騎士と友人?
その日、私は学園にある訓練所に来ていた。
何故こんな所に来る事になったかと言えば、ラディアスに頼まれたからだ。
そんなに仲が良かった訳でも無いのだが、先日の一件以来殿下とヒロインの時間を作る為、比較的頻繁にラディアスとの時間を取る事が続いた。
護衛のラディアスが傍を離れるのはどうかと思うけど、ヒロインとの時間に後ろでぴったり他の攻略対象が見てるのもそれはどうかと思う。
そこで何とかすべく、今は婚約者候補の立場をフル活用して、裏庭などの人の少ない場所に行く場合に限り、護衛をお借りしているのだ。
まあ勿論建前だが……
他の護衛が来たらどうしようとは思ったのだが、意外にもラディアスは率先して私の護衛についてくれた。
これもまた強制力とやらの一つなのだろうか。
殿下とヒロインが上手く言っているからこそ、ラディアスを遠ざける私の目論見も簡単に進むのかもしれない。
ありがたいが、同時に問題も一つある。
ともかく会話が無いのだ、もう数回護衛を依頼しているが、会話らしい会話をした覚えが無い。
こんなに喋らなくて、この人息詰まらないのかな……なんていらない事も考えてみる。
そんなラディアスがある日突然喋ったのだ!
「……来週の頭に……訓練所で模擬戦があるのです……」
話をすると思っていなかったから、一瞬何を聞いたか分からなかったが、そう言えば近々騎士科が模擬戦をするとクラスの生徒が騒いでいたような気がする。
私達が学園に入って初の模擬戦と言う事で、皆関心が高いようだ。
「ラディアス様もお出になられるのですか?」
そっと様子を伺うように尋ねると、ラディアスは黙って頷いた。
「……もし……お暇でしたら……」
そこでラディアスの言葉は途切れた。
きっと見に来て欲しいのだろうとは、何となく分かった。
しかし、どうして私なのだろう?
もしかしたら殿下の護衛に時間を取られて、あまり友人が居ないのかもしれない。
大して関わりの無い私を、誘って来たあたりからもそれを伺える。
口数が少ないのも、友人が居なくて普段から話慣れていないのかも!?
私は勝手な妄想から、ラディアスに同情してしまった。
ボッチは流石に寂しいよね……
わかった!ここは私が友人第一号になろう!
「そうですか、良かったら見学しに行っても宜しいですか?」
私が訪ねると、ラディアスは嬉しそうに頷いた。
昨日まで綺麗な男性と言うイメージだったが、その様子にこの人結構可愛いなと思ってしまったのは内緒だ。
魔術ではなく剣術だが、手合わせには興味がある。
剣を交える姿と言うのはまだ見た事はないから、少し楽しみになっていた。
そして今現在、私は観客席から中の様子を見ている。
先日、簡単に行くと言ったものの、令嬢が見学していたら目立つのではと不安にも感じていた。
しかし、その心配は全く要らなかった。
何故なら今観客席は、かなりの人数の令嬢で埋まっているからだ。
その殆どが、婚約者の居ない令嬢なのを見て気づいた。
そうか……婿探しか……
上手くすれば、出世街道に乗る騎士候補、ゲット出来るかもしれないものね。
程なくして手合わせは始まった。
一人また一人と勝負が付く中、ラディアスは順調に勝ち進んでいた。
流石王太子の護衛を任されるだけあって、噂どおりの強さだった。
勝つたび上がる黄色い声援に、私もこれ参加したほうが良いのかな?と思いながら見ていると、赤茶の短髪が目立つ生徒がラディアスの前に出た。
どうやら次の相手は彼のようだ。
しかし私はそれを見て、何故か嫌な予感がした。
何か、そう違和感のような不快感のような何か……
その勘は的中した。
試合が始まってすぐ、ラディアスの様子がおかしいのに気づいたからだ。
良く見れば何か時々弾かれる様に動き、よほど戦い辛いのか眉間に皺を寄せている。
私はもっと良く二人の試合を見てみた、すると相手の生徒は今日禁止されているはずの魔術を使っていたのだ。
いつもなら魔術科の教師も一人くらいは参加するからすぐわかる事なのに、今日に限って一人も居ない。
騎士科の教師は剣術に特化している者が殆どで、この微量の魔力に気づいていないのだろう。
ずるい!!近づくと風に弾かれるものだから、ラディアスは上手く間合いを詰められないでいるのだ。
実に巧妙に隠されていて、少し見ただけでは解らないようになっている。
戦闘しながら安定して魔術を発動させるなら、どこかに術式があるはずだ。
相手を良く観察すると、片腕に包帯を巻いている……
騎士科の生徒が怪我をするのは良くある事だし、普段なら気にもしないのだが、今はそれがやたらと怪しい。
今すぐ不正だと叫びたい、叫んで良いかな?駄目かな?
そんな事を考えうろたえていると、微量だった魔力が急に上がった気配がした。
不味い!そう思ったら堪らず叫んでいた。
「ラディアス危ない!!」
令嬢の歓声に掻き消えてしまったかと思った私の声は、どうやら彼に届いたようだ。
寸での所で身を翻すと、素早い一閃を繰り出し相手を退ける。
その時不自然に巻かれていた、相手生徒の包帯が宙を舞うのが見えた。
そしてその裏に、確かに書かれた術式を私は見たのだ。
正直、術式が刻まれた物はその魔力ゆえに結構な強度になる。
だから簡単に壊したり出来なくなるはずなのだが、たった一閃でそれを行ってしまったラディアスは本当に凄いのだろう。
それなのにその凄さが解っているのは恐らくこの会場で私と、不正を行った生徒だけなのも腹立たしい。
だが、頼みの術式が壊れそれを簡単にやってのけたラディアスを前に、相手の生徒は戦意を消失したのか青い顔をして、そのまま剣を取り落とした。
この瞬間勝負は付いた、いや初めからラディアスの敵では無かったのかもしれない。
その後も危なげなくラディアスは勝ち続け、今回の模擬戦唯一の全勝者になった。
それを見て、もしかしたら私はやってはいけない事をしているのかもしれないと思った。
こんな強い人殿下の傍から離しちゃ駄目だよね。
ヒロインの為とはいえ、ちょっと自重しようと思いました。
ごめんなさい……
一言声を掛けてから教室へ戻ろうと、模擬戦を終えた生徒の元へ向かったのだが、そこは凄い人いや、令嬢だった。
特にラディアスの周りは凄い人数で、とても近づける気がしない。
掻き分けて入って行くのもなんだし、諦めて帰ろうかなと思っていると、離れた場所にいる私に気づいたのかラディアスの方から足早に近づいて来た。
急ぎエスコートの体制をとると、私の手を取るなりそのままの速度で令嬢達から逃げるように離れた。
そうか、貴方もあれは苦手なのね。
ルイスも殿下も苦手そうにしてるから、何となくわかる。
対応策はそれぞれみたいだけど、コミュニケーションが苦手なラディアスには逃げるのが精一杯なのかもしれない。
訳知り顔で頷いていると、大分離れた所でラディアスが足を止めた。
「貴女の声が……聞こえました」
前方を見据えたままのラディアスが、呟くように言った。
やはり聞こえて居たのだと思うと、安堵の息が漏れる。
しかし、安心したと同時に、今度はラディアスの邪魔になったのではと心配にもなる。
あれほど強いラディアスだ、私が何か言うまでも無く対処できたのではないか。
「真剣な試合に水を差したようで、申し訳ないですわ」
今更不安になって俯いてしまう、するとラディアスは勢い良く振り返ると、大きく頭を振った。
「そんな事はありません!貴女の声が有ったから私は冷静になれたのです」
そう叫ぶなり、ラディアスは片膝を付くと、エスコートの為繋いでいた手の指先にそっと口付けた。
何時に無いラディアスのはっきりした言葉と、目の前で自分に起きている事柄が理解できず、私は硬直した。
「心から……感謝しています」
黒曜石のような綺麗な瞳に、今確かに自分が映っている事に困惑し、何があったかを理解すると徐々に頬が熱くなり、段々その目を見つめ返す事も出来なくなってきた。
彼は私の友人ではなかっただろうか?
騎士の友人に対する感謝って、こんなに風にされるものなの?
戸惑い俯きがちになる私にラディアスは、そろそろ教室に戻りましょうと言って立ち上がった。
羞恥で真っ赤な私と反対に、涼しげな様子のラディアスが少し憎たらしかった。