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逆鱗のハルトⅢ  作者:
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思惑の交錯⑨

 巨人族の年齢はよくわからないけど、とにかくでかい。グランよりもでかい。


 分厚い体を包むのはツナギと長靴が一体化したような胸元までの黒い服。その下にこれまた黒いシャツを着込み、袖は肘まで捲っている。


 日に焼けた腕は凄まじい筋肉で盛り上がり……うわ、足なんて馬の頭くらいあるんじゃないかな。


 真っ黒な髪と髭のあいだで爛々と光る紅い瞳は迫力だ。


「あぁー……面倒臭ぇことになったな。くそ、もうどうにでもなりやがれ」


 するとグランがドンと足を踏み出し、桟橋の真ん中で腕を組んで巨人族と対峙してくれた。


 臆さないその気概はさすが〈豪傑〉だ。


 俺たちもその近くに立って、ともに迎え撃つことを選ぶ。


「隠すつもりはねぇから真っ向から言わせてもらう! 俺たちは〔白薔薇〕――アルヴィア帝国皇帝からの要請で遺跡を調べにきたアイシャの『冒険者』だ! うちのハルトは皇帝勅命の使者でな、紅く光る魚の情報が知りたいんだが話してくれる気はあるか?」


「ぼ、冒険者――⁉」


 素っ頓狂な声を上げたのはフエルだけど、俺たちは無視して巨人族を見据える。


 くそ、グラン格好いいぞ! そうだよな、隠すことじゃないよな!


 知らず血が滾るというか……俺は口角を吊り上げてしまった。


「あアァ? 『冒険者』だぁ? はーん、あの魚は『冒険者』の仕業か!」


「あぁ? 勝手なこと抜かすんじゃねぇよ。俺たちは調査する側だ」


 グランが吐き捨てるように言うと、巨人族はもさもさの髭を巨大な右手でわっしわっしと揉んだ。


 普通に立っているだけなんだろうけど、はるか頭上から見下ろされる威圧感はたまらなく重い。


「ふん、信じられねぇな。帰れ、渡す情報はねぇ」


 けれど……ここで引くグランではなかった。


「……巨人族ってのはもっと偉大な存在だと思ってたが残念だ。俺の自慢の大盾を作ったバル爺さんは最高の巨人族だが、ありゃたまたまだったわけだ」


「――あアァ?」


「巨人族に誇りってもんはねぇのかってことだ。帝国人だろうが関係ねぇだろうよ。『冒険者』のなにが悪い? ま、勝手に聞きにきたのは俺たちだ。その紅く光る魚ってのがいなくなったら感謝しろよ? ――行くぞお前ら」


「おう」


 俺は一番に返事をして目を白黒させているフエルに視線を移した。


「フエル、その……申し訳ない。騙したつもりはないんだ。……それと『災厄』討伐のことだけど……砂漠の災厄のことだよな。なら俺たちが誰かわかると思うし弟に聞いてみてくれ。あと皇帝勅命の使者なのは本当だから」


「…………」


 フエルはなにも応えず唇を引き結ぶ。


 彼の弟が帝国兵なのかトレジャーハンターなのかは不明だけど、少なくともあの討伐で『冒険者』だからと蔑まれた覚えはない。


 きっと大丈夫、そう悪くは言われないだろう。


「俺たち浮き袋買えなかったねー」


「仕方ないわ。ほかを探しましょう?」


「カタンって市場にならきっとあるよボーザック!」


 すでに歩き出していたボーザックに応えるファルーアとディティア。


 それを横目にさっさと踵を返した俺の後ろ、地響きのような唸り声が聞こえたのはそのときだ。


「ぐうぅ……おい、待て『冒険者』」


「――なんだ?」


 巨人族の言葉にグランが半身だけ引いて視線を上げる。


 俺たちも足を止め、再び巨人族を見た。


「訂正しろ。巨人族は偉大だ。おめぇの盾を作ったのが巨人族なら――俺はその盾に敬意を見せなきゃぁなんねぇ」


「……」


 グランは無言で背負っていた大盾を下ろし、ふんと鼻息を荒げて見せ付けるように体の正面に持っていく。


 巨人族は上半身を屈めてその大盾をじっくりと見詰めると……おそらくは感嘆の声を洩らした。


「……これはなにかの骨だな。釣り針を作るのと質感が似てやがる――」


「聞いて驚け、彼の飛龍タイラントの角――その芯の骨から鍛え上げた逸品だ」


「飛龍タイラントだと⁉」


 眼をひん剥いた巨人族はグランと大盾のあいだを何度も視線で往復し、首を振った。


「まさか飛龍タイラントが討伐されたってぇのは本当だったのか⁉」


「おうよ。とどめを刺したのはそこのハルトだ。トレジャーハンター協会に問い合わせたって構わねぇぞ、その事実は揺るがねぇ」


「――確かに噂じゃ『冒険者』が討伐に成功したと聞いたが……嘘じゃあねぇんだろうな?」


「この大盾に誓って嘘じゃねぇ」


 きっぱり言い切るグランに、巨人族は今度こそ観念したようだ。


 まるで突風みたいなため息とともに言葉を吐き出した。


「……赤鎧だ」


「アカヨロイ?」


 グランが反芻すると、彼は眉を寄せて続ける。


「そうだ。紅く光る魚の魔物を俺たちはそう呼んでる。最近、帝国宮ていこくきゅうの下にある俺たち漁師じゃ入れねぇ水域でよく見かけるんだ」


「赤鎧ってグランみたいだな――」


 思わずこぼす俺に斜め後ろからファルーアの冷たい視線がぶち刺さる。


 ごめん。黙るから。


 そっと両手を上げて唇をつぐむと……巨人族はその巨大な腕を目一杯に広げてみせた。


「平均でこれっくれぇはある大物だ。あいっつら、前は湖全域に散らばっていた黒い魔物なんだが……どうもおかしい。あの水域に集まってるってぇことは、あそこは魔力の宝庫になってるってことになる」


 その腕が表す大きさときたら――やっぱり遺跡で〈爆風〉が狩った魔物に間違いない。


 赤鎧って呼び名も血結晶の光を見たからだろう。


 けど……魔力の宝庫だって?


「魔力を食べる魔物ということかしら?」


 気になったんだろう。


 すかさずファルーアが会話に交ざる。


「そうだ。あいっつらの好物は魔力たっぷりの海月くらげでな。……とはいえ赤鎧たちがどうして赤鎧になったのかはわからねぇ。おめぇら、それを調べるんだろう?」


「そうだね」


 ボーザックが深々と頷きを返すと、巨人族はもさもさの髭を再びわっしわっしと揉んでなにかを考えるような仕草をみせた。


「――もし赤鎧を倒したら骨を持ってきてくれねぇか」


「骨?」


 俺が聞くと、巨人族は言いにくそうに口をもごもごさせてから続けた。


「ちぃとな、あいっつらの骨が入り用なんだ……最近は帝国宮ていこくきゅうの下にしかいねぇから釣れねぇ。勿論金は払う」


「……ふぅん」


 視線を泳がせる巨人族に曖昧に返したものの……骨なんてなにに使うんだろう。


「釣具でも作るのか?」


 グランが言うけど、彼は小さく首を振る。


 ……といっても頭がでかいからかなり大振りに見えるけどな。


「ずっと前から取引してるところがあるんだが……この状況で納品できてねぇんだ。すまねぇがその先の情報は出せねぇ、信用問題だから勘弁してくれ」


 グランはそれを聞くと肩を竦めてみせた。


「――まあ持って来られたらな。過度な期待はしないでくれ、身を剥ぐだけでも相当な労力がいるだろうよ」


「それでかまわない。フエル、おめぇ店番に戻れ」


 巨人族はそれだけ言って話は終わりだとばかりに踵を返す。


 ギシギシと軋む桟橋の隙間から――水が跳ねては混ざり合うのが聞こえる。


 俺はそれをどこか遠くに感じながら――トレジャーハンター協会のシヴィリーが言うように、誰も彼もがなにかしらの思惑を心に留めている……そんなふうに思ったんだ……。



こんばんは!

いつもありがとうございます。

今日は出勤日だったのできっちり書き上がりました……どうなんだろうそれは。

よろしくお願いします!

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