狂乱の英断①
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漁師組合をあとにして俺たちはカタンという市場に向かった。
移動は馬車でもよかったんだけど、まだ時間もあるから徒歩を選ぶ。
人混みっていうのかな……それが久しぶりで懐かしいような気もするし、トレジャーハンター協会のシヴィリーも町を歩くことを勧めてたから丁度いいのかもしれない。
結局浮き袋は手に入らなかったし、それも買わないとな。
「……こう見ると本当に研究員が多いわね」
ファルーアは言いながら龍眼の結晶が嵌まった杖の石突きでコンと地面を打った。
確かに彼女の言うとおりで、すれ違う人が着ている服は白地の研究服が目立つ。
「……そうだな」
同意するまでのあいだにも数人とすれ違ったけど――まさか帝都で流行の服だなんてことはないだろう。
「ボーザックのダガー、どこかで見つけないとね」
ディティアがあたりを見回しながら言うと、ボーザックは笑顔を見せて頷いた。
「うん。……そうだ! ティアもあとで稽古に付き合ってくれない?」
「……も?」
ディティアがそれを聞いて、指先を右頬に当てながら首を傾げる。
濃茶の髪が彼女の頬を弾んで揺れたところで、ボーザックは胸元で両手の拳をガツンと突き合わせた。
「そう。ハルトは予約済みだからさ! でもその前に〈爆風のガイルディア〉と――」
「え! ガイルディアさんとも稽古するのっ?」
その瞬間のディティアときたら、表情だけでなく纏う空気にも色とりどりの花が咲く。
「あー。まだ予約はしてないんだけどね……?」
応えるボーザックが苦笑に変わるのを見た彼女は、慌てて両手で頬を押さえた。
「あ、あれ……?」
「ふふ。別に隠すことじゃないわよ、ティア」
ファルーアがくすくすと笑うので、俺も合わせて頷く。
「そうそう。そんな笑顔にしたいから頑張るってだけ。な、ボーザック?」
「えぇ……ハルトそれ俺に振る内容……?」
肩を落とすボーザックが呆れ声でこぼすと、先頭を歩くグランが振り返ってにやりと笑った。
「ま、ハルトのことは全員で頑張るしかねぇだろうよ」
……んん? なんで俺のことになるんだよ。
俺が顔をしかめるとディティアがふふっと笑う。
腑に落ちないけど、まぁ……笑ってくれるならいいか――。
――そんな感じで話しながら細い道を進んでいると、やがて一際賑やかな通りに出た。
「おお……」
思わず感嘆の声がこぼれる。
食料品、宝飾品、武具から日常使いの雑貨まで、ずらりと軒先に並んだ商品の数々。
建物の窓からは布や動物の革が垂れ下がり、どうやら中に入れるところも多いようだ。
店を構える人たちはどこか自慢げにどっしりと客を待ち、商品を探す客たちが商品を手に取っては尋ねている。
「へえ……想像以上に広そう」
「歩きにくそうだな、こりゃ」
俺が言うと、グランが唸る。
溢れんばかりの人でごった返す通りは勿論真っ直ぐではなく、途中で折れたり緩やかに曲がっていたりして全体を見通すことはできない。
これだけごちゃごちゃしていると必要な道具を探そうにもはぐれそうだ。
するとグランも同じように思ったらしく、すぐに俺たちをぐるっと見回した。
「――よし、各自買い物してここに戻ってこい。目印は――お、盾屋があるじゃねぇか!」
「あらグラン、浮気するつもり?」
「ばっ、人聞きの悪い言い方するんじゃねぇよファルーア!」
「あ、グランさん。それならあっちはどうですか? 髭って書いてありますよ」
「すげー! 本当に髭って書いてあるよグラン! 手入れ道具を手入れしたいって言ってなかったっけ?」
ディティアの提案にボーザックが笑うと、グランは顎髭を擦りながら笑った。
「おお、よさそうな店だな。確かに手入れ道具も手入れしてぇし……」
「じゃあ決まりだなグラン。あの店で待ち合わせにしよう」
俺がつられて笑うと、ファルーアが妖艶な笑みをこぼした。
「そうね。――私はちょっと魔法のことを調べたいから本屋に行くわ。遺跡の情報も集めておくわね」
「じゃあ俺は自分のダガーかな……」
ボーザックは悩ましい表情で腕を組んだ。
「――ねぇハルト、ティア。ちょっと見繕うの手伝ってもらってもいいかな……双剣ではないけど……武器のことって俺、あんまり自信なくて……」
「いや、俺も武器のことはさっぱりだからディティアに任せる。それに応急処置用品の補充したいから……浮き袋は俺が探してくるよ」
「私でわかるかなぁ……」
応えた俺にディティアは首を捻ったけど、ボーザックは大きく頷く。
「ありがとうハルト。ごめんティア、お願いできる?」
「うん。頑張ってみるね! 調査に必要な道具も集めちゃおうか」
聞いていたグランは皆に向けて大きく頷いて、右腕を振った。
「よし、決まりだな。俺は食糧の補充をしておく。解散!」
昨日のぶんです……
すみませんまちまちで……
よろしくお願いします!




