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逆鱗のハルトⅢ  作者:
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思惑の交錯⑧

 すると頭全体を白いバンダナで覆った男性はスーッと笑顔を消し、翠色の目でじぃっと俺をめ付ける。


「紅く光る――魚だと?」


 その表情があまりに冷たいんで、俺は「うっ」と喉を詰まらせた。


 口調までがらりと変わるほどの敵意に、皮膚の表面がぴりぴりするほどだ。


 あれ、俺、なんかまずいこと言ったか?


「お前、何者だ? 見たところ戦闘専門か。――まさか『冒険者』じゃないだろうな」


「え……は? ぼ、冒険者……?」


 しかもその質問があまりに唐突だったんで、俺は間抜けな返事をして二度瞬きをする。


 おそらく男性は勘違いをしたんだろう――少しだけ表情を和らげた。


「いや、悪かった。こっちの話だ。――それで、なんで紅く光る魚のことを?」


「そいつは俺たちの連れだ、すまねぇな。おいハルト、お前――あれ出せ」


 そこにグランが来てくれて、でかい手で俺の肩を握る。


「……あれ?」


「そうだ。ありがたい紙切れがあるだろうよ」


 ありがたい紙切れって……あ、あぁー!


 俺はすぐに頷いてバックポーチを漁った。


 そのあいだもグランは会話を進めてくれる。


「あんた、ここの漁師か?」


「そうだ。あんたも連れと同じ戦闘専門か? そんな厳つい鎧なんて帝都では邪魔だぞ」


「っは! まぁそう言わないでくれ。強敵相手には欠かせねぇんだ。ところで遺跡調査に行くんだが、ここの浮き袋が最高だと聞いてきた。――情報ついでに見繕ってもらえねぇか?」


「グラン、あった」


 そこで俺は目当ての紙切れを見つけ出し、グランに手渡した。


 そのあいだにボーザックとファルーアも近くに来てくれている。


「ほらよ。こいつは『アルヴィア帝国皇帝勅命の使者』なんだ、相手にしても損はねぇだろうよ」


 グランはにやりと人の悪い笑みを浮かべ、俺の肩を叩いてから棚の向こうの男性へと紙を差し出す。


 あれには俺と〈爆風〉の名前……それから硬っ苦しい文章が記されていて、アルヴィア帝国の正式なものと思われる印が押されているんだ。


 言われるまで忘れていたし、こんなところで使えるとは思わなかったけどな。


「なんだと……」


 男性は腕を伸ばしてそれを受け取ると、さっと目を通す。


 どうでもいいけど、太い腕だな。グラン並みじゃないか?


 背はそんなに高くないけどやっぱり漁師だからなんだろう。


 すると読み終えたらしい男性は驚いたように顔を上げた。


「――おい、ちょっと待て。お前たち『災厄』とかいう魔物の討伐に参加していたのか?」


「え? ……そうだけど」


 思わず答えると彼はいきなり破顔した。


「なんだ早く言え! あの討伐には俺の弟も参加していたんだ。少し前に帰ってきたんだが、そりゃあすごい戦いだったらしいな……さぞや大変だったろう。しかも皇帝の勅命だなんて、実は帝国兵かなにかか?」


「……あぁ、いや。帝国兵じゃねぇよ」


 下を向いて首を振るグラン。


 ファルーアが後ろで小さくため息をこぼしている。


 ボーザックは「あはは」と渇いた笑いをもらし、ディティアも苦笑だ。


 本当は堂々と『冒険者だ!』なんて名乗りたいところだけど、お気に召さないみたいだしな……この人。


 考えてみたらここまで『冒険者』に対して嫌悪を露わにする人を初めて見たかもしれない。


「とりあえず紅く光る魚だな。皇帝勅命なら納得だ。失礼な態度は浮き袋を進呈するから相殺してくれ。棚越しじゃなんだな……こっちだ」


 男性はそう言うと右手の親指で自分の後ろを指しながら踵を返して歩き出す。


 俺たちは目配せをして――彼のあとに続いた。


 ――『冒険者』だってことを隠すのは嫌だなーなんて思うのは……たぶん俺だけじゃないはずだ。


 わかってはいたつもりだったけど。


******


 男性の名はフエル。


 アルヴィア帝国帝都で漁師をしている彼は背は小さいが筋骨隆々、日に焼けた肌に大きな翠色の瞳を持っていた。


 白いバンダナを外せばその下には緩やかに波打つ赤茶色の髪。太い眉も同じ色をしている。


 案内してくれたのは店の裏手――つまり漁師組合の建物の向こう側で、岩肌に細い道がジグザグと続いた先に桟橋が伸び、大きな船が停泊していた。


「……師長!」


 フエルが桟橋を軋ませながら船に向かって大きな声で呼び掛けると、船の上から髭がもさもさに生えた巨大な男性が顔を出し――って、でかっ!


「うわ、もしかして巨人族? 俺、久しぶりに見たー」


 ボーザックが呟いてからぽかんと口を開けて見上げるけど――お前が久しぶりなんだから俺だって久しぶりだぞ。


 最後に見たのは俺たち〔白薔薇〕の装備を鍛え上げてもらった鍛冶師の町だからな。


「あアァ? なんだ騒々しい! フエル、おめぇ店番はどうした!」


「アルヴィア皇帝勅命の使者が来たんだ! 紅く光る魚のことで!」


「――あアァ?」


 髭がもさもさの巨人族はそこで俺たちを視界に捉え、でかい目を眇めた。


「皇帝勅命だと? はーん、やっぱりあの魚は研究所の実験かなにかなんだろう! ふざけたことしやがって……おめぇら! ちょっとそこで待ってろ!」


 俺はドシドシと船の中へ消えていった巨人族を見送ってからグランに向き直った。


「え、なんか怒ってないか?」


「あぁ? 俺に聞くんじゃねぇよ……」


 グランは唸って顎髭を擦り、


「はぁ……。説明を聞いてくれる相手だといいわね」


 ファルーアが憂いを帯びたため息とともに金の髪を払う。


「うーん。ハルト君、精神安定バフとかどうかな?」


 ディティアが眉を寄せて懸命に提案してくれたけど、


「いいね、それ! 俺ティアに賛成」


 ボーザックがからからと笑った。


「いやそれ――効果なかったら余計怒らせるよな」


 俺が深々と息を吐き出して頭を掻いたところで、巨人族が船から桟橋に下りてくる。


 ぎしぎしと大きく軋む桟橋に……底が抜けるんじゃないかと不安になるくらいだ。


「おめぇらどこの誰だ! 名乗れ!」


 怒鳴りながら迫り来る巨人族に道を空けるため桟橋の端に寄ったフエルは、首を竦めて苦笑した。


「声は大きいけど気のいい漁師なんだ、あとは頑張れよ!」


「が、頑張れって言われても」


 思わず返し、俺は向かってくる巨人族に視線を移す。


 ――帝国人は丸投げする奴ばっかりなのか?


平日に更新がうまくできなかったので休日ですが更新です。

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