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魔物屋本舗  作者: 半熟 せんべい
2/2

アルラウネの井戸端会議

今回のお題は、アルラウネ。

植物型の魔物です。

今回も一話完結ですが、少し長めとなります。

 アミータ・パクシスは、自他ともに認める『オバちゃん』である。

 年の頃は40歳手前。

 見た目もまた、いかにもオバちゃんだ。

 良くいえば『ふくよか』であり、ありていにいえば『小デブ』だ。


 だが、決して怠惰な女ではなかった。

 一歩下がって夫を立て、要領よく家事をテキパキとこなす。

 とても有能な主婦であった。


 子供は二人。


 長男のカラッテは、今年で12歳になる。

 彼は利発で、しかも器量が良かった。

 それゆえ、領主の目に止まり、7歳の時に小姓見習いとして、城に召し抱えられた。

 小姓見習いは、城で教育が施されることになる。

 そこで適正が測られ、それぞれ進む道が分かれるということだった。

 道が分かれるのは12歳になった時。

 つまり、今年であった。

 場合によっては、栄誉ある道が閉ざされ、生家に戻されることになるが、

 そうでなければ、将来は約束されたようなものだ。

 否が応にも、息子の将来に、アミータの胸は期待で熱くなる。


 長女のベレットは、利発とはいえないものの、穏やかで素直な娘だった。

 言い方によっては愚直ともいえるほど、ひどく従順な性格をしていた。

 ベレットは9歳であったが、よく家事を収め、驚くほど働き者であった。


 長男は家におらず、長女は家のことをよく手伝う。

 そして、アミータ自身は有能な主婦。


 それゆえ、アミータとてもとても、暇だった。


 ***


 朝起きて、朝食を作り、夫を送り出す。

 いつもと変わらぬ朝に、アタシは感謝する。

 神に?

 アタシは、神が何処にいるかどうかは知らないし、

 何をしてくれているのかも知らない。

 幸せは、自分で努力して掴むものだと思っているから、

 誰に向かって感謝しているのかは、実のところ、自分でもよくわかっていない。

 だけど、平和な日々を送れていることが嬉しく、

 なんとなく、ありがとうと言いたくなるのよね。


 夫は、穀物を扱う商家に雇われていた。

 取り立てて稼ぎが良いわけではないけれど、家族想いの出来た夫だと、アタシは思う。


 悪くなった麦などを、ちょくちょく働き先から貰ってくるから、

 我が家の食糧事情は、何気に明るい。

 だから、アタシも夫も太っているのだ……と思う。

 長女のベレットも年頃になれば、きっと肉付きが良くなってくるだろう。

 今は細っこいけれどね。

 長男はどうだろうか?

 領主様のお城で、美味しものをたくさん食べられていると良いんだけれど。


 朝、夫を送り出した後は、小さな畑の世話をする。

 この畑は、自分たち用。

 商売で作物を作っているわけではない。

 洗濯や掃除は、娘のベレットが、その間にやってくれていた。

 特に強制しているわけじゃないけれど、本人が楽しそうにやっているのだから、

 アタシに止める理由はない。

 本音をいえば、外で元気に遊んで欲しかったりもするけれど、

 何が楽しいかは、人それぞれだと思う。


 畑の世話が終わると、アタシはもう、いよいよやることがない。

 夫には弁当を持たせているし、

 朝食と一緒に、アタシと娘の分の昼食は作り置いてある。

 日が傾くくらいまでは、ほとんど自由時間だといっていい。


 アタシも外に働きに出る、ということを考えたことはあるのだけれど、

 夫に止められた。

 妻を働かせなければ生活が出来ない、と周りに思われたくないらしい。

 気持ちは理解できなくもない。

 アタシも、夫の矜持を傷つけたくはないしさ。

 だから、とてもとても暇なのだ。


 仕方ないから、街の中をプラプラしたりしている。

 いや、違うね。

 街を散策するのは、アタシの趣味なのだ。

 アタシはいつでも、噂話のタネを探しているんだ。


 どこぞの商店で、安い商品があっただの。

 街に腕利きの冒険者が来ているだの。

 といった、多少は有用な情報から、

 やれ、どこそこの夫婦が喧嘩していた、だの。

 どこそこの家の奥さんが、若い男を連れ込んでただの。

 なーんて、下世話な話まで。

 噂の種になるならば、何でもいい。

 アタシは、そんな種を収穫して、

 奥さん連中との井戸端会議で花を咲かすのだ。


 そうしてアタシはいつも、井戸端会議の中心にいた。

 下種で矮小だけれど、それがアタシの矜持だったりする。

 別にいいじゃないか。

 井戸端会議は、アタシを語り部にして、とても盛り上がっているんだ。

 それがアタシは楽しいのだし、皆も楽しんでくれているんだからね。


「アミータさんは、ほんと、地獄耳よねぇ」

「アハハハ! この街にアタシの知らないことはないんさ」

「毎日、新しいお話を聞かせてもらって、本当に楽しいわ」

「そうかい? アタシも皆と話せて楽しいよ」


 今日も、日頃からつるんでいる奥様連中が、アタシを持て囃してくれる。

 フフフ。

 アタシはさながら、この一体の奥様連中のボスみたいなものになっているんだ。


「本当にねぇ。アミータさんの早耳はちょっと恐いくらいだわ」


 ま、もしかしたら、本音はソコなのかもねぇ。

 アタシと仲良くしないと、今度は自分が噂話のネタにされるかも知れない。

 そんな恐れが、彼女たちの心には、あるんだろうね。

 皆に信頼されているから、ボス扱いされている、

 ってわけではない、ということを、

 アタシもちゃんと、自覚しているつもりだよ。


「そういえば、アミータさん知ってる?」

「何をだい?」

「『魔物屋本舗』ってお店。アミータさんなら知っているわよね」


 一人の奥さんが、そんなことを言って笑う。

 魔物屋本舗……?

 知らない名前だねぇ。

 そんな店があっただろうか。


「……知らないねぇ。魔物の素材を売っている店かい?」

「あら、アミータさんも知らないことがあるのね!」


 話を振ってきた奥さんは、なんだか嬉しそうに笑った。

 ちょっとムカついた。

 その程度で、アタシの上に立ったつもりなんだろうか?


「新しい店なんかをいちいち、把握してなんていられないさ。アタシもそこまで暇じゃないんだからね」

「またまたぁ、アミータさんってば、いつも暇だ暇だ言っているじゃない」

「「「そうよねぇ」」」」


 むむぅ。

 確かにその通りだね。

 それにしても、アタシが知らない店があったなんて……迂闊だった。


「どの辺にあるんだい? その店は」

「あそこの商店街よ」

「へえ。商店街なら知らない店があるとは思えないんだけど……」

「ほら、でっかい一枚板の看板を掲げている建物があるでしょう?」

「ああ、あの……」


 確かに商店街にはそんな建物が建っていた。

 いつ頃からあるかは覚えていないけれど、

 ただ、いつの間にかそこにあった。


 看板には、なんだかよくわからない文様が刻まれていて、

 それが商店だと、アタシは認識していなかった。

 たしかあそこは、どこぞの商家の倉庫だったはず。

 それに、なんとなく忌避感があって、アタシはその建物を敬遠していた。

 なんだか気味が悪くってさ。


「あの大きな看板の下の方にはね、小さくだけど、ちゃんと文字が彫られているのよ」

「ふーん。なんて?」

「<<魔物を販売しております 冷やかし御無用>>って」


 そんな文字が彫られていただろうか?

 もっと良く見ておけばよかった……。

 何れにせよ、一度偵察に行かなければ、だね。

 地獄耳のアミータとして!



 カラン


 店の扉を横に引くと、その動きに併せて鐘の音が鳴った。

 軽快で綺麗な音だ。

 なるほど、これで来客を知ることが出来るってわけね。

 中々頭が良い店主がいるらしいわね。


 店内は薄暗くて、ちょっと臭い。

 店の奥を見てみると、カウンターの奥に誰かが座っていた。


「いらっしゃい」

「どうもー」


 あら、いい男だこと。

 でも黒い髪なんて、見たことないわね。

 井戸端会議の、いい話題になりそうな男だわ。


「あんたが店長さん?」

「ま、そうだね。というか、この店には今のところ、俺しかいない」

「随分若そうに見えるけど?」

「若くちゃ、だめなのかな?」

「そんなことは無いけれど……。若くして店舗を構えるって、凄いことじゃない?」

「そうかい? そいつはどうも」


 この男は、どうにもぶっきらぼうだ。

 中々会話が弾まない。


「いつ頃出来たんだい? このお店」

「さて。覚えていないな」

「そんなことないだろう? ちょっと前までここは倉庫だったはずだよ。

 だからそんな昔からある店じゃぁない。違うかい?」

「まぁ、それならそうなんだろうね」


「しっかし陰気な店だねぇ。商売するなら、もっと明るくしないと!」

「そうかもしれないね」

「アタシが腕のいい内装屋を紹介してやろうか?」

「いや、結構だよ」

「どうして?」

「別にこのままで、俺は良いと思っている」

「人の親切は聞いとくもんだよ?」

「……」


 男は口を歪ませて、押し黙ってしまった。

 気を悪くしてしまったのだろうか?

 参ったねぇ……。


「気を悪くしたんなら、謝るよ。あんたにはあんたの作りたい店があるんだろうしね」

「……ん」


 男は少し顎を引いて頷いて、少し笑った。

 少なくとも、性格が悪くは無いようだ。

 アタシの方がよっぽど、性格が悪いか……。


「でさ、ここって魔物を売っているんだって?」

「そうだね」

「なになに? 素材屋? それとももしかして……肉を売っているとか?」

「いや。素材屋でも肉屋でもない」

「じゃあ、何屋さ?」

「魔物屋」

「……」


 何言ってるんだろう? この男は。


「えっと。生きた魔物を売っているってことかい?」

「そうだね」

「それは、危なく無いのかい? そんなの買ってどうするってのさ」

「ハァ……」


 男は深くため息をついた。


「冷やかしか……」

「そ、それはまだ分からないよ!

 商品の説明を聞けば、アタシはそれを買うかも知れないし」

「そういうものかもね。ま、面倒だけれど」


 客に向かって面倒とは!?

 いい男だからって、ちょっとばかし、横柄が過ぎるってもんじゃないかい?

 でもこの店には、沢山の話の種が落ちてそうだね。

 次の井戸端会議で、大輪の花を咲かせることができそうだわ。


「魔物といっても、ウチで扱っている魔物たちは人に馴れているのさ」

「人に馴れてる? 魔物なのに??」

「そう」

「そんなこと、聞いたことも無いけれど……」

「でも事実、そうなんだ」


「ペットとして買ってもいいし、冒険のサポートなんかにするのも良いと思う。

 もちろん家族として迎えてくれてもいい」

「はぁ? 魔物が家族って……あんた何言ってんのさ」

「ハハ。何言っているんだろうね」


 男は楽しそうに笑った。

 どうにも、この男の機微は読めないわ。

 まるで外国人と話しているような気さえしてくる。


「で、どうだい? なにか買うかい?」

「うーん……」

「そうだな。例えば、なにか困っていることとか……あったりするかい?」

「そうだねぇ。夫も子供も元気だし、

 生活もまぁ、豊かだとは言わないけれど、別に貧乏でもないわね」

「それじゃぁ、幸せなんだ」

「どうだろうねぇ……。幸せだからこその問題ってのも、あるんだよね」

「例えば」

「暇すぎる……とか」

「暇?」

「そう。夫はアタシが働きに出るのは反対みたいだし、娘が家事をよく手伝ってくれる。

 アタシはアタシで、家事全般得意だから、正直、あんまりやることがないんだよ」

「それで、暇だと?」

「まぁ、そうなんだよねぇ」

「ふむ……。それならいいのが居る」


 男は、カウンターの後ろ、壁に設置されているドアを開けて、店の奥へ引っ込んでいった。

 なんだろう?

 つまり、魔物を連れてくるってことだよね?


「お待たせ。コイツなんか、暇つぶしには悪くない相手だと思う」


 ドン!

 という音とともに置かれたのは、抱える程度の大きさの、鉢植えだった。

 鉢植えには、見たこともない植物が植えられていた。

 細かい産毛の生えた太い茎がうねうねと、上に伸びている。

 大きな一輪の橙色の花が咲いているが、

 その植物全体の大きさからして、花弁占める割合が不自然に大きく思えた。


「これは……魔物というか、植物よね?」

「半分正解で、半分間違いだね。これは『アルラウネ』だ」


 アルラウネ。

 植物だと思って近づくと、捕食されかねない、危険な魔物だ。

 しかし、どうにも、この花に喰われるところが想像できないんだけれど……?


「うーん、ただの花にしか見えないんだけど?」

「……ん。おい! 起きろ!!」


 男は、そう語りかけながら、鉢植えをガタガタと揺らした。

 すると、花弁の中央からニョキニョキと、緑色の女体がせり伸びてきた。

 少し卑猥な感じさえする、その女は

 フワ~

 と一つ、大きな欠伸をして、目をしぱしぱさせている。


「オハヨー」


 間の抜けた可愛い声が、アタシの警戒心を薄れさせる。

 魔物としては、小さいことも、アタシを安心させたというのもある。

 しかしながら、確実に、

 人語を話し、人形をとるこの植物は、魔物でしか有りえなかった。


「た、確かに、魔物だね」

「そう、魔物だ。コイツは話好きでね。暇つぶしの相手をしてくれると思うよ」

「ウン! 私、お話するの大好キ!」


 ニンマリと笑うアルラウネに、アタシは、とても無邪気な印象を憶えた。

 邪気がないというか、脳天気な性格を感じさせるのだ。

 でも、魔物は魔物。

 人間を喰うかも知れないものを、暇つぶしの相手には出来やしない。

 と、思う。


「でも、アルラウネは、人間を喰うんだろう?」

「そうとも限らない」

「そうなのかい?」

「ウン! 私、人間食べないヨ!」


「アルラウネは、その実、世界中の何処にでもいる。

 人間が近くにいれば、それを捕食するかも知れないけど、

 辺境や人間が足を踏み入れない場所に棲むアルラウネは、

 別なものを喰って生きている」

「へぇ、例えば?」

「昆虫、小動物……。まぁ色々だな。

 別に、人間が食べている食事を与えても、全く問題ない」

「ウン! 私、人間の食べるご飯ダーイスキ!」

「へぇ、そんなもんなんだねぇ」


「で、買うかい?」

「うーん……」

「なんあら、お試しで連れ帰ってみるか?

 気に入ったら買ってくれればよいし、

 気に入らなければ返してくれていい」


 うーん……。

 確かに面白そうではあるんだよね。

 もしかしたら、井戸端会議の話の種になるかもしれないし。

 魔物を飼っているなんか言ったら、それこそ、話題の中心になれることは間違いない。

 家族には内緒の場所で、飼ってみるのも良いかも知れない。

 気に入らなければ、返しちゃえばいいんだしね。


「……それじゃぁ、連れて帰ってみようかね。お試しってことで」

「ああ、分かった」

「ワーイ! よろしくネ? えっと……アナタのお名前は?」

「アタシはアミータだ。あんたの名前はあるのかい?」

「ナイよぉー。付けてくれると嬉しいナ!」


 アタシは、アルラウネに『ミシェラ』と名付け、店を後にした。

 ミシェラに聞くと、日向でも、日陰でも、どんな場所に置いても問題ないらしい。

 アタシはミシェラの鉢植えを、畑の隅に隠して置くことにした。


 ***


「でねぇ、アソコの雑貨屋の後家さんのところにね、

 若い男が出入りしているっていう噂さなんだよ」


 アタシは、暇つぶしで、ミシェラに下世話な噂話をしてみる。

 アタシには特に、他の話題なんてないからねぇ。


「あ、その男はね、そんな色っぽいお客さんじゃないんだヨ?

 若手の木彫り細工の職人さんでネ。

 雑貨屋さんに、作品の売り込みに行っているってだけだヨ」

「あんた、なんでそんなことを、知っているんだい?」

「へへへ。私ってば、地獄耳だからネ」


 ミシェラが言うには、彼女の眷属が、街の色々なところに散らばっているということだった。

 その眷属を目や耳にして、ミシェラはあらゆることを知っていたのだ。

 アタシが知っていることも、知らないことも、

 ミシェラは全部知っていた。


 アタシは、早速、ミシェラから仕入れた話を、井戸端会議で披露したりした。

 誰も知り得ない、多種多様な話題は、奥様連中を大いに楽しませてくれた。

 アルラウネを飼って良かった。

 アタシはそう思うようになっていた。



 アタシは、今日も今日とて、畑の隅へと足を運ぶ。

 朝飯の残りをミシェラに与えて、お話をするのだ。


「お母さん、最近楽しそうだね」


 出かけようとした時、そんなことを、娘のベレットが言った。


「いい話し相手ができたんさ」

「新しいお友だち?」

「まぁそんなもんかねぇ……」

「……」


 娘は、何かを言いたそうに、モジモジとしている。

 まさか、ミシェラのことがバレたのだろうか……。


「なにか言いたいことがあるのかい?」

「ん……」

「煮え切らないねぇ、いいから何でも言ってご覧よ」

「えっとね……。最近、お母さんが私とお話してくれないから、少し寂しいなって」

「あ……」


 そういえば、最近はミシェラと話すのが楽しくって、

 朝の家事を終えたら、直ぐに畑に出るようになっていた。

 いつもだったら、多少なりとも娘と無駄話をする時間があったのだけれど、

 最近はその時間は失われていた。

 

「そいつは悪かったねぇ。ごめんよ」

「ううん。私こそゴメンね。我儘言っちゃって……。

 お友達のところに行くんでしょ? いってらっしゃい」

「あ、ああ。行ってくるよ」


 少し、後ろめたさを感じつつも、

 ミシェラとの楽しい時間を求めて、アタシは家を出ていった。

 ミシェラとの二人だけの井戸端会議は、なにものにも代えがたいものがあったのだ。



「そういやさ。もうすぐ息子が試験を受けるんだよね」

「小姓見習いの試験ネ?」

「そう。相変わらず、何でも知っているわねぇ」

「へへへ」

「この試験で良い成績を修めることができればさ、

 もしかしたら、騎士見習いなんかにも、なれるかもしれなんさ」

「ふーん」

「逆に、失敗すると、家に戻されることもあるらしんだけどね」

「大丈夫じゃない? 息子さん……確かカラッテ君でしョ?

 領主様の家でも、評判みたいヨ?」

「そうなのかい?」

「ウン。領主様に家にも、私の眷属はいるからネ」


 そうなのか……!

 流石はミシェラだね。

 息子の様子を聞けるのは、とても嬉しい。


「あ、でもネ。カラッテ君以外にも、評判の子がいるんだよネ」

「へぇ? どこの誰だい??」

「ケヴィ君。ほら、この前話していた雑貨屋の後家さんの、一人息子ヨ」


 ああ、知っている。

 ケヴィは、アタシの息子と同い年で、昔から、孝行息子ってことで有名だった。

 先立った旦那の代わりとばかりに、

 小さいながら、母親の手伝いを頑張っている姿を、この辺の者達は、よく目撃していた。

 随分前から、目にしなくなっていたけれど、

 そうか、あの子も、小姓見習いとして、領主様の家に取り立てられていたのか。


「ねぇ、ミシェラ?」

「ナーニ?」

「例えばなんだけどさ、試験の内容とか、予め分かったりしないかね?」

「う、うーん。調べようと思えば、調べられるけれど……

 それは、あんまり良くないことだと、私は思うヨ?」

「……魔物のくせに、真っ当なことを言うじゃないか」

「あーヒドいんだ!」


 魔物は、悪いもの。

 アタシにはやっぱり、そういう先入観がある。

 だからだろうか?

 正論を言うミシェラに、妙に腹がったのだ。



 試験前の休暇で、息子のカラッテが、家に帰ってきた。

 久しぶりに会った息子は、年の割に大人びたように見える。

 自身に満ち溢れていて、なんだか頼もしく感じた。


「元気にやっているのか?」


 夫は、厳格そうにそう言ったけれど、

 その目は嬉しそうに細められていて、

 アタシは笑ってしまった。


「うん。元気だよ。領主様にはとても良くしてもらっているんだ」

「そうか。もうすぐ試験だが、その……どうなんだ? うまくいきそうか?」

「んー試験だからね。どうなるかは分からないよ」

「騎士見習いになりたいんだろう?」

「できれば……ね」


 夫とのやりとりに、

 少し困ったように、カラッテは首を傾げた。


「ケヴィ君に、勝てないからかい?」

「お母さん。ケヴィ君のこと知っているの?」

「まぁね。随分と優秀だという噂じゃないか」

「ほんと、よく知っているね!」


「アミータは地獄耳だからね」

「お母さんの知らない噂話はないんじゃないかな」


 夫と娘が、呆れたように笑う。


「そうなんだ。多分、騎士見習いになるのは、ケヴィ君だと思う。

 僕は、せいぜい、執事様のお付き、ってのがいいところかなぁ」


 執事様のお付き。

 つまりは、執事の小間使いってところだ。

 最終的に、執事になることも出来るかも知れないけれど、

 それ以上はない。

 身を立てて、小さくても領地を与えられるようなことはありえない立場になる。

 それでも、アタシたち平民からしてみたら、栄誉ある出世だとは思う。

 だけれど……。



 息子が帰った後、

 アタシはミシェラのところに来ていた。


「ミシェラ。お願いがあるんだけれど……」

「ナーニ?」

「あんたの眷属は、領主様の家にもいるんだよね」

「いるヨー」

「あのさ……。ケヴィ君のことなんだけどね」

「ウン?」

「大げさじゃなくていいからさ、少し怪我をさせることなんか……出来るかい?」

「どーしテ?」

「いいから!! 出来るのかい? 出来ないのかい?」

「で、出来る…けド」

「そう。じゃぁ、そういうことだから、頼むわね!」


 アタシは、ミシェラの返答を聞かず、畑を後にした。

 これで、うまくすれば、ケヴィは試験に失敗するかも知れない。

 いや、試験に参加することさえ、叶わないかも知れない。

 そうすれば、息子が騎士見習いになれるかも知れないのだ。


 なぁに、騎士見習いになれなくても、ケヴィなら、執事付きくらいにはなれるだろう。

 それは、十分な出世だ。

 雑貨屋の奥さんも、文句はないだろう?

 そもそも、文句の言う先もないじゃないってもんだ。

 アタシは何もしていないのだから。

 やるのはミシェラ……魔物の仕業なんだから。



 それから、数日が過ぎて、

 アタシは『魔物屋本舗』に来ていた。

 腕に鉢植えを抱えて……。

 枯れかかったミシェラを抱えて。


「いらっしゃい」

「……」

「ああ、あんたか。アルラウネはどうだったい? 良い奴だったろう?」


 アタシは答えず、カウンターに鉢植えを置いた。


「こりゃぁ……。あんた、一体何をした」


 ミシェラはぐったりと、鉢のへりにへばり付くように、萎れていた。


 あの後ミシェラは、アタシの言いつけ通り、

 領主様の庭で、ケヴィに襲いかかってくれたのだという。

 でも、アタシは知らなかった。

 アルラウネは、捕食対象を惑わし、罠にはめるようにして、それを得る。

 ゆえに、戦闘能力は、それほど高くはないということを。


 ケヴィは、将来有望な少年だった。

 その辺の冒険者くらいには強かったらしい。

 それに、領主様の家には、それこそ、上位冒険者クラスの衛兵もいるのだ。

 ミシェラの眷属は、簡単に排除されてしまったのだと、

 彼女は、申し訳なさそうに、アタシに言った。

 枯れかけた体を震わせて、悲しそうに……。


 そんな、アタシの説明を聞いた男は、険のある声と、 

 怒気のこもった目線をアタシに返してくる。


「アルラウネにとっての眷属とは、体の一部であり、子供でもある。

 それを失うということは、

 肉体的にも、精神的にも、大切なものを喪失することを意味する」

「で、でも! アタシはそんなこと知らなかったんさ!!」

「違う。知らなかったんじゃない。聞かなかったんだ。

 あんた、眷属の意味について、アルラウネに、ミシェラに聞かなかったんだろう?」

「そ、それは……」

「お前は聞きもせず、ミシェラに危険なことを命じたんだ。

 ミシェラがやりたくもないことを命じたんだ。

 その結果がこれだ。

 俺は、お前を許さない。許したくない」

「あ、アタシはどうすれば……」


 男は、ひとしきりアタシを睨み、

 萎れたミシェラを慈しむように、見つめて言った。


「別に、どうもしなくていい」

「でも……」

「いい。ここから出ていって、もう二度と、ここに来ないでくれれば、それでいい」


 アタシは、それでも、自分にできることを聞こうとしたけれど、

 アタシを睨む男の目は、底冷えに冷たく、言葉を挟む隙きはなかった。



 それから、何日かが経って、

 ケヴィが騎士見習いに取り立てられ、

 息子は執事付きになったということを、一時の帰郷を許された息子の口から知った。

 見事アルラウネを討ち果たしたことも、

 ケヴィが評価された一因だったらしい。

 何故かアルラウネは、自分に襲いかかっては来なかったということ、

 息子は不思議そうに語っていた。


 最近のアタシは、井戸端会議から、足が遠ざかっている。

 なるべく、娘との会話を大切にすることにしているのだ。

 下世話な噂話をするより、娘と色々なことをお喋りしているほうが、今は楽しい。

 

 カラッテは、利発で器量が良くて、自慢の息子だ。

 ベレットは、気立てが良くて、すすんで家のことを手伝ってくれる、優しい娘だ。

 この二人を失ったとしたら……アタシはどうなってしまうんだろう?

 そんなことを、ふと考えるようになった。


 そして、それを考えるたびに、アタシの胸は締め付けられる。

 それは、喪失感を想像してのことなのだろうか?

 それとも、自分の罪を自覚してのことなのだろうか?

 それとも……喪失を与えてしまった、あの子を想ってのことなのだろうか?


 アタシは、一度だけでいいから、ミシェラに会いたいと思っている。

 だけれど、アタシがあの店に足を向けることは、二度と無いだろうと思う。


 そして、アタシはあの店の話で、井戸端会議に花を咲かせることもないだろう。

 ミシェラが、アタシの前で、二度と咲いてくれないように。

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