魔術科へ行こう
私は今、学園の端にある古びた建物に向かっていた。
今日は最高に気分が良い、殿下との接触を減らす事はや数日、早速ヒロインと一緒に歩く姿が目撃され、噂されるようになったのだ。
「順調、順調」
このまま行けばヒロインは殿下ルート一直線、私は晴れて自由の身。
まだ婚約者候補辞退は出来てないみたいだけど、時間の問題でしょう。
そう思ったので、今日は日頃来たくてもこれない魔法科の研究棟に来た。
何故かわからないけど、ここに来るとアルフレッド殿下が異様に怒るのだ。
目の前の少々歪んだ鉄の扉に手をかける。
「ユーリ!遊びに来たよ!!」
「えぇぇ!!リディ……アーネ様どうしてここに……」
部屋の主であるユーレイリは、私の魔法愛好仲間なのだ。
しかし、私がここに来るたび殿下が怒るものだから、すっかり怯えてしまった。
確かに言いつけを守らなかったのは悪いけど、だからってユーリまで睨まなくて良いのに、殿下が睨むから……
確かに研究棟は結構危険だったりする。
何故なら魔術の研究に失敗は付き物だからだ。
ユーリの部屋のドアが歪んでいるのも、実は前に失敗した魔術の爆発によるものだ。
この棟に木のドアなどありえない、そんなもの三日もあれば吹き飛んでしまう。
それがこの研究棟だ!
曲がりなりにも殿下の婚約者候補が爆発に巻き込まれて死亡、なんてなったら責任問題どころでは済まされないから、ここには近づくなと言われているのだろう。
でも私、魔力爆発慣れてるから簡単には巻き込まれたりしないんだけどな……
「だから遊びに来たって言ったでしょう?」
「そんなぁ……殿下が怒りますよ……また睨まれる……怖いよ……」
ドアの前で首を傾げる私とは、禄に目も合わせない。
そんなに殿下が怖いのかユーリ……
机から飛び上がりカーテンの後ろに隠れた彼は、小さくなって震えている。
「大丈夫よ、殿下は今お気に入りの子と一緒で忙しいから」
「えっ!?お気に入り?殿下の?」
私の言葉が信じられないのか、目を大きく見開いてこちらを凝視してくる。
いつも大きなフードと眠そうな細めで分からなかったけど、ユーリの目って空色だったのね。
「そうそう、だから多少なら大丈夫よ!」
やっと安心したのか、ほっと息をついて彼はカーテンから出てきた。
出てきて分かるが、相変わらずユーリは細い、ちゃんとご飯を食べてるか心配になるレベルだ。
彼は基本整った顔をしているし、意外と高身長だし、出る所に出ればモテそうな容姿をしているのだが、この細さに猫背な背中、その上引っ込み思案で殆ど研究棟から出て来ない。
顔を隠すように頭からすっぽり被ったフードも、野暮ったく見せるゆえんだろう。
本当に勿体無いなとつくづく思う。
そんな私の思考を遮るように、ユーリが手を叩いた。
「そういえば、あの……どこでも……チェストだっけ?」
「窓!!」
ここに来れなくなる前に、私が話していた内容だ。
さすがにドアとは言えなかった、出たり入ったりなら窓でも行けるか?と思って窓にしておいた。
「そうか窓か……窓は無理だったんだけど、チェストなら行けそうなんだ」
「本当に!?」
私は目を輝かせてしまった、だって成功すれば世紀の発明だ!!
すごい勢いで机に詰め寄ると、乗り出すように手を突いた。
「どうやるの!?術式は!?今出来る!?」
「リディ!!近い近い!!!」
適切な距離をと言われて後ろに下がる。
だけど心は今でも前のめりだ。
「ねぇねぇ、どうやってやったの教えて!!」
自分でも目が輝いているのは自覚している、こんなすごい報告が聞けるとは、やっぱり今日来て良かった。
「うーんと、基礎は土属性の術式と風属性の術式を使うんだ、チェストの外側にこの土属性の術式を書いて、内側に風属性の術式を書くんだけど、この時炭は使っちゃ駄目」
目の前に一枚の紙を取り出し、術式を見せながら説明してくれる。
「どうして炭は駄目なの?」
「炭は土属性が強いけど、同時に火属性も弱いながらに持っている。今回の術式には属性の量がとっても重要だから、いらない要素は省かないと成功率が下がる」
思った以上に難しそうだ、染料も物によっては水属性が含まれる。
何で書けば良いのか……
「直接彫るのが良いかも知れないね、染料とか使うよりは余計な属性が減るから。ただ問題があって、最後に無属性の術式を使いたいんだけど、本当に微量の魔力にしないと、入れる傍から無くなるただのブラックホールになっちゃうんだよね……」
それは困る、むしろ画期的なゴミ箱かも知れないが、目的はそこじゃない。
「それと、これは同じ樹から作ったチェスト同士に限られるんだ、波長が変わってしまうらしくて繋がらないんだよね」
ユーリーは眉間に皺を寄せ紙を睨みつけている。
私も同じように眉間に皺を寄せていた。
「まだまだ改良が必要って事だね、うん、私の候補辞退が成功したら本格的に手伝うよ!」
私は満面の笑みをユーリに向けた。
そう遠く無い未来には手伝いに来れるはずだ、取り合えず今出来るのは、二つ分のチェストが作れるサイズの樹を探す事かな?
「うん、助かるよ、所で少しって言ってたけど……大丈夫なの?」
ユーリが不安そうに瞳を揺らす。
そうか、すっかり話込んでしまった。
「そうだね、ばれる前に今日は帰る。また来るからその時続き聞かせて」
私は手を振り部屋を後にした。
欲を言えばもう少し、いやもう大分話をして居たかったが、ばれて怒られるのは私だけでは無い。
もう少しすれば、自由に魔術の研究も出来るようになる。
仕方無しに我慢して、私は足早に研究棟を後にした。