ネト家の父達 その3 ネト・ウヨトの場合
トゥルル
「はい、もしもし」
うろ覚えの番号だったが、なんとか目当ての人物が出てネト・ウヨトは安心した。
「よ、よかった、つながった」
「どちらさまでしょう?」
「お、オレだよ、オレオレ」
「なんだオレオレ詐欺か」
「さ、サヨコー!父の声を忘れたのか!」
「ああ、ネト・ウヨトさんですか」
「何で、そんな他人行儀なことを言う!実の父に向かって」
「はあ、父?私が中学のときオキナワへの修学旅行のお金出してっていったら、そんな”ハンニチ勢力のところには行かせん!”とか言って、旅行費用くれるどころか、家に監禁したよね、おかげで後で散々からかわれたわよ」
「そ、それは、学校がいけないんだ、オキナワ戦の体験者の話なんて聞かせるって言うからだ。ニホン人を貶めるなんてフツーのニホン人ではない」
「貶める?本当のことを聞くだけだよね。あ、そーいえばアンタが支持するアベノ総理ってジモノセキ市の市長選で、対立候補のコガカさんへの中傷ビラをヤクザにビラまかせたんだって。で、お礼をケチって事務所に火炎瓶投げ込まれたんだってね。難癖つけて下請け虐めてたアンタみたいよね。卑怯なヤツは卑怯な嘘つきが好きなのね」
「な、何を言う!そんなフリージャーナリストの与太話を信じるとは。ニホン人なら総理のアベノ様のほうを信じるべきなんだ!お前、大学なんぞに行くからサヨクに」
「そういう、学問を軽視するアンタみたいな人がいるから、ニホンの研究分野は下がりっぱなし。修士も博士も論文も少なくなって韓国より下なんだからね!」
「お、お前、大卒で就職したからといって父を馬鹿にするな!」
「するわよ。電話してきたのは、ヨヨメイとかいう奴に騙されて弁護士さんに懲戒請求送って返り討ちにあったからでしょ。業務妨害の損害賠償請求されたそうじゃない。懲戒請求送るのに、私の名前まで使ったわね、いきなり裁判所から書類が届いて慌てたわよ」
「し、知ってるのか。なら助けてくれ、頼む。百通以上送ってしまったおかげで、裁判費用やら何やらで借金が、サ、サラ金にもー」
「それで住んでる家も抵当にいれたってわけね、全く。お生憎様、もう私はアンタとはなんの関係もないのよ」
「嘘だ!ニホンの神聖な家族の縁が切れるわけは」
「私、ショウジキ小母様の養女になったの、だからアンタとは何の関係もないわけ」
「ど、どういうことだ!」
「だーかーら、戸籍変えたの、弁護士頼んで、裁判所行って。懲戒請求の件で流石に私も堪忍袋の緒が切れたわ。アンタの今までやってきたことを書いた日記と懲戒請求の書類を見せたら、弁護士さんも裁判所も納得してくれたわよ。まあ、お母さんが死んだ後だったのが不幸中の幸いだわ」
「よ、よりにもよって、ハンニチのショウジキの娘はないだろう!いくら母さんの友人だからって」
「ああ、義理の母だからよ、ショウジキ小母様の息子のコウセイさんと結婚したの、私」
「お、オレは知らんぞ!」
「知らせるわけないでしょ、昔からアンタはコウセイさん嫌ってたもんね。彼、アホなアンタとは大違い。ワカタ大で国際大運動会の無茶な運営振りを批判したのに、外資系の大手に就職できるぐらいだし」
「ふ、ふん、父さんは会社の社長だぞ」
「元でしょ、実務は全部、お母さんがやってたからね。お母さんが死んでから、会社の経理は滅茶苦茶、従業員さんも呆れて辞めちゃって、それも借金の原因でしょ」
「ううう、な、なんで、死んじゃったんだー、母さーん」
「アンタが無茶ばっかやって心労かけたせいよ。とにかく、アンタとは関係ないの!あ、サラ金の人にはお母さんのお位牌だけは私が引き取るからって、言っといたから。安心してよね、ネト・ウヨトさん」
「お、おい、サヨコ、サヨ」
ツー、ツー。
電話はすでに切れていた。
「ぬぅ、やはり名前が悪かったか。サヨコでなくウヨコにしていればよかった」
ウヨトは一人、スマホを握り締め後悔をかみ締める。が、思いに浸るまもなく、インターフォンが鳴り響く。
ピンポーン、ピンポーン
「ネトさーん、ネト・ウヨトさーん、今日こそはお金返すか家をもらうかですよー」
借金取りの無情な声。ウヨトに選択肢はなかった。
「ありがとうございましたー、またお越しください」
「また、は無いんだよなあ。はあ、もう、財布に小銭しか入ってない」
ウヨトはリュックを背負い、力なく漫画喫茶を後にした。
あれから一月。家を追い出され、ウヨトは頼る知人も親戚もなく、ネットカフェやカプセルホテルを点々としていたが、所持金も尽きた。公園のベンチに座ってぼんやりと考える。
「サラ金からなんとか隠してた貯金も空か。これからどうすれば、いいんだ」
ウヨトはため息をついた。
ホームレス同然の身の上でも、困ったときには貧困対策NPOだの、人助け大好き野党、共産ニッポンやら自由大事だよ党だのを頼るという方法もあるのだが、熱烈なアベノ総理信者のウヨトは、アベノ総理の敵、野党にはなにがなんでも世話になりたくなかった。
「今夜はこの公園にでも泊まるか、ん?」
クン、クン 美味しそうな匂いがする。
「た、炊き出しか」
公園の一角に一台のバンが泊まっており、人々が集まっている。次第に炊き出しを待つ列ができた。ウヨトもその列に近づいたが、
「ヤマダノが炊き出しだとおお、くそ、炊き出し議員の話は本当だったのか」
プラスチックの椀に手際よく汁を盛り付け、人々に配っているのは自由大事だよ党のヤマダノ議員、アベノ総理の天敵の一人だ。
「や、ヤマダノの施しなんか、し、しかし」
グゥウウ
腹の虫は容赦なくなり響く。背に腹は、いやしかし、ウヨトが迷っていると
「おい、あれ」
炊き出しスタッフの一人がウヨトを指差す。
「あ、あいつアベノ支持者のネトキョクウじゃないか」
「ヘイトデモやってた奴だろ、リンさんに暴行したヤツじゃないか」
し、しまった。ウヨトは慌てた。以前、参加したザイニチ特権反対デモで、ヘイトデモ反対を掲げるプラカードを持った女性をカッとなって突き飛ばし、逃げてしまったのだ。
「うわわ」
ウヨトは急いでその場を去ろうと急に向きを変えた。
ガツ、
側にいた老人にリュックが当たり、老人がひっくり返った。
ズルっと派手に転んだ老人をみて、先ほどの男が怒鳴り声を挙げる。
「おい、ネトキョクウのヘイト野郎、ジイさんに何するんだ」
男達が騒ぎ出した。ウヨトが逃げようとしたが、
「まてよ、今度こそ逃がさないぞ」
男の一人に腕をつかまれた。
誰か警察を呼んだのだろう、ピーポー、ピーポー という音が聞こえてきた。
「それで、名前はナンデスカ?」
「ネト・ウヨトです」
あの後、警察署に連れて行かれたウヨトは事情聴取を受けた。
「ソレハ、アナタの名前ではナイデスヨネ」
警察に最近、導入された犯罪取調べ専門のAI警官が淡々と言う。
「ネト・ウヨトとアナタが言った住所と名前と生年月日の人は他に存在シテイマス。本人確認、マイナンバー確認も済んでイマス」
(しまったああ、金がいるからってマイナンバーカード売ってしまわなきゃよかった)
ホームレスになって職もなく、金になりそうなものは全部売った。もっとも金目のものは娘名義の口座以外すべて借金のカタにとられていた。残るは非合法だが運転免許に保険証にそしてマイナンバーカード。
「カード売っちゃったんで、なりすまされたんですうう」
「それ違法デス。犯罪デス」
「だ、だからカードのヤツは本物じゃないんだ。き、きっと不法滞在とかの外国人なんだ!」
「アナタの言うことが真実だと仮定スルト、それをどうやって証明シマスカ」
「えっと」
「デハ、アナタがネト・ウヨトさんだと証明できる人はイマスカ?」
(む、娘は、駄目だ、縁を切られた。両親は死んだし、従兄弟たちもオレがアベノ総理支持者のネトキョクウだって嫌がってるし。母さんの親戚とは付き合ってないしな。従業員は、”連絡しないでください”って言われたんだあ、あいつら全員一斉にやめて会社つくるとは、しかも中国と提携しやがって。友人は?学生時代の奴らは音信不通だし。母さんが死んでサヨコが出て行ってから、隣近所の付き合いはないし。アベノ支持者の仲間も懲戒請求の件で連絡が取れなくなったし、そうだ)
「す、すみませんガース官房長官かハギュウダン幹事長代行をお願いします」
「官房長官と幹事長代行デスカ、ただいま照会中、照会中」
AI警官はネットにアクセスして、何やら情報を探している。
「検索終了、検索終了。通達が出テイマス。”民間人からの官房長官、幹事長代行への取次ぎ要請はすべて排除”」
「は、排除って」
「取次ぎデキマセン」
「な、なぜだああ。オレは政府の、アベノ総理のために働いてたんだあ。か、家族も仕事も犠牲にし総理に尽くしたんだあ、その功績を認めてくれたっていいじゃないか!」
用済みになったら無視、放置、廃棄。あまりの仕打ちにウヨトは叫んだ。
「ソノヨウニ、御主張なさる方が多いので、このような通達を出した、トイウコトデス」
「ガース長官やハギュウダン幹事長代行が仰る事、その意向を忖度してきたのに」
「ソレハ、ご自分で判断され、やったことデス。自己責任デス」
自己責任、ウヨトがさんざサヨクだの弱者に吐いてきた言葉が、今まさに自分に向けられていた。
「ドウサレマスカ、偽ネト・ウヨトさま」
偽、そういわれてウヨトは怒りだした。
「偽じゃない、オレは本物のネト・ウヨト、本物のニホン人だ!」
顔を真っ赤にして大声で喚くウヨトに、警官は静かに尋ねる。
「デハ、どのように証明シマスカ?本物のニホン人デアルコトヲ」
証明、証明。マイナンバーカードを使われているなら、戸籍や国籍はすでに成りすましに変えられている。
「ニホン人の証明、ニホンの伝統を知っているとかってことなのか?」
ニホンの伝統芸能、たとえば茶道、華道、香道、俳句、囲碁、将棋などといった芸事、習い事などをウヨトはやったことがない。鎌倉彫など工芸的な技術も身に着けていない。
神仏関係は?ダメだ。仏事は妻にまかせっきりで自分の家の菩提寺にさえ、足を運んだことがない。自分がどこの神社の氏子だったかすらも知らないのだ。
もっともニホンの伝統芸能やら伝統的宗教行事などを知っているからといって、ニホン人の証明になるのか。ニホン人云々と主張しながら、ニホン人って何なのか、何がニホン人である証明になるのか、ウヨトは考えたこともなかった。
「DNA鑑定シマスカ?シカシ、ニホン人は中国などの東アジア系との共通の遺伝子を多く持ってイマス。ニホン国籍を持つ近親者が名乗りデマセント、中国、韓国人と完全に見分けるノハ難しいデス」
「ニ、ニホン人って何なんだ…」
警官の言葉を聞いているのか、いないのかウヨトはいつまでも呟いていた。