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第1話 異界の勇者と醜い少女





「はーっ! はーっ!」


 大きく息を吐いて呼吸を整える。

 役目を終えた聖剣が根元から折れて光へと還っていく。

 体中にべっとり付着した魔王の青黒い血液が宿敵の死を伝えてくる。


「これで……帰れる……」


 ようやく全てを終わらせた勇者の少年はもう動くことのない魔王を感慨深く見ていた。

 今更生き物の死に心動くようなこともない。

 地球への帰還を望んでいた少年。

 陰口も、政治も、女も、悪意に塗れた面倒ごとがようやく終わった。

 これで解放される。

 居心地の悪かったこの世界にはもはや何の未練もない。

 ただ帰りたいから頑張った。

 今の感情はそれだけだ。

 報酬をたんまりもらって故郷に帰ろう。

 一生遊んで暮らしてやる。


「っはは」


 笑みが零れる。


「っ……痛たたっ」


 折れた脇腹の痛みが伝わってくる。

 その場に座り込み回復魔法で体を治していった。

 ボロボロの布きれになった服を脱いで収納スキルから新しい服を取り出す。


「んぐ……ぷはっ」


 ポーションとマジックポーションを取り出して一気に飲み干した。

 一息つく……すると少年の懐から一枚の鑑定紙がひらりと落ちた。

 それを拾い上げて仕舞おうとして……いや、と。

 少年はもう使うことはないだろうと魔力を込めた。

 

 

―――


 シノハラ・ユウト


 筋力 A


 耐久 S


 耐性 S


 敏捷 S


 魔力 S


 スキル 魔力眼Ⅴ 収納Ⅲ 空間鑑定Ⅴ 言語理解Ⅴ 練度上昇Ⅳ 経験値増加Ⅲ 魔力強化Ⅲ 全属性魔法Ⅳ 肉体強化Ⅳ 武術Ⅴ 剣術Ⅴ 転移Ⅱ


―――



 本来Ⅱが一つあるだけでも重宝される。

 我ながら随分強くなってしまったものだと苦笑した。

 これまでの旅を懐かしむように最後の鑑定紙を確認するとそのままくしゃりと握り潰した。

 放り投げるとゆっくりと燃えて灰になる。

 鑑定紙が燃え尽き虚空に消えたのを見た少年は、体を起こす……その瞬間―――


「ん?」


 魔法陣が発動した。

 この世界に来た時と同じ異空間を渡るための。

 しかし、少年は違和感を感じた。

 魔王を倒せば役目を果たして送還される。

 そう聞かされていた。

 しかし、それも望みのタイミングでと言う話だったはずだ。

 なぜいきなり発動したのか。

 誤作動?

 魔法陣を解析して中断しようとする。

 せめて褒美くらいは受け取らなくては。

 それに魔王の討伐を伝える責任もある。

 だが―――


「王家の宝玉が媒介……? キャンセル不可? いや、その前にこの術式って……」


 咄嗟に勇者であることを証明する王家の宝玉の嵌った指輪を外そうとする。

 外せない。

 やばい……!

 そう思った瞬間少年はその場を飛びのいた。

 その動きに魔法陣は反応して少年の半身を拘束する。

 ああ……なるほど、と。

 少年は思った。


「騙―――」













 ぽちゃんっ。


 湖に投げ入れた小石が音を立てて波紋を広げる。

 水音がどこまでも虚しく空間に響いた。


 湖と同じ青い瞳で少女は湖面を覗き込んだ。

 純白の髪色。

 反射する光によって銀色にも見えるそれをやや短めのロングにまで伸ばした少女が自分の顔を見る。

 スッと通った鼻筋。

 シミすらない白い肌。

 折れてしまいそうな細い手足。

 胸だけが豊満に膨らみ腰は細くくびれている。


(なんて……醜い……)


 一度だけ女のエルフを見たことがある。

 とても醜悪な見た目をしていた。

 だが……それでも自分よりはマシだった。

 

 村ではいないものとして扱われていた。

 村人の誰もがいないものとして扱う少女。

 両親でさえも目を合わせようとはしなかった。


 銀色の少女は過去を思い返す。

 子供の頃の話だった。

 道端に落ちていた絵本を読んだのが最初だった。

 物語に出てくる恋愛が大好きだった。

 女の子が王子様に優しくされるシーンでとてもドキドキしたのを覚えている。

 夜が更けるまで中々眠れなかったのを覚えている。

 自分が物語の中で王子様に頭を撫でられるところを想像しただけで胸が切なくなった。

 男の人と触れ合いたい。

 そんな浅ましい願いを分不相応にも願ってしまった。


 村を出れば何かが変わると思っていた。

 何も変わらなかった。

 化け物だと言われ討伐されそうになる。

 道を尋ねた人間に怯えられた。

 自分の姿を見た子供に泣かれる。

 素材の買取で値引かれる。

 すれ違っただけで舌打ちをされる。

 ほとんどのお店で門前払いになる。

 

「………ッ」


 胸の痛み。

 ズキン、と。

 あまりの痛みに涙が滲む。

 

 人並みなんて望まない。

 不細工でもいい。

 それでも、誰か一人くらいは自分を嫌わない容姿に生まれたかった。


「神様……私はとても醜い女です……」


 か細い声。

 羽虫の鳴くような今にも消えてしまいそうな独白。

 誰も答えない。

 ただ風が木々を揺らす音だけが耳を伝う。


「私の……魂は……どんな大罪を犯したのでしょうか……」


 誰も答えない。

 静寂だけが支配する。


「私はなぜ……生まれてきてしまったのでしょうか……」

 

 誰も答えない。

 何も聞こえない。


「私は生きていても……いいのでしょうか……」


 誰も答えない。

 この場には彼女しかいない。

 彼女だけしか、いない。


「私も……」


 誰も答えない。


「誰かに愛してほしいです……」


 誰も答えない。

 

 そのはず、だった言葉―――


「うぉわあ!? え、地球? 成功? って、あああ、スライムいるぅっ! 失敗してるうう!! あんの腹黒王族うううう!!」


 そんな騒がしい言葉で。

 とても賑やかな少年の登場が。


「え……?」


 美醜逆転世界の女冒険者ニーナと。


「くっそぅ! 全部終わったらポイ捨てとか! 性格悪すぎでしょ騙されたあああああ!! せめて送還しろおおお!!」


 異世界の勇者篠原悠斗との。



―――邂逅だった。






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