紅く光っているのは――見間違うはずがない――『血結晶』だ。


 名札には『くず結晶の指輪』と書かれている。


 最初に血結晶を見たときにファルーアが『宝飾品としても人気がある』と言っていたのを思い出し、俺はふるりと体を震わせた。


 まさかとは……思うけど。


 どきどきと心臓が跳ね、俺はそっと手のひらにバフを練り上げて小さく呟く。


「魔力――感知」


 瞬間、ぶわぁっと全身の産毛が逆立つような感覚に思わず身をすくめる。


 あちこちに魔力を感じ、淡い光が見えるのだ。


 例えば、白い研究服の男女のポーチに。


 例えば、並んだ大きな壺に填まる石に。


 そして……俺は気付く。いや、気付かざるを得なかったんだ。


 研究服でもなければトレジャーハンターでもなさそうなローブ姿の男女が――眩しいほどの光をこぼれさせる革袋を持っていることに。


 ローブは男が紺色、女が深緑色のものを着ていて、袖と裾に細かな刺繍が施され生地も分厚い。


 ……かなり上質なものなんだろう。


 目深まぶかに被られたフードで顔はよく見えないけど……女のほうは胸元まである波打った赤茶色の髪がこぼれている。


 帝都にも貴族っていうのがいるとすれば、彼らはおそらく『そう』だ。


 俺はなんだか喉を捕まれたような息苦しさを感じて――それでもゆっくりと右足を踏み出す。


 確かめないと……あの革袋の中身がなんなのか。


 ……いや、駄目だ焦るな。


 あれが『紅い粉』じゃなければそれでいいんだ。


 皆を捜す暇もないし……せめてどこに持っていくかだけでも確認して、それからちゃんと調べよう。


 下ろした足の裏、硬い地面をブーツ越しに感じながら――俺はごくりと喉を鳴らした。


◇◇◇


 ローブ姿の男女は人混みのなかをすいすいと抜け、やがて人が疎らな通りに出た。


 気を抜くとすぐに建物の陰に隠れてしまう彼らを、俺は懸命に追い掛ける。


 魔力感知があるからあの光を追えばいいと思ってたけど、帝都特有の入り組んだ路地のせいでかなり難易度が高い。


 こんなときにフェンがいてくれたら楽なのにな……。


 俺は銀色の風――フェンリルの姿を思い出して思わず唇の端を吊り上げた。


 なんだかしっかりしろって言われたような気がしてさ。


 そうして幾度となく角を折れ、上ったり下ったりしながら近付きすぎないよう気を付けていたんだけど――。


「……あれ……」


 俺は誰もいない小さな広場で足を止めた。


 四方を建物で囲まれて薄暗く、観葉植物の巨大な鉢がいくつか置かれている場所だ。


 鉢に植えられているのは木……だろうか。


 太い幹は真っ直ぐ俺の背くらいまで伸びた先で、八枚のでかい葉を花のように広げていた。


 ……見失った……?


 咄嗟に手のひらを上げバフを練る。


 市場では邪魔になるから使ってなかったけど、ここならいいだろう。


「五感アップ! ……ッ!」


 瞬間、俺は『背後』から迫る気配を感じ、咄嗟に双剣の柄に手を触れて――。


 ――いきなり袋のようなものを被された。


『うぐ……!』


 鼻を通って肺に満ちる甘い香り――五感を上げた俺にとってそれは到底耐えられるものじゃなくて。


 しかも急激に四肢の感覚が遠のき、息を止めたけれど遅かった。


******


「……ハルト君、遅いね」


 不安げにあたりを見回すディティアの隣で、ボーザックは唇を湿らせてから呟いた。


「うん――」


 本当は「大丈夫だよ」と言いたかったのに、ボーザックは胸の奥に焦りのようなものを感じて言えなかった。


 彼らはいま『髭』と書かれた店の前でハルトを待っている。


 グランもファルーアも一度戻っていたが、ハルトが戻らないのを心配してふたり一緒にもう一度市場に出たところだ。


「……ねぇボーザック」


「うん?」


「知らない町だからかな……なんだかちょっと不安だね」


「……」


 買ったばかりのダガーをベルトに装着しているボーザックは、まだ慣れないその柄をそっと撫でながらゆっくりと空を見上げた。


 傾いた日は建物の陰に隠れてしまって、どこか肌寒い空気がふたりを包んでいる。


「ティア、ごめん」


「えっ?」


「ここは励ましてあげたいところなんだけど、俺も一緒みたい。なんだかこう……ざわざわするんだ」


「――なんだ、謝ることじゃないよボーザック。ハルト君が戻ってきたら文句言わないとね」


 ディティアはふふと笑ってエメラルドグリーンの瞳を細めてみせる。


 その優しい声音に、ボーザックは小さな笑みを浮かべて頷いた。


「それなら稽古のときにふたりで叩きのめしてやろう、〈疾風のディティア〉。きっと悔しがるよ」


 彼が左手の拳をそっと持ち上げると、ディティアはこつんと自分の拳をぶつけて首を縦に振る。


「そうしましょう。〈不屈のボーザック〉」


「へへ、楽しみだね」


 ――だからハルト、早く戻ってきてよ。


 ボーザックは心のなかで呟くと、茜色に染まりつつある空を再び見上げる。


 ざわざわと胸が掻き乱されるような不安は――消えてはくれなかった。 



22日分です。

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