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逆鱗のハルトⅢ  作者:
15/77

思惑の交錯⑦

******


 二頭立ての小型の馬車は御者を除いてふたり乗り。


 グランだけひとりで乗ってもらって、俺とボーザック、ディティアとファルーアで一台ずつに別れ、まず漁師組合に向かう。


 座る場所は『帝都を象徴するかのような赤茶けたレンガ色をした大きな椅子』って感じかな。


 頭上に屋根が張り出していて車輪は四個。乗り心地は悪くない。


 頬を撫でる雑多な香りを含んだ風とガラガラと回る車輪の音が心地よく、俺は人が行き交う通りを眺めていたんだけど――。


「…………」


 俺の左側――目を閉じたまま無言の大剣使いがどうしても気になるわけで。


「…………」


「おい、大丈夫かボーザック」


「……どう、だろう……」


「精神安定」


 俺はすぐにバフを練り上げて投げてやった。


 ボーザックは乗りものに弱いんだよな……そのくせ怪鳥に乗って空を飛んだときは元気だったけど。


「……うぅ、ありがとうハルト……」


「この馬車でも駄目か、お前も大変だな」


「はぁー……いつもよりはマシな気がするけどね。……うん、落ち着いたみたい」


 ボーザックはそのまま大きく深呼吸を挟むと、黒い瞳を俺に向けて「そうだ」と続けた。


「ねえハルト。あとで稽古付き合ってくれない?」


「ん? ――いいけど、どうした?」


「ダガーの感覚、掴んでおきたくてさ」


「あぁ、遺跡のためか。大剣の間合いとは違いそうだよな」


「うん……俺、広い空間でしか戦ったことないから。でも足手纏いになりたくないじゃん」


 そう言うボーザックは右手を上げるとぎゅっと握って、真剣な表情で言葉を落とす。


 俺は頷いて、自分の左手をボーザックと同じようにぎゅっと握ってから差し出した。


「足手纏いになんてさせるわけないだろ。俺のバフ、舐めんなよ?」


「! へへ、そうだったね『最高のバッファー』!」


 ボーザックは顔を上げてにっと笑うと、俺の左手に自分の右手をごつんとぶつける。


 俺もにやりと笑ってみせてから、ふと口にした。


「――そういえば〈爆風〉がいるし……久しぶりにふたりでやってみるか?」


 思えばずいぶん昔のことみたいに思えるけど……あれはこのアルヴィア帝国の研究都市ヤルヴィでのこと。


 俺とボーザックは〈爆風のガイルディア〉に稽古を付けてやろうと言われ、一撃も入れることができないままボコボコにされたんだ。


 俺たちの正義がなにか……それを貫くには自分たちが弱すぎること――そんな現実を突きつけられたあの日を、俺ははっきりと思い出すことができる。


 ちらとボーザックを窺うと、俺と同じようにどこか遠くへと思いを馳せているようだった。


「やろう、〈逆鱗のハルト〉。いまの俺たちでも敵わないと思うけど……進歩はしてるって信じたい、俺」


 俺は呼応するようにしっかりと頷いてから……「あ」と声にした。


「それだとお前、ダガーの稽古できないな」


「うわ! 本当だ! じゃあダガーの稽古してから――いや、やっぱり〈爆風のガイルディア〉とやるなら万全の状態がいい……あぁもう、ハルトどうしようー」


 うん、どうにもならないな!


******


 大きなというのは生温いほど巨木のような釣り竿が飾られた建物。


 そこが『漁師組合』だった。


 鉄板のような金属でところどころが補強された不格好な見た目は――なるほど、屈強な漁師には似合いの造りなのかもしれない。


「ここ、お店なのかな」


「釣り道具は売っているみたいだわ。看板が出ているし」


 ディティアが振り仰ぎながら言うと、ファルーアが髪を手櫛で整えながら応えた。


「釣りか――」


「グラン、目的を忘れないこと」


 思わずといった様子でこぼしたグランに、ファルーアが続けてぴしゃりと言い放つ。


「お、おぉ。……わかってるよ」


 グランは渋い顔で顎髭を擦って右足から一歩踏み出した。


「よし。とりあえず組合員を捜して情報収集だ。……ちょっとくらいなら見てもいいよな?」


「もう……仕方ないわね。情報が手に入ってからよ?」


 ファルーアが呆れたように返し、ディティアが隣でくすくすと笑う。



 ……そんなわけで俺たちは漁師組合の建物に入ったんだけど、これがまた壮観。


 かなり広い空間にはお客らしき人も多く、ずらりと並んだ棚には百本じゃ足りないだろう数の釣り竿が置かれ、様々な釣り用品たちがこれでもかと主張してくる。


 壁には大きな魚拓がいくつも飾られていて、その大きさと言ったら――グランを三人は丸呑みできるかもってくらいでかい。


「す、すご……あんな魚どうやって釣るんだろ」


 ボーザックが右へ左へと視線を移すのを横目に、俺は釣り糸の並んだ棚に歩み寄った。


 目に付いたのは銀色に光る太い糸で、手のひらほどの丸い筒に幾重にも巻かれている。


 ずいぶん太い糸だな。なになに……グルガンイータ糸……?


「お客様、釣り糸をお探しですか? それはグルガンイータから採取した天然糸てんねんしで、程よい伸縮性と強度を備えた……」


「うわ!」


 そこでいきなり棚の向こう側から話しかけられて、俺は思わず仰け反った。


 棚は俺の胸の高さくらいなんだけど、丁度顔が見えるくらいの男性が急にこっちを覗き込んできたのだ。


「ハルト君、大丈夫⁉」


 俺の様子に気付いたディティアが小走りで来てくれたところで……男性は申し訳なさそうに後ろ頭を掻いた。


「すみません、驚かせてしまいました。……えぇと、グルガンイータは巨大な蜘蛛型の魔物で……」


「――く、蜘蛛――⁉」


 それを聞いたディティアが俺と男性を交互に見て、そろりと後退る。


「あー、大丈夫。この糸の話だから」


 慌てて付け足してあげると、彼女はそれでも小さく首を左右に振って不安そうな顔をした。


 うん。この話はやめてあげるのが賢明だろう。


「えぇとごめん、お客というか……ちょっと情報が欲しいんだ。紅く光る魚の話、知らないかな?」


 俺は苦笑して、棚の向こうの男性に肩を竦めてみせた。



17日分です。

ちょっと過ぎちゃいましたが!

よろしくお願いいたします。

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